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第2話
トイレに駆け込んだ航太は、野球のユニフォームとパンツの中でパンパンに張り詰めて圧迫しているモノを解放するために、ベルトを外そうと必死になっていた。人間とは不思議なものでそういう時に限ってすんなりと事が進まない。
「くそっ、上手く外れない…」
ベルトを外すカチャカチャという音が、静かなトイレの中で響き渡っていた。
ー焦るな、焦るなー
何とか気持ちを落ち着かせるために心の中で何度も唱え、ようやくベルトがカチャリと外れると、ユニフォームとパンツを下ろし、大きくなっているそこを目の当たりにして唖然とする。
ーこれって、そういうことだよな?ー
航太は自分の体に起こっている現象を確認し、事の重大さを案外すんなりと察知した。
自分が朋也の行為を見て興奮し、勃起したということだろう。
そして、この状態のまま部屋に入ることは出来ないと思い、今に至る。
深く息を吸い、ゆっくりと息を吐くを繰り返す。
膝下にあるユニフォームとパンツが目に留まり、今置かれている状況が相当カッコ悪いということだけは確かだ。
「カッコ悪っ…」
思わず声に漏れる。
トイレの個室のドアに軽く拳を当てると、航太はひたすら自身が力を失うのを待っていた。
ようやく落ち着いた航太は、足取り重く部屋へと向かっている。頭の中は正直グチャグチャだ。
朋也と普通に接することができるだろうか?
朋也と目を合わせることができるだろうか?
どうやって声を掛けようか?
今までみたいに軽くボディータッチとかが出来るだろうか?
色々な疑問が頭の中を駆け巡っている。
結局、答えなんて見つからないまま部屋の前まで戻ってきた。
床に置いてある荷物を担ぎ上げると、最後に思いっきり深呼吸をして、部屋のドアを開けた。
「航太、おつかれ」
「おっ、おう」
「あのさ、昨日のゲームの続きやらない?」
「ああ、いいよ。その前に俺、手洗いうがいしてくる」
「わかった。じゃあ用意して待ってる」
とりあえず持っている荷物を自分の机の近くに置くと、航太は洗面所へと向かう。
ドアを閉め、蛇口から水を勢いよく出すと手洗いうがいをして、脳裏に焼き付いている残像をかき消すように顔を洗う。
ー大丈夫、大丈夫。いつも通りだー
頬をパンパンと二回叩き、航太は朋也の待つ場所へと戻った。
「お待たせ」
「ううん。はい、コントローラー」
「ありがとう」
差し出されたコントローラーを受け取ると、朋也の隣に腰を下ろす。
少し距離を空けて座ったつもりなのに、朋也が空いた距離を詰めるようにこちらへ寄ってきて、航太の左腕に右腕が触れる距離に落ち着いたようだ。
「ほらっ、右。今度は左、あーっ、もう少し待って」
「ちょっ、待って。ここで一気に…」
二人で息を合わせて障害物をすり抜けていくというゲームで、いつもなら航太の方が冷静に進行できるのに、今の航太はとても集中出来る状態じゃない。
すぐ隣には朋也がいて、腕や胡座をかいている膝が触れたりするせいか、気持ちがちっとも落ち着かない。
心臓がバクバクしているのを、必死で隠すことに精一杯だ。
「あーあ、落ちちゃったじゃん」
「わ、悪い…」
「どうしたの? 調子悪いとか?」
朋也がそう言ってコントローラーを床に置き、おでこに掌を当ててくる。
「ちょっ、大丈夫だから…」
あからさまに体を反らして朋也から離れると、見る見るうちに悲しそうな表情へ変わっていくのがわかる。
「ご、ごめん。本当に大丈夫だから。ちょっと練習で疲れてて」
「そうなんだ。俺こそ、ごめん。疲れてるのにゲームに付き合わせて」
「いやっ、そんな、朋也のせいじゃなくて…」
「もうすぐ夕飯の時間だし、着替えるだろ? 俺、片付けたら先に食堂行くから」
朋也は立ち上がるとゲーム機をササッと片付けて部屋から出て行った。
間違いなく自分が悪いということはわかっている。
自分勝手に朋也のことを意識して、覗き込まれておでこに触れられれば反射的に体を反らせてしまうくらいなんだから。
ーあんな顔させたいわけじゃなかったのに…ー
一人になった部屋で、朋也の泣きそうな顔を思い出し、航太は坊主頭のてっぺんをポリポリと掻いた。
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