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ふたりのカタチ【2】

マンションの入り口に着き、腕の中の勇輝の頭を軽く揺らす。 普段極めて寝起きの良い勇輝が、目的地に着いても目を開ける事ができないというのは滅多に無い。 その顔を覗き込んでみれば、俺と社長の話を聞いていたせいなのだろうか...頬には涙の流れた跡がうっすらと残っていた。 俺達の写真が雑誌に載ってからか? いや、おそらくは大阪のラブホテルで謎の言葉を呟いたあの時から、きっと一人で悩んで苦しんで、目を閉じてはいても深い眠りに落ちる事ができていなかったんだろう。 もしかすると、俺に隠し事があるという罪悪感に苛まれていたのかもしれない。 どこかに兆候はあったはずだが、一切それに気づけなかった自分の鈍さに思わず大きなため息が出た。 途端腕の中の体が大きく跳ね、弾かれたように俺から離れる。 どうもため息の意味を勘違いしているようだけど、今は一先ず起きてくれた事を良しとしよう。 「ほら、着いたぞ。さすがにここから部屋までのお姫様抱っこはきついから、ちゃんと歩いてくれる?」 俺の言葉に勇輝はよく意味がわからないという顔をしていたが、ゆっくりと辺りを見回し、ここが自宅の前だとようやくわかったらしい。 頭の中も少しは冴えたのか、眠り込んでしまった事を詫びるようにペコペコと社長に頭を下げた。 「バ~カ、別にいいよ。とりあえず充彦は9月の写真集イベントまで一応休み、勇輝も月末に1本だけビデオの撮影入ってるけど、それまではオフだから」 「......今回は、色々と迷惑かけて...ごめん」 「別に迷惑なんかじゃねぇよ。お前らにも俺のわがままずいぶん聞いてもらってるしな、お互い様だ。それより...ちゃんと二人で話するんだぞ?」 「うん、わかってる......」 「充彦、勇輝も色々悩んで出した今回の結論なんだから、あんまり問い詰めたり怒ったりすんじゃねえぞ」 「んな事しないっての。だから俺、別に怒ってないっつってんのに」 いつもならあり得ないほどの勇輝への過保護ぶりに、思わず口許が弛んでしまう。 俺抜きで二人で会ったり話したりなんて機会は殆ど無かったし、社長に対してどうにも引け目を感じているらしい勇輝は、これまで二人きりになる事を避けてるふしがあった。 それがどうだ。 結局、いざという時に勇輝は社長に助けを求め、社長は全力で勇輝を守ろうとしている。 微笑ましくも複雑な気分。 どうやら今度は俺がヤキモチでも妬く番らしい。 「送ってくれてありがとね」 「いや、いいよ。それより、少し纏まった休みあるんだから、この車置いてってやろうか? 旅行でも何でも、好きに使えよ」 「そんで社長、どうやって帰んの?」 「俺はまあ...嫁さんに迎えに来てもらうよ。別にタクシー拾ってもいいんだし」 「いや、でも......」 断ろうかと口を開きかけ、ふと頭にある場所が思い浮かぶ。 盆休みに東京でのトークイベントが重なったせいで訪ねる事ができなかった場所。 今年こそは勇輝を連れて行きたいと思っていながら、立ち寄る時間を作る余裕も無かった。 「悪い、んじゃ遠慮なく借りるわ。でも傷つけたらゴメンね」 「傷は構わねえけど、返す時にはガソリン満タンにしとけよ」 「傷よりガソリンかよ~。とりあえず、月末の勇輝の仕事送った足で返しにいくわ」 その言葉に社長は穏やかな顔で運転席を降り、代わりに俺がハンドルを握る。 特別外車の運転が苦手とは言わないが、少し癖のあるアメ車の操縦にヒヤヒヤしながら、その無駄に大きな車をビジター用の駐車スペースに停めた。 キーを抜いて車を降りると、その場で社長と勇輝がじっと見つめ合っている。 少し震えているらしい勇輝の手を取り、社長はそれを両手でしっかりと握った。 「今日はよく頑張ったな。最後までちゃんと言えないんじゃねぇかと思ってたよ」 「......本当に...本当にありがとう...ございました......」 「バカか、水くせぇこと言ってんな」 「俺は...父親ってのがどんな物なのか...知りません...」 「おう、そうだったな」 「別にそんなのいらないし、興味も無いって思ってました」 「おう」 「でもほんとは...ほんとはきっと...お父さんて存在に、涙が出るほど...憧れてた......」 「勇輝......」 「俺...社長が俺らの事子供みたいに思ってるって...だから守るのは当たり前だって言ってくれて...嬉しかった...本当に嬉しかったです」 「俺もな、年中発情期でずっとイチャイチャしてるどうしようもない、けどほんとに一生懸命で可愛い色男二人を本気で守ってやれるのは...嬉しいよ。守るもんが増えたら増えただけ、人間は強くなれるって言うだろ?」 「じゃあ今の社長は無敵だな。こんなデカイ息子二人に不思議ちゃんな嫁、おまけにこれから産まれてくる子供までいんだから」 俺が二人の方に近づくと、社長は恥ずかしそうに、けれどまんざらでもないという顔で笑って見せた。 「今度は慎吾も加わるし、もう一組発情期のでっけぇ息子達が加わって大変だっての」 「はぁ!? 慎吾くんもうちの所属になんの?」 ほ~ら、また知らない話が出てきた。 慎吾くんは、関西から出てきて以来ビーハイヴ預かりのフリーだったはずだ。 いつの間にそんな話になった? まあこれも勇輝が中心で動いたのだろうし、今後の計画を聞く限りでは事務所は同じ方が何かと便利なのは間違いない。 そこも含め、勇輝とはゆっくり話をしなければ。 俺はまだ握り合ったままの社長の手を『シッシッ』と払うと、そっと勇輝の肩を抱いた。 「んじゃ、こっからは俺らの大切な時間なんで帰るわ。ありがとね」 「はいはい。あんまり苛めすぎて勇輝壊すなよ」 「さあねぇ。勇輝が『壊してーっ』とか叫ぶ時あるからなぁ...どうだろ?」 「ったく、お前らほんとに飽きねえなぁ...ま、休みの間にケガだけはしないように気ぃつけろよ」 軽く手を挙げ社長が背中を向けたのを確認すると、俺達も体を反転させてエントランスへと向かった。

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