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ふたりのカタチ【3】
部屋に戻っても、勇輝からはまだ少しよそよそしさが抜けなかった。
しっかりと抱き寄せたその肩にも力が入ったままだ。
あれだけ大胆に、人の及び知らぬ所で一切の事を進めておきながら何をこれほど怖がっているのかと不思議になるが、つまりはそれほど勇輝にとっては大きな決断であり、同時に俺に対してひどく罪悪感を抱いているらしい。
『相談をしなかった』という類いの物とは少し違うような気がする。
まずはゆっくりと話をしなければ。
とにかく今は、勇輝の考えてる事をきちんと正確に理解しなければ。
「勇輝、腹は?」
いくらか陽は傾いたとはいえ、まだ外は明るい。
俺はリビングの大きな窓を開けて温室のような空気を入れ替えながら振り返った。
入り口に立ったままの勇輝は、予想通り首を横にふる。
「じゃあ、汗もかいてる事だし、先に風呂入ろうか。ヌルめにお湯張ってきてくれる? 一緒に入ろうぜ。久々に髪の毛洗ってやるから...な?」
一瞬俺の言葉を拒もうと首を振りかけ...しかしいつまでも逃げるような態度を取り続けるわけにはいかないと思ったのだろう。
小さく頷くと、勇輝はそのままバスルームへと向かった。
窓を閉めクーラーの設定温度を目一杯下げてスイッチを入れる。
日中よほど日射しが強かったのか、なかなか冷たい空気の出て来ない送風口を見上げ、俺は一度小さく息を吐いた。
**********
湯張り完了の音声に導かれ、勇輝の手をやんわりと握る。
とにかく俺が怒っていない事を伝えようとそこに強く力を込めれば、ようやくほんの少しだけ力が返された。
そのままバスルームのドアを開け、勇輝の服を丁寧に脱がせてやる。
勇輝は俺のなすがままになっていた。
ひどく汗をかいたのか、肌の表面がかなりベタついている。
俺と違い、仕事終わりに一度軽くシャワーを浴びてきたにも関わらずだ。
それほどまでに緊張していたという事なのか...あの車の中で。
なんだか無性に悔しくて悲しくて、俺はそのベタつく体を後ろからギュッと抱き締めた。
「みつ...ひこ?」
「ん? ああ、悪い悪い。お前の汗の匂いにちょっとムラムラしただけ。いいからほら、入った入った」
今の俺の顔を見れば、『そんな顔をさせてしまった』と勇輝はまた変に自分を責めるのだろう。
自然な笑顔を作れるまでは表情を見せまいと、ただ背後から勇輝を中へと押し込んだ。
椅子に勇輝を座らせ、シャワーでしっかりと髪の毛を湿らせる。
シャンプーのポンプを数回押し、手のひらに出したそれを軽く泡立てると、俺よりも少し柔らかい髪へと指を通した。
爪を立てないように気をつけながら、指の腹で丁寧に地肌をマッサージしていく。
その感触が随分と心地好いらしく、勇輝の体からも表情からも、不要な強張りはゆっくりと抜けていった。
「痒いとこ無い?」
「うん...大丈夫......」
ハスキーな声が狭い密室の中に響く。
不安な気持ちを表しているのか、そこにはいつにも増して甘えるような色が濃く含まれていた。
そんな自分の声に我に返ったのか、勇輝が大人しく閉じていた瞼を開く。
ちょうどシャンプーを流してやろうとその顔を覗き込んでいた俺と、パチッと目が合った。
「充彦...」
「うん、どした?」
「......なんも聞かないの? なんで怒んないの?」
「そうだなぁ......ま、いいから今はとりあえず目つぶって?」
黙って目を閉じた勇輝の頭の上から勢いよくシャワーのお湯をかける。
地肌にシャワーヘッドを近づけてしっかりと泡を流しながら、ヨシヨシするようにゆっくりと頭を撫でた。
「まずな、なんで怒らないのかって言うのは...怒ってないからとしか言えない。本当に怒ってはないんだよ、お前が何をそんなに怖がってるのかわかんないけどさ。ただ、全く傷ついてないかっていうと、それはまた別問題だ」
「......ご...めん」
「アホか、謝るな。まだお前が何を考えてたのか、なんも聞いてないだろ。お前が何の理由も無く俺に秘密を作るなんて思ってない。だから、ほんとに謝るなら話が全部終わってからにしろよ。ひょっとしたら、俺の方が謝らないといけないかもしれないんだしな」
「充彦が謝るなんて、そんな......」
「心配しなくても、これから全部聞くから。でもその前にちゃんとリンスさせて。んで俺も頭洗ってからね」
『な?』と笑いかける俺に、シャンプーをしてやった効果か、それともやっと話せるという安心からなのか、ようやく勇輝は引きつらせる事なく穏やかな笑顔を見せた。
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