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茜ちゃんが遊びに来た次の週末に、足りない食器や日用品を買いに駅に出てきた。
「これとこれ、どっちがいい?」
「んーこっちですかね」
2人で相談しながら、買い物リストをひとつずつ消化していった。
必要な買い物を全部済ませて、地下鉄に向かう通路にあるラーメン屋で昼飯を食べた。かなり美味しかったので定期的に来ようと思った。
実さんがトイレに行ってるとき、一人の男性に声をかけられた。
「あ、あの···」
「はい」
声の方に顔を向けると、50代前後だろうか白髪交じりの中年男性が立っていた。どうしてか初めて会った気がしない。
「あなたの隣に座っていたのは実でしょうか?」
その時、この人が実さんのお父さんだと分かった。
「はい、そうです」
「そうですか···。大きくなりましたね···」
そう言うと実さんのお父さんは席を立った。
「あの、会わないんですか?」
「私には会う資格はありません···」
少し丸まった背中が震えている。
「それを決めるのは実さんです」
トイレから戻ると純と話している人がいた。
顔は見えないが、なぜか懐かしさを感じた。
「あ、実さん···」
純の声に反応して顔を上げたその人は、紛れもなく父さんだった。
「父さん···?」
父さんの目には涙が溜まっている。
白髪交じりの髪は年齢を隠せないが、小さいときの面影はそのままだった。
お互い何と言葉をかけていいか分からず、ただ時間が過ぎた。
「あの···場所変えませんか?」
純の提案に従って喫茶店に場所を移した。
コーヒーのカップを持つ手は荒れていてしわくちゃだった。
「元気だった?」
父さんが静かに頷く。
「今まで···あの日、家を出てから何してたの?」
ぽつり、ぽつりと父さんが話し始めた。
家を出てから、浮気相手に金を持ち逃げされて一文無しになったこと。多額の借金をして、つい最近完済したこと。
あんなに父さんのことが憎いと思ってたのに、不思議と気持ちは穏やかだった。
「父さん、俺···父さんのこと許せたみたい」
「実···ありがとう」
人目もはばからず号泣する父さんの手を握った。
「俺、今大切な人がいるんだ」
純の手を握った。
「実のこと···お願いします」
父さんは純のほうを向いて深々と頭を下げた。
「はい。実さんのお父さんに会えてよかったです」
純は父さんの背中をさすりながら俺に微笑んだ。
ー純、ありがとう
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