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第3話
何となく航太が自分と距離を取っているように感じていた。
ー俺、何か気に触るようなことしたのかな?ー
考えてみても理由が見つからなくて、気がつけばどんどん話しづらくなっていく。
同じ部屋にいてもギクシャクした感じがして、正直しんどいというのが本音だ。
ただでさえ自分の気持ちを伝えることができない苦しさがあるのに、今までのように普通に話せなくなるなんて朋也にとっては地獄のような日々だった。
「航太…」
「んっ?」
お互いのベッドへ入った真っ暗な部屋で、朋也は勇気を出して航太の名前を呼んだ。
だけどそれ以上言葉を続けられなくて黙り込んでしまう。
「朋也? どうした?」
心配そうな声が耳に届くけど、その声が聞こえるだけで目頭が熱くなっていくのを感じて、余計に声を出すことが出来ない。
「体調悪いとか?」
航太の問いかけにフルフルと首を横に振って見せるけど、おそらく向こうからは見えていないだろう。
しばらくすると、ベッドから立ち上がって近づいてくる足音が聞こえてきた。
朋也は掛け布団を握りしめる手に力が入る。
「朋也、大丈夫なの?」
すぐ近くで航太の声が耳を掠めていき、心臓がドキドキと煩く動き出す。
心配してくれているのか、朋也のベッドのすぐ横に跪き、様子を伺うように顔を覗き込まれた。
「何か、ごめんな」
「えっ?」
「俺、朋也と普通に話せてないだろ?」
「なんで…」
たった今、朋也が聞こうとしていた言葉を問いかけられ一気に目に涙が溜まっていく。
「自分の気持ちがわからなくなってて…。朋也とどう接したらいいのか答えが見つからなくて。ただ、このままじゃいけないっていうのもわかってて…」
「航太…?」
「嫌な思いさせてたなら、ごめん」
「なんで、航太が謝るの?」
「わかんないけど、さっき朋也が俺の名前呼んでくれた時、すごく嬉しかったから」
そんなことが嬉しいだなんて…。
でもわかる気がした。
朋也も久しぶりに航太に名前を呼ばれて、胸の奥がツンとしたからだ。
「俺の方こそ、何か気に触るようなことしてしまったならごめん」
「いやっ、朋也は何もしてない。ただ俺が…」
航太は続けようとした言葉を呑み込んだ。
なぜ自分が朋也と普通に話せなくなってしまっているのか…、その理由を直接言ってしまっていい訳がない。
「ただ…、なに?」
「いやっ、とにかく朋也は何もしてないから」
「けど、何かしたから話しづらくなったってことだよね?」
「違う! 違うから」
本当に違うということを伝えたくて、思わず声が大きくなってしまった。
その声に、朋也がビクッと体を震わせたのがわかる。
「朋也、本当にごめんな」
怖がらせてしまったかもしれないと、航太は聞こえるか聞こえないかの小さな声で謝った。
あの日以来、航太は朋也とどう接していいのかわからなくなっていた。
朝起きて「おはよう」と声を掛けられれば、「おう」と短く返事をして洗面所へ向かったり、学校へ行く道中も、いつもなら隣に並んでゲームの話や友達の話なんかをしながら歩くのに、何となく朋也より先を歩いたりして距離を取っていた。
それはある出来事が更に航太の感情に追い打ちをかけたからだ。
クラスの仲間と何人かで話をしている時、その中の一人が突然放った言葉。
「俺、昨日の夜、久々にオナッたわ」
「まじかよ!? って、そんなことオープンにすんな」
「だって、部屋の片付けしてたら前に買ってたエロ本見つけてさ、開いたわけ。そしたら、何か元気になっちゃって、ついね」
「ついって…」
「まあ、綺麗なお姉さんの裸見たらヌイちゃうでしょ。なあ、航太も朋也もわかるだろ?」
男子校ということもあって、こういうことをオープンに話す奴は普通にいる。
男だったら一人でヤルことも恥ずかしいことではないのかもしれない。
だけど…
航太がチラッと朋也の方へ視線を向けると、輪の中には入らず俯き加減になっていて、その頬が少し赤くなっているように見える。
すると視線に気づいた朋也がふいにこちらへと振り返り、目が合ってしまった。
「まあ、そうなる奴もいるし、そうならない奴もいるんじゃない。田中は、そうなる奴ってことでいいじゃん」
「何だよ、俺の暴露、辱め受けただけじゃん」
「自分で言ったからだろ」
「まあ、そうだけど…」
「自業自得ってことだな」
平然を装いながら田中と会話をしつつ自分の席へ戻ろうと航太は歩き出す。
それなのに…
ガンッ大きな音を立てて、思いっきり膝をぶつけた。
「いってっ…」
「航太、大丈夫?」
すかさず朋也が問いかけてきたから、「平気」と振り返らず右手を差し出し、それ以上動けないようにすると、航太はそのまま自分の席へ座る。
ーキーンコーン、カンコーンー
授業のベルが鳴り、何とかその場を誤魔化せた気になっていたけど、頬を赤くしている朋也の顔が頭から離れなかった。
「ねえ航太、俺さ…」
「うん…」
暗い部屋でようやく目が慣れてきたのか、朋也の表情が確認できる。その距離が思っていたよりもずっと近くて、心臓がどくんとした。
「航太と今までみたいに話せないのが正直しんどくてさ、でも勇気出して声掛けて良かった。俺もさっき名前呼ばれた時すっごく嬉しかったから」
「朋也…」
無理して笑っている時の顔…
ずっと一緒にいたから、それくらいわかる。
こんな顔させたいわけじゃないのに…
「またさ、前みたいに話そうよ。じゃないと俺…、どうしていいか…」
横になっていた体をゆっくりと起こした朋也が震える声で自分の思いを一生懸命伝えようとしているのを感じて、航太は無意識にその体を抱きしめていた。
「こう…た…」
「あのさ、田中の話覚えてる?」
「えっと…、あの…覚えてるけど…」
抱きしめた腕の中で航太が問いかけると、少し困ったように答える朋也。
そして、航太は自分でも驚くような提案を持ちかけた。
「今から一緒にやってみない?」
「やるって…、なにを?」
「お互いに自分のを触るのは、いや?」
「えっ、あの…、きゅうに、どうしたの? そんなこと…」
「恥ずかしくて出来ない?」
「だって、そんな…」
「俺も一緒にやるから。暗いままだし」
「けど…」
「大丈夫、恥ずかしいのは俺もだし」
「航太も?」
「うん。だけど、朋也と一緒にやってみたい。ダメ?」
抱きしめたままの腕の中で、朋也が首を横に振った。
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