50 / 420

俺、今から浮気します【2】

  撮影用に指定されたのは、ごく普通のちょっと広めの1DKのマンション。 おそらくは賃貸だと思うのだが、防音も何も無さそうなそのあまりにも普通過ぎる部屋の様子に些か不安が増してくる。 頭を下げながら中に入ると、今回のパートナーだと聞かされていた男の子はすでに女性との絡みを撮り終えたらしい。 パンツだけを穿いた状態で、そっぽを向いてタバコを燻らせている。 「本当に遅くなってすいません。どうもはじめまして、勇輝です」 「あ、いやいや、気にしないでください。元々こちらが無理をお願いしたんですし...」 「ちょっと前の撮影が伸びてしまって...。あ、すぐに準備に入りますから、設定だとかルール的な物を教えていただいていいですか? こちらの会社での撮影は初めてなので...」 「あ~あ~、マスコミでも話題の売れっ子様はホントお忙しい事で。ったくさぁ...どんだけ共演者待たせるんだよ」 確実に俺に向かって吐かれた敵意剥き出しの声。 紫煙を俺の方に吹きかけながら、ゲイビ側の男の子は睨みを効かせてくる。 「わっ、ちょっと瑠威黙れ! せっかくうちのビデオに無理して出てもらったってのに...」 「はいはい、ゲスト様には超VIP待遇ってね。そりゃあ大層失礼いたしました~」 「あ、いえ...彼が怒るのも気分を害しているのももっともだと思います。理由の問題じゃなく、遅れた俺が悪いんですから。本当にご迷惑をおかけしてすいません。シャワー浴びたらすぐに本番入れますから、取り急ぎ設定だけ教えてください」 浴室の場所を教えてもらい、シャワーを浴びながら今日の設定を聞く。 つくづく『こんな仕事、やっぱり断ってくれれば良かったのに』とチンポ辺りを特に丁寧に洗いながら、俺は大きくため息をついた。 ********** その後の撮影は、正直散々な物だった。 まずは、なんと言っても絡みの相手のレベルが低い。 普段相手をしているようなちょっと派手であざとくて、それでも可愛い女の子とは全然違うのだ。 AVに出てるような女の子ってのは、多少のお直しが入ってる場合もあるとは言え、やっぱり華やかで色気があるんだなぁって改めて実感する。 だからといって、こないだ充彦との写真を撮った女の子のような、ウブで新鮮な瑞々しい感じでもない。 やる気も煌めきもなんもなくて、本当につまらなそうにただベッドに座ってるだけに見える子。 なんでも、あくまで『女の子をガンガン攻めている男』を撮影する為の相手でしかないから、見た目とか雰囲気なんてのはどうでもいいんだそうだ。 というわけで、いつもは風俗で働いてるって女の子をアルバイトの延長みたいな感じで格安で連れてきてるらしい。 つまりは『アルバイトの延長』だからキスもボディタッチもただの流れ作業みたいな物で、なんだかもう...それだけで気持ちは萎えた...ついでに珍しくチンポも萎えそうだった。 おまけに元々風俗の子だっていうから、いつにも増してきつく『アナル舐め・指入れは厳禁』てお願いしてたのに、これがあっさりやりやがった。 何度か指や顔が近づく度に、さりげなく拒む仕草で合図を送っていたにも関わらず...だ。 彼女にとっては、それもアルバイトをする上での一連の流れ作業に過ぎなかったんだろう。 あんまりムカついて一旦撮影を止めてまで注意したものの特に悪びれた様子も見せないから、本気で怒って『約束と違うから帰る』って思わず叫んでしまった。 なあなあで済ませられるとか、NGってのは言葉だけだろうなんて考えてたらしいスタッフさんは、そこで初めて俺が激怒してる事に気付いたんだろう。 慌てて謝りにきた。 女の子の方も相当怒られたか、それともギャラを減らすとでも言われたのか。 一旦表に連れ出され、帰ってきた時にはさすがにしょぼくれた様子でちゃんと謝ってくれた。 あんまり凹んだまんまでもかわいそうなんで、改めてベッドに呼んで優しく抱き締める。 コツンとオデコをくっ付けて、その目を真っ直ぐに見つめてニコリと笑って見せた。 「無理に俺をイカせようなんて考えなくていいんだよ。他の男の子が相手の時はどうなのか知らないけど、今日は俺がちゃんと君を気持ちよくしてあげる。俺はそういう仕事なんだからね? だから今日は、リラックスして全部俺に任せて」 耳元に囁きそっとこめかみに唇を押し付ければ、女の子の雰囲気は一気に変わった。 くだらない仕事をつまらなそうにこなすだけのちっぽけな女の子が、これから満たされる欲に期待を膨らませるメスの顔に。 こうでなくちゃ、俺が女の子を抱いてあげる意味なんてない。 その事でようやく俺の意識も気持ちも、男優としての『俺』へと変化する。 相手を綺麗にイヤらしく見せるのではなく、あくまでも『自分』を見せるというセックスにひどく戸惑いつつ、それでもどうにか最後は彼女を気持ちよくさせて本番を終えた。 そのまま渡されたタオルで汗を拭き、パンツだけ穿いてベッドの上に胡座をかく。 ここからこのまま『瑠威』と呼ばれたあの男の子との対談の収録に入るんだそうだ。 彼がどんなセックスをするのか、あいにく俺はわからない。 ここに来るまで相手が誰なのか聞かされてなかったから、前以てビデオを観るってわけにもいかなかったし、スタジオ入りが遅れたせいで彼の絡み自体直接見る事ができなかった。 現場に到着するなり敵意剥き出しだった彼と、どんな雰囲気で話を進めれば良いのだろう。 ちゃんと会話なんて成立するのか? というか、なんであの子はあんなに俺に無駄に突っかかってくる? とりあえずスタッフに、彼の簡単なプロフィールだけを教えてもらった。 年齢は22才で、ゲイビ歴はもうすぐ3年になるらしい。 一応タチネコどちらもこなし、ビデオの売り上げは長いことこの会社のトップなんだそうだ。 ただ、元々が完全にノンケで男同士のセックスはあまり好きじゃない上に、普段はかなりの俺様でとっつきにくい所があるとの事だった。 もっとも、そのオラオラで俺様な所と圧倒的なビジュアルが女性には受けているんだそうだ。 まあ確かに、入ってきた時にチラリと見ただけでも、かなり彫りの深い端正な顔と、筋肉質の抜群に綺麗な体をしていた。 ただし、ここに来てから一度も目線を合わせようとはしてくれないから、その瞳の奥にどんな光を宿しているのかまではわからなかったけど。 とりあえず、彼はさっきまでの俺の絡みを見ていたはずだし、何よりこの会社は彼のホームグラウンドだ。 ルールも慣習も流れも、俺は一切握る事ができない。 まずは先方の出方を見てからこちらの雰囲気を合わせればいいだろうと、今は中座している彼の帰りを待った。 それからどれくらい経ったのか。 裸のままで座っているのが少し肌寒く感じ始めた頃になって、ようやく瑠威は戻ってきた。 遅れて現場入りした俺への意趣返しのつもりなのか、待たせた事への詫びも挨拶も何もない。 ただ黙って俯きながら、着ていた物を脱いでいく。 ゲイビの業界ってのはこういう物なのかもしれない...今はそう割り切り、俺は辛うじて笑顔を作った。 「は~い遅くなってすいません。瑠威も戻ってきた事ですから、これから僕の仕切りでAV界・ゲイビデオ界それぞれのトップアイドル対談撮らせていただきますね~」 「いやいや、トップだなんてそんな...俺なんかより売り上げ持ってる人はいくらでもいますから」 「はいはい、謙遜はいいですよ~。別にさぁ、トップでいいじゃん。トップ同士の対談だっつってんだし。実際アンタ、AV以外の仕事が増えて、ガッポガッポ稼いでんだろ」 またかよ、コイツ。 ついカチンときてそちらを睨みそうになるのを必死に堪え、俺はなんとかギリギリの笑顔を作る。 「瑠威くんてずいぶんと正直って言うか...えらく怖いもの知らずな物言いするんですね」 「あっ、すいません...たまに言い過ぎちゃう事もあるんですけど、こういうちょっと生意気で媚びない雰囲気も彼の売りなもんですから」 本人じゃなく、腫れ物にでも触るようにスタッフの方が謝ってきた。 言い過ぎてしまう? 媚びない? 違う違う、ただ高飛車で無礼なだけだろ。 当の本人はと言えば、そんな卑屈なスタッフの様子をさも当たり前のように、何も感じてないって顔でこちらを見ている。 大丈夫かな...俺。 こんなヤツ相手に、このまま最後までキレないで対談なんてできるだろうか。 「えっとですね...ごめんなさい。とりあえず俺、瑠威くんの作品を見た事が無いんですよ。対談の前に少しだけ彼のビデオ見せてもらえませんか? 失礼な上に勉強不足で本当に申し訳ないんですが」 大層売れているというゲイビデオの内容を知りたいのは勿論だけど、彼のセックスを見てみればもう少し対応のしようもあるだろう。 案外優しくて甘いセックスをするのかもしれないし、こんな高飛車な態度に出ても仕方ないと言わしめるくらい誰でもその気にさせるほどのセクシーさを見せるのかもしれない。 そらならそれで、その時は心から彼を敬う姿勢を見せれば良いだけの事だし、何より今は...ちょっと冷静になる時間が欲しい。 不機嫌そうにふんぞり返る瑠威に『ごめんなさい』と頭を下げると、俺は彼の出演作をポータブルプレーヤーにセットしてもらった。

ともだちにシェアしよう!