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惜別−1−
長かった夏が終わり、木々たちが色づき始めた。
涼しい風がカーテンを揺らす土曜の午後、実さんの電話が鳴った。
「ん、茜か。どうした?」
みるみるうちに実さんの表情が険しくなる。
「分かった。今から行くから」
「実さん?」
「母さんが倒れたって···」
「えっ!?」
「今から病院に行く」
「僕も行きます」
「わかった」
すぐに準備をして電車に飛び乗った。
実さんは移動中ずっと落ち着かない様子だった。
宇都宮駅からはタクシーで病院に向かった。
震える手を強く握りしめた。
病院の入り口で茜ちゃんが待っていた。
「お兄ちゃん、純さん!」
泣いていたのか目が真っ赤だった。
「部活から帰ってきたら、お母さんが家で倒れてて···」
「よくここまで1人で頑張ったな」
実さんの言葉に茜ちゃんの足が止まる。
「お母さんに何かあったらどうしよう···」
そう言って泣きながら実さんを抱きしめた。
「きっと大丈夫。大丈夫だから」
背中をさすりながら励ます実さんも、今にも崩れそうだ。そっと実さんの背中に手を置いた。
手術室に着くと、医師が出てきた。
「ご家族の方は?」
「俺と妹です」
「こちらでお話宜しいでしょうか?」
「分かりました」
2人はすぐ近くの部屋に案内された。
しばらくして2人が出てきた。
「母さん、死んだって···」
そう言うと実さんは泣き崩れた。
茜ちゃんは放心状態で壁にもたれて座っていた。
死因は急性心不全だと葬儀のときに聞いた。
「何しに来たのよ!」
茜ちゃんの声が会場に響いた。
見ると実さんのお父さんが来ていた。
「今さら会いに来るなんて!」
今にも飛びかかりそうな茜ちゃんを実さんが抑えていた。このままだと騒ぎが大きくなりそうだと思い、お父さんに声をかけた。
「あの···こちらで話しませんか?」
お父さんは静かに頷いた。
「いらしてたんですね」
「来るか迷ったんですけど···」
ハンカチで涙を拭っている。
「大丈夫ですか?」
「家を出てから初めて会ったのが葬式なんて···私はなんて馬鹿なんだ···」
皺だらけのスーツに涙の染みが広がる。
「そう思うなら、長生きしてくれ」
実さんはそう言ってお父さんの肩を掴んだ。
「俺と茜には···もう父さんしかいないんだよ···。だから母さんの分まで生きてくれ···」
実さんのお父さんは何度も頷いた。
茜ちゃんは複雑な表情でその姿を見ていた。
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