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実さんが帰ってくる日になった。
何時に帰ってくるかは分からない。
スマホを握りしめてずっとソファに座ってた。
17 時過ぎに玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
「···おかえりなさい」
「先シャワー浴びるから話はその後で」
「···分かりました」
実さんのYシャツには汗が滲んでいる。
広くて大きい背中がいつもより小さく見えた。
ー実さんに触れたい···でも
待ってる時間がもどかしくて、いてもたってもいられず服を脱いで実さんに後ろから抱きついた。
濡れた肌から熱が伝わってくる。
慣れ親しんだ感覚に涙が止まらない。
「実さん、ごめんなさい···」
シャワーの音が響き渡る。
「俺、純のこと好きだよ」
どんな顔で言ってるのかは見えない。
「でも···今はわからない」
僕の手をほどいて実さんは出ていった。
許してもらえるんじゃないか、と少しでも思っていた自分が嫌になる。
1週間ぶりの家は、モノクロのフィルターをかけたみたいに色がなくなって見えた。どんな顔で会えばいいか分からず、純の顔は見れなかった。
いきなり純に抱きつかれて、嬉しさ以上に悲しかった。泣いているのが震えから伝わってくる。
慣れ親しんだ感覚なのに、他人のように感じてしまう。このまま関係を続けてもお互い傷つくだけだと思って、距離を置くことにした。
風呂を出てテーブルに置き手紙を残した。
「···実さん?」
名前を呼んでも返事がない。
髪も乾かさないまま、リビングに行くと実さんの代わりに置き手紙を見つけた。手紙には、今夜はホテルに泊まると書いてあった。
今追いかければまだ間に合うと思って、すぐに着替えて外に出た。蒸し暑い空気が肌にまとわりついて汗が吹き出す。
大通りに出ると、タクシーに乗り込む実さんが見えた。
「実さん!」
叫んだ声は押し寄せる人混みにかき消された。
人目もはばからず、その場に座り込んで泣いた。
どのくらいそうしていたか分からない。
気付いたら真っ暗で人通りも少なくなっていた。
立ち上がろうとしたとき、強い目眩がして意識を失った。
目が覚めると白い天井が見えた。
「大丈夫か、純」
声がした方を見ると、実さんがいた。
「実さん···?」
「熱中症で倒れて搬送されたんだ」
腕には点滴が打たれていた。
「何事もなくてよかったよ」
そう言って手を繋いでくれた。
「ごめんなさい···」
「病院から電話があって、気付いたら飛び出してた。それくらい純のことが大切なんだよ」
「ごめんなさい···」
あんなに泣いたのにまだ涙が出る。
「他の男とキスした罰として、これから毎日膝枕すること。それで許してやる」
そう言うと僕の頬をつねった。
「ただいま、純」
いつもの笑顔だ。
「おかえりなさい」
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