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第13話 決意②

「よう。久しぶり」  そう言いながら居酒屋に入ってきた、神谷 春樹(かみや はるき)は、黒澤に不敵な笑みを送った。  清潔感のある黒い髪は、前髪を横に流したショートマッシュに整えられている。尖った顎、切れ長な瞳を持つ高身長な彼は、スーツを完璧に着こなし、とてもアラサーには見えない。 「急にごめん」 「本当だよ。もうセックスしないってそっちが言ってきたくせに」  そう言いながらも、仕事帰りにわざわざ来てくれる春樹はなんだかんだ優しい男だ。こうやってめんどくさがりながらも、いつも自分の相談にのってくれる。  自分がゲイだと分かったのは、中2の時だった。AVを見ている時、女優では無く、男優の裸の方に興奮している自分に気がついた。その男優は男なのに、細くて白くて、無性に興奮した。  自覚してからは早かった。裸の女性を見るより、好みの男性の裸を見ている方がよっぽど性的興奮を覚えた。そして自分がゲイであることを悟った。  もちろん、初めは困惑した。隠さなければとも思ったし、そんな自分のことが気持ち悪いとも思った。だけど、自分の性癖を変えることは困難で、男性への特別な感情が募っていくばかりだった。  それでも、普通でいようと女子とも付き合ったし、セックスだってした。しかし、行為が終わって残るのは虚しさばかりで、どの子とも長くは続かなかった。  春樹と出会ったのは、そんな時だった。姉の友人として、家にやってきた春樹は、初対面にも関わらず「俺、ゲイだから」と告白してきた。  そして、そんな春樹を姉もその友人も、ゲイと認めた上で仲良くしていた。    姉は「春樹は女子の気持ちも男子の気持ちも分かるし、聞き上手だし、なんでも話したくなっちゃうんだよね」とよく漏らしていた。  それからは、彼に尊敬の眼差しを送るようになった。自分を磨けば、こんな風にゲイでも周囲に認めてもらえるかもしれない。ゲイであることをやめるのではく、ゲイでも仲良くしたいと思ってもらえるような、そんな魅力的な人間になれば良いのだと考えるようになった。  そして、それならばと、春樹に全てを打ち明けた。 【俺もさ、ゲイなんだよね】 【……ふーん。まぁ、最近はさして珍しい訳でもないしね。んで、なんでそれを家族よりも先に俺に言ったわけ?】 【俺さ……、春樹さんみたいに……胸張って生きてきたい】 【……ふっ、ははっ! ちょ、何それ】  俺の一世一代の告白に、春樹は腹を抱えながら、大笑いした。それでも、明るい彼の反応は自分の心を救ってくれた。そして、それからは春樹が色々と教えてくれるようになったのだ。  姉貴を含め、家族が自分のセクシュアリティを受け入れてくれたのは春樹の存在も大きかったのだろう。春樹と出会ってから、俺は息をするのがとても楽になった。  身体の関係を持ったのも、自然な流れだったように思う。 【お前って、どっちなの?】  春樹は不敵な笑みを浮かべながら言った。 【ど、どっちって?】 【分かってんだろ。ヤる時だよ。タチ? ネコ?】 【……最後までヤったことないけど、タチ】 【は!? 最後までヤッたことないって何だよ!】 【っるさいな! なんか痛そうだし、途中で萎えちゃうんだよ】 【はぁ!? それはお前が下手なんだよ!】 【な!? うっさい! 男相手は慣れてないんだからしょうがないだろ!】 【はぁー……。ったく、どこまでも世話がかかるやつだな。よし、教えてやるよ。俺、挿れられる方が好きだし】  そう言いながら押し倒してきた春樹を俺はすんなりと受け入れた。  どこかでこうなるだろうなと感じていた。そこからセフレになるのも自然な事だったように思う。  でも俺も春樹も、付き合おうと言ったことはない。多分、お互い本気になれないことを知っているからだ。  そんな春樹との関係に終止符を打ったのは、自分だ。  もちろん、志田の為である。 「んで、陽太くんはどうしたんですか? 本気で誰かのこと好きになっちゃったのかな?」  春樹はビール片手に、意地の悪い笑みを浮かべている。こいつに隠し事をするのは多分、一生無理だ。 「そうだよ……。今回は本気。絶対諦めたくない」 「……ふっ! 若くていいねー。で、それなら何で俺を呼び出したの?」 「相談したいことがあって……。春樹の親も、俺の親もさ、ゲイって知っても、普通に接してくれたじゃん? 友達も。もちろん全員ってわけじゃないけど、何人かは普通に仲良くしてくれてるし。それって、やっぱ珍しいのかな?」 「んー。まぁ、珍しいっちゃ珍しいのかもな。俺の周りにも、親と縁切ってるやつとか結構多いし。いじめられてた奴とかもいるしな……」 「いじめか……」  小さくなって震える志田の姿が頭によぎり、胸に鋭い痛みが走る。 「あー、あれか。気になってる奴がそうゆう感じなの?」 ーこいつ……勘が良いにも程があるだろ……。 「まぁ、そんなとこ。俺、自分に何が出来るかわかんなくて。それで俺は……春樹に何度も救われてるし、だから……」 「だから?」 「俺も、そいつの、その……俺にとっての春樹みたいな、心の救いになってやりたいなって」 ーうわっ。言ってて恥ずかしくなってきた。 「ふっ、ははっ! お前は相変わらず面白い奴だな!」 「もう! 笑われると思ってたよ!」  春樹はしばらく腹を抱えて笑っていた。しかし、ビールを一気に胃に流し込み、ジョッキをテーブルに置くと、真剣な表情に変わる。 「お前は俺みたいになりたいって言ったけどさ、それ本気?」 「そうだってば。だから今日呼んだんだろ」 「でもさ、お前はその子とどうなりたいんだっけ? 兄貴代わりにでもなりたいの?」 「は? 違うって、俺は恋人になりたいんだ」 「お前は俺に恋愛感情抱いたことあんの?」 「え……」  俺は春樹が好きだし、信用してる。でもそれは恋とは違う。どちらかというと、尊敬に近い感情だ。 「俺はたまたまお前のそばに居て、俺と同じ匂いがしたから、色々教えただけ。まぁ、それなりにお前の気持ちは分かったし。でも、それ以上の感情はない。そうじゃなきゃ、セフレなんてやれねぇよ。お前だってそうだろ?」 「……うん」 「それなら、お前が俺を目指すのは、お門違いって話だ。わざわざ呼び出したのにドンマイだな」  これには無言で俯くことしか出来なかった。  志田の力になりたくてしょうがなかった。何か行動しないと落ち着かなかった。でもどうしていいか分からなくて、そんな時、頭に浮かんできたのが春樹だった。  そんな己の思考を忌まわしく思う。結局、人に頼ろうとしたのだ。俺は周りに恵まれているだけで、やっぱり自分1人じゃ何も出来ないんだ。  そのことを今、痛感した。  落ち込む黒澤に、春樹は「まぁ、飲めよ」と酒を注いでくる。喉につっかかるドロドロとした感情を流し込みたくて、勢いよく酒を流し込む。 「おー。いい飲みっぷり」 「俺は……何も、何も出来ないのかな」 「お前はさ、その子のことどう思ってんの?」 「優しくて、純粋で、とにかく可愛くて、ずっと笑っていてほしい」 「その子に泣いてほしくない?」 「うん。志田のことを守りたい。何があっても信じて、俺はずっと志田の味方でいたい」 「それでいいんじゃねぇの?」 「え?」  優しく微笑みながら、春樹は黒澤の頭をポンポンっと叩いた。 「ずっと誰かを信じ続けるってそう簡単なことじゃないぞ? 自分を信じ続けてくれる人が居るってのは、必ず心の救いになる」 「心の救い……」 「その子のこと、信じ続けてあげろよ」 「……うん。必ず」  何があっても、志田を信じる。それが志田にとって救いになるかもしれない。それなら、俺は志田を信じ、全てを受け入れ、包み込んであげよう。志田がもう暗闇で震えないように。 「おい、大丈夫かよ」  志田が、俺の初恋だと告げると春樹はまたも大笑いし、俺の話をツマミに、ガバガバとビールやら日本酒やらを飲み続けた。  そして、居酒屋を出る頃にはすっかり千鳥足になっていた。仕方なく、肩を貸してやり、大通りでタクシーを探す。やっと1台のタクシーを捕まえ、春樹を車の中へ詰め込む。 「じゃあな、青年! 頑張れよ!」  ガハガハと下品な笑い声を挙げながら春樹が言う。 「春樹、ありがとな」  黒澤はこれまでの感謝の気持ちも込めそう言うと、扉を閉めた。  春樹を乗せたタクシーが小さくなっていくのを見届け、家に向かおうと踵を返す。  その瞬間、息が止まりそうになる。  そこには、悲しげな表情を浮かべた志田が立っていた。

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