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ふたりのカタチ【6】

「大阪での航生の成長ぶりを見て、仕事セーブする気になったんだ?」 「ほんとは、きっぱり『引退します!』って言いたかったとこだけどね...強行突破しようと思えばできたんだ。俺らは元々一年契約なんだから、更新しなければいいだけだし」 「......そこは...残される形になる航生の為か」 「うん。ビー・ハイヴさんにはさ、最初からアイツを含めての専属契約っていう、ある意味無理難題を押し付けたわけじゃない? 充彦なんて年内引退が決まってたのに、それでも構わないって言ってくれて」 「まあ、俺らとの契約でネット配信の有料会員数がすごい伸びてるらしいし、古い出演作の版権も取れてるんだし、全然損はさせてないだろ。何より、あそこまで航生が稼げるようになるってのは想定外じゃない?」 そう、オマケだったはずの航生が、今や俺達を凌ぐほどの人気になっている。 これは会社にとって、間違いなく嬉しい誤算だっただろう。 俺がいなくなっても、確実に売り上げの計算の立つ男優がちゃんと残るのだから。 しかしその急激に上がった人気こそが、俺達の...そして航生の夢の足枷になりかねない。 勇輝はそれを心配したんだろう。 俺と勇輝の二人がいなくなれば、当然航生にかかる負担は大きくなる。 責任感が強く、そして何より俺達やビー・ハイヴに拾われたという意識の強い航生は、会社が求める事のすべてを背負おうとするはずだ。 売り上げもファンサービスも宣伝活動も、きっと必死にこなすだろう。 花の開いた今の航生ならば、会社の期待に間違いなく数字で応えられる。 しかしそうなれば当然、そんな航生を会社が簡単に手離すわけなどない。 どれだけ会社自体の雰囲気が良くても、担当さん達が話のわかる人であっても、いざ商売となればそこはまた別の話だ。 負い目を感じている航生を丸め込むように、いつまでも複数年での契約で立場を縛りつけてしまうかもしれない。 俺や勇輝の目が無くなった後ならば尚更だろう。 社長のいない所で本人と直接契約を結んでおいて、事務所には事後報告...なんて事がまかり通る世界なのだから。 だから勇輝は自ら3年という期間を設定し、『即引退はしない代わりに、自分だけでなく残り二人もそれ以上の契約の延長はさせない』という約束を取り付けた。 3年間は目一杯稼がせるから、それ以降の干渉は決してさせないと。 航生の持っている夢も必ず叶えさせるのだと。 「ふぅ...なるほど。ずいぶんといきなり思いきった事を言い出したもんだと思ったけど、そこまで考えてのことか。確かに航生に契約任せてたら、アイツが学校に入れるようになる頃にはすっかりオッサンになってるな」 「だろ? 『やっぱり申し訳ないです』とか『まだご恩も返せてないし』とか口走りそうじゃない? 俺ね、大阪で二人が厨房に立ってる姿見てたらさ、やっぱり充彦の片腕として航生の力は絶対に必要だって思ったんだ。だから、事務所にもビー・ハイヴにも損させない形で辞めさせる話を進めるには、航生の意向を聞くわけにいかなかったんだよね......」 「うん、じゃあ今『意向を聞くわけにいかなかった』って言葉が出てきたところでさ.....」 ピタリと肌を寄せている勇輝から少しだけ体を離し、顎をそっと指で掬い上げる。 半分だけ開かれた唇を一瞬味わうと、俺は僅かに揺れる瞳を覗きこんだ。 「こっからが俺には一番大事な話。あのさ...なんで俺の意向を聞くわけにはいかなかったの?」 その問いに勇輝は一度だけ目を伏せると、覚悟を決めたようにゴクリと唾を飲み込んだ。

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