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宴の後には...一波乱?【勇輝視点】
妖しいファンタジールームを後にしたのは、もうそろそろなんとなく空が白っぽくなってきてんじゃないかなぁ...なんて時間だった。
ネオンが消えて静まり返った繁華街は、その数時間前が嘘のように暗い。
その帰り道を歩いている間、充彦はずっと手を強く握ってくれていた。
暗いし、人通りが少ないから誰かに見られる心配が無いってこともあっただろうけれど、たぶんそれだけじゃない。
俺の中に生まれ始めたまだ少しあやふやで、けれど間違いのない気持ちを大切に守ろうとしてくれているんじゃないだろうか。
絡め合った指先から伝わってくる熱が、なんだかちょっと面映ゆい。
ホテルまでの道は思っていたよりも案外短くて、それがちょっと残念に思う。
まだこうして二人で歩いていたくて、まだ手を繋いでいたくて......
それでもエントランス前で立ち止まり、俺自らその手を離した。
この姿の俺と一緒にフロントを通らせるのがどうにも忍びなくて、充彦に先に部屋に戻ってもらう事にする。
俺はこの辺をグルッと一周してから帰る事にした。
やっぱり...充彦に恥はかかせたくないし。
そんな事を言うと充彦は『お前の何が恥なんだ』なんて怒りそうだから、『ちょっと暑いし、コンビニでアイス買ってくる』って言い訳だけしておく。
『風呂にゆっくり浸かりたいから、お湯張っといて』って言葉も忘れずに。
言っておかないと、絶対一緒に来るって言うのはわかってるし。
ほんとはやっぱり手を離したくなかったなぁなんて思いながら、心の内を隠したまま笑顔でその離した手を振る。
充彦が中に入るのを見送ると、とぼとぼとさっきまでとは全然違う気持ちでホテルの前を通り過ぎた。
前もってコンビニの場所は確認してる。
もし夜中にアイスが食べたくなったらと考えての事だったから、慎吾に教えてもらった時にはまさかこんな格好で来ることになるとは思ってなかったけど。
用事もなく雑誌を手に取り、無為にパラパラと捲り、特に読みもせずにそのまま棚に戻す。
そのままアイスだけを買って急いで帰るってのも、それはそれで『俺はどれだけ充彦と離れてたくないんだ!』なんて感じがして、それはちょっと気恥ずかしかった。
自分の載ってるであろうAV専門の雑誌もあったけど、おそらくは目立っているだろうこの姿で『未成年禁止』のエリアに堂々と立つだけの根性はなく、仕方なく女性週刊誌なんて読んでみる。
そしたらそれがたまたま充彦のコラムが掲載されてる雑誌で...その並んでる文字が本当にいかにも『充彦!』って雰囲気で...なんか余計に充彦の顔が見たくなってしまった。
一度スマホで時間を確認し、もうそろそろいいだろう...っていうか、やっぱり今は充彦のそばにいたいって思っちゃって、急いで白熊アイスのカップを二つ買って店を出る。
コンビニに来る時には妙に重く感じていた足が、今は不思議とチャカチャカ勝手に前に出た。
......充彦、さすがに寝てるかな
......アイス、白熊でも良かったかな
......早く家に帰って、二人でのんびりお風呂入りたい
......こっちの食事も旨いけど、やっぱり充彦のご飯の方がいいな
ホテルが近づくにつれ、ますます充彦に会いたくなる、触りたくなる。
逸る気持ちが抑えられず、俺はいつのまにか慣れない靴なりに精一杯走っていた。
ウィッグの中がすごい蒸れてるし、化粧のせいか肌がちょっと痒いんだけど、もうそんな事どうでもいい。
暑さで想像以上に息が上がる中、ホテルの入り口へと駆け込む。
浮かれてて...いや、充彦への気持ちが強すぎて、俺の後をずっとついてきていた影があった事も、そちらからカメラのレンズが向けられていた事にも、この時の俺が気付く由は無かった。
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