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俺、今から浮気します【3】

  俺が黙ってビデオを見てる間、瑠威は特にそれに興味を持つ様子もなく、タバコを咥えながらスマホをずっと触っていた。 念のためにとネコのシーンとタチのシーン、それぞれを見せてもらったけれど、感想はと言えば...それはそれは正直困る。 当然今日は忙しく働き過ぎた俺の下半身はピクリとも反応を示さない。 現場であれば、相手を問わず瞬時に自分を昂らせる事のできる、この俺がだ。 「あ、ありがとうございました。えっと...もう十分です」 それ以上見ている気分にもならず、ディスクを途中で止めてもらう。 「今のビデオが瑠威くんの代表作ですか? 相手役の男の子もなかなかの美形でしたし」 問い詰めたわけじゃなく、ただ軽い気持ちで聞いただけの言葉。 だって普通は、『うちのトップです』『売上ナンバーワンなんです』なんて言うなら、それこそ一番瑠威らしい作品か、一番売れた代表作を見せるモンだろ? 勿論内心、『この程度でトップかよ』って気持ちが無かったとは言わないけれど、まあただの確認のつもりだった。 けれど俺の言葉に、スタッフはちょっとバツの悪そうな顔で無言のまま曖昧に笑い、何故だか瑠威は更に機嫌を悪くした様子で灰皿にタバコを捩じ込む。 なんなんだ、この反応は? ほんとコイツらの態度も仕事も、全然理解ができない。 代表作なのか、人気作なのか...そんな簡単な質問すら許すつもりは無いという事なのか? はぁ...これはさっさと対談なんて終わらせて家に帰るに限る...この現場は色々と気分が悪すぎる。 わざとスタッフが向けてきたのと同じように曖昧な笑顔を作り、俺はベッドの上へと戻った。 「もう勇輝くんもいいかな?じゃあ、対談に入らせてもらいますね。カメラは?」 「オッケーです」 いよいよ本番だという声を聞いても、瑠威の隣から灰皿が消える事は無い。 これも...こっちの世界では当たり前なのか? 俺はできるだけ瑠威の手元のタバコと灰皿を目に入れないようにしながら、懸命に仕事用の表情を作った。 「はい、では『シークレット・ラバーズ』シリーズ恒例の、出演者対談にいきたいと思います。イェイッ!」 『イェーイ』と中途半端な掛け声と拍手が周囲から起こる中、瑠威が少しだけ男優らしい笑顔を作って拍手を始めたので、俺もそれを真似て『イェーイ』と目一杯の空元気で合いの手を入れる。 「今回はですね、ゲストとしてなんと! あのAV界のスーパーアイドル、勇輝くんに参加してもらいました~」 「こんにちは~。はじめまして、勇輝です。よろしくお願いしまーす」 「で、当然うちとしても勇輝くんに負けない男前を出さないとね...お招きした側なんで。という事で、今回の勇輝くんの対談相手は、わがゴールドラインが誇る無敵のスーパーアイドル、瑠威くんでーす」 「は~い、どうも~」 ゲイビデオではこの手の対談だのトークシーンだのが多くて慣れてるのか、瑠威の方は気楽な感じでカメラに手を振った。 トゲトゲした雰囲気も、愛想の欠片もない表情も大して変わらないけど。 はぁ...やっぱ俺、完全アウェーな感じ。 「えっとですね、まあ女性との絡みってなると勇輝くんは本職だし、勿論珍しい事じゃないと思うんだけど...」 「うん、そうですね。今日も元気に昼からパコパコしてきました」 「昼からなんだ? それは勿論本番有り?」 「ありました、ありました。今日は3Pだったんで、いつもより少しハードでしたねぇ」 「へぇ、3Pでガンガン腰振ってきた後なのに、それでもあんなに女の子攻めちゃえるんだ。いやぁ...ほんとタフだなぁ...」 褒めてるのか? もしかして、それって褒めてるのか? まったくどうでもいい、あまりにも薄っぺらい会話の内容に、無理矢理笑った形にしてる頬っぺたがビクビクしてくる。 「さて、一方の瑠威くんなんですが...『シークレット・ラバーズ』への出演て久しぶりだよね? 今日の撮影はどうだった? ここんところしばらくネコ役が続いてる中での女の子とのプライベート風エッチって」 「いやぁ、やっぱ女の子っていいよなぁって改めて思いましたね。俺超オッパイ星人なんで、男の乳首なんか舐めてるよりデカイ乳房モミモミしたいし」 いやいや...ゲイビに出てるのにそんな事言っちゃっていいの? それって許されてるの? 少なくとも俺は、自分のビデオで『突っ込むより突っ込まれる方がいい。女より男が好きなんで』なんて口が裂けても言えないよ? 「いやね、だいたい俺って女の子をガンガンに攻めるのが好きなんすよ。もうイキすぎてわけわかんなくなるくらい攻めたいっつうのかなぁ...それこそが男の快感でしょ? ロマンでしょ? 正直、俺掘られても全然気持ちよくないんで、こうしてたまにあるノーマルのビデオとか、リフレッシュにはほんとありがたいんですよね~」 それ、絶対嘘だろ。 瑠威ってたぶん...いや、間違いなくセックスの経験少ないぞ。 さっきの相手役の体撫でてる時も、腰振ってる時も、メリハリの欠片もなかったし。 あんなんで女をイカせまくってるとか、童貞の癖にヤリチンだって吹いてる中坊と言ってる事変わらないから。 「でも、実は瑠威くんってタチよりネコの時のが人気あるんだよね。やっぱり瑠威くんクラスのイケメンが掘られて悶えてる姿にみんなときめくんだろうねぇ。その辺はどう思う?」 「そこまあ、お仕事ですからね...忍耐ってとこでしょ。ファンの子に喜んでもらえんのはありがたいですけど、やっぱネコはきついんすよ...ケツにチンポ入れられて気持ちよくなるとか、俺全然わかんないし。だから、最後の射精にもってくまでがすごい大変なんですよね~。ケツだけでイケるとか、俺からしたら奇跡? ほんとあり得ないっすわ」 なんだろう。 もしかしてコイツ、また俺に対して嫌み言ってるつもり? そもそもゲイビに出てて、それでファンだって人まで付いてるのに、『ケツではまったく感じません』なんてよく平気で言えるよな。 なんかコイツ、ほんとムカついてきたわ。 薄っぺらで大口叩きの、顔だけモデル。 ま、さっきのビデオ見る限り、この程度の人間なんだろうなって感じはしてたけど。 「あっ、そうだ。リアルゲイの勇輝さ~ん、良かったらケツで感じる秘訣とか教えてくれません?」 「はぁ? 誰がリアルゲイだって?」 「やだなぁ、目がちょっと怖いですって。いやだって、実際恋人男なんでしょ? おまけに毎晩掘られまくってケツマンコがガバガバなんでしょ? しかし、そんなんでよく女抱けますね。もしかして、ただのセックスマニアですか? ああ、そうだ! なんだったら、趣味と実益兼ねてうちに来ません? そうなったら俺、時々抱いてあげてもいいっすよ」 スタッフの顔色が変わり、うろたえるような動きが見え始める。 うん、だろうね...たぶん今の俺、ここ何年かで一番のぶちギレモードに突入してんもん。 慌てて仕切り役を務めていたスタッフが間に入ってくる。 「ああ、ダメダメ! ちょっとトップ同士のライバル心に火がついちゃったみたいなんで、ここらで締めのコメントいきましょう。まずは勇輝くん、今後の抱負とか聞かせてもらえるかな?」 「...はぁ...そうですね...これまでと変わらず、どの現場にも気持ちよく呼んでもらえる、礼儀をわきまえたプロの男優でいたいと思います」 「あ...あはははっ、じゃ、じゃあ...瑠威くんの抱負は...」 「とりあえず、ゲイビをぼちぼち卒業して、普通のAVに行くことかな~。ほら、最近テレビとか雑誌も取り上げてくれるでしょ。ついでにモデルなんて仕事も転がり込んできたら、ガッポガッポで最高ですよね~」 睨み合い、お互いへの牽制やら嫌みやらが満載のコメントしか出ない俺達の空気に、スタッフはこれ以上の撮影の続行は無理だと判断したらしい。 気づけばカメラは下を向き、照明も少しずつ落とされていた。 「なになに、もう撮影しないの? せっかくあれだけ煽ってんのに。なんかさ、今の俺らのバチバチ感とか良くない?」 「バチバチも何も、さすがにお前言い過ぎだって...何もあそこまで言えとは...」 あそこまで言え...とは? どういう事? もしかして、瑠威の態度はスタッフからの指示だったのか? それでもコイツの俺への敵意は、スタッフの想定の上を行ってたって事? 「だいたい! あそこまでゲイビが嫌だみたいに言ってるコメントなんか、使えるわけねぇだろ! 今日のお前、何考えてんだ! こっちで散々アウトの合図出してただろうが!」 「だって仕方ないじゃ~ん。俺、ほんとに男とヤったって気持ちよくないんだから。そんなのあんたらが一番わかってんでしょ? だったら男とヤるのが好きな誰かさんみたいな奴こそこっち来て、普通に女が好きな俺が向こうに行けばいいじゃん...て思っただけだろ」 はい、我慢の限界! カメラ回ってないんだし、もういいよな? 俺は瑠威に近づき、グイと髪を掴む。 「お前さ、さっきから何なの?」 口許だけは笑いながら、その顔を睨みつける。 瑠威は相変わらず俺とは目を合わせたくないのか、瞬間的に視線を逸らした。 「お前のビデオ見たよ。ほんと、クソ面白くもなんともねぇビデオだな。相手を感じさせる事も、てめぇが感じる事もできないとか、それでも金もらってるプロの仕事かよ。顔と体がちょっといいってだけで喜んで見てくれんのは、一部の限られたファンだけだっつうの。それもゲイビの世界だけのな。あんまり本物のAVと、本物の男優なめんなよ。お前みたいなクソ生意気なド素人が、簡単にチョロチョロできる世界じゃねぇっての」 「...う、うるせえよ。そんなにAV男優が偉いのか! 結局は掘られて喜んでるカマ野郎のくせに!」 「バカか、お前は。誰もAV男優が偉いなんて言ってねぇよ。プロが偉いっつってんだ。ゲイビにもちゃんと仕事してるプロはいるってのに、お前みたいな顔以外に取り柄もなくてオツムとテクニックがゼロなバカがいたら失礼だっての」 強く掴んでいた髪から手を離すと、俺は持ってきていたボディバッグから財布を出す。 「お前、ネコ撮影の時ってギャラいくら?」 「は?」 「ちょっとスタッフさん、マジでこいつのギャラっていくら?」 「えっと...タチネコ関係無く、瑠威クラスだと1本15万で...」 「オッケー。15万ね」 財布の中の、当面の生活費として下ろしてきたばかりの金から15万を抜き、瑠威に向かってそれを叩きつけた。 ああ、なんか色々ごめんね、充彦...でも俺、このナメたクソガキがどうにも我慢ならないんだ。 ちゃんとこの金は、また稼ぐからね。 「今晩それでお前買ってやるよ」 「はぁ? アンタ頭おかしいんじゃないの? 俺はウリなんかやってねぇっての」 「お前が全然感じねえとか言ってるケツ、今からグッジュグジュにしてドロドロにして、プロの男優とクソ素人の違い教えてやるわ。おら、さっさと服着ろよ。イイ子にしてたら一応優しくしてやるけど、言うこと聞かねえならぶん殴って引き摺ってでも連れて行くぞ。ギャラもらって気持ち良くしてもらえるんだから喜べよ」 たぶん今の俺の顔、すっげえ怖いだろうな。 自信ある。 自分でも、生まれてこのかたこんなにムカついた事無いと思う。 現に、さっきまであんなに威勢の良かった瑠威が、唇を噛みしめたまま大人しく服を着始めた。 俺もさっさと服を着て、ボディバッグを肩に掛ける。 『充彦、今家?』 LINEでメッセージを送る。 『終わった? お疲れさん、遅かったね。迎えに行こうか?』 『いや、いい。それより、俺今から浮気するから、悪いんだけどリビングのソファをベッドにしといて』 『浮気ってうちで?』 『そう。今から超生意気な子猫ちゃんの躾する。充彦にさせんのは嫌だから、俺が浮気します』 『うーん...素直にどうぞとは言いたくないんだけど、ワケありだな。わかった、準備しとく。俺は何時くらいに戻ったらいい?』 『充彦も見てろ。つか、手伝え』 『えーっ!? 俺にも浮気しろってか。了解了解。とりあえず、その生意気な子猫ちゃん、連れて来い』 さすがは充彦。 俺のわがままなら本当に何でも聞いてくれる。 ......まあ、後で死ぬほどお仕置きされるだろうけど。 「んじゃ、コイツ連れて行きますんで。お疲れさんでした」 微かな抵抗のつもりなのか、足を突っ張って動こうとしない瑠威の腕を力任せに掴む。 そのまま引き摺るようにスタジオを後にすると、俺は近くを通りかかったタクシーを停めて瑠威を強引に押し込んだ。

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