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ふたりのカタチ【8】

「俺が...嫌いになる? 勇輝を!?」 想像もしていなかったその言葉に、つい声が大きくなってしまった。 勇輝はビクリと肩を震わせる。 「ご...めん......」 「あーっ、もうっ! 謝らないって約束したろ! つうかさ、なんで? 俺のどこに勇輝を嫌いになる要素と心配があるんだよ......」 勇輝を抱き締めていなければ、わけがわからなくて頭を掻きむしりたいところだ。 一体俺の何が勇輝に『嫌われる』なんて思わせてしまったのか、あまりにも心当たりが無さすぎる。 「怒らないから...ほんと、マジで...ちょっと全部正直に言って。これたぶんね、俺らにとって...いや、俺にとって最大級に大切な話だわ。なんで勇輝は、引退とか休業の話をしたら俺に嫌われるって考えた?」 「......だって充彦は...男優としての俺が...好きなんでしょ...?」 「............はぁ!?」 「充彦は! 充彦は...俺が現場にいる事も女優さんとセックスする事も喜んでるから。だから、もし俺が辞めたいなんて言ったら嫌われるんじゃないかって...男優じゃなくなった俺には何の価値も無いんじゃないかって...」 「ちょ、ちょっと待て。俺がいつお前が女抱いてるの喜んでるなんて言った? いつまでもずっと現場にいろなんて、そんな事言ったこと無いだろ?」 「......だって、充彦はもう本番しないのに、本番続けてる俺の事別に嫌がる事も無いし、次の日の撮影の設定でエッチするとかなってもなんかノリノリで楽しんでたし......」 勇輝の口からポツポツと漏れてくる言葉に、なんだか頭が痛くなってきた。 俺が『勇輝の為に』良かれと思っていた部分が今、どうやらまともに裏目に出ているらしい。 「最初はそんな事考えても無かったんだ。現場で知り合ったんだし、お互いの仕事の事なんてちゃんとわかってるんだから、需要があるうちはそのまま仕事を続ける事なんて当たり前だと思ってた。だけどね、アリちゃんの引退の話を聞いたくらいからかな...なんだかちょっと自分の状況に違和感感じるようになってきちゃって......」 「アリちゃん?」 「......うん。アリちゃんさ、中村さんが好きで好きで、あんまり好き過ぎて現場にいるのが辛くなったって言ってたじゃない。そしたらそんなアリちゃんに中村さんは、『お前の居場所は俺の隣だ』って言ったって。現場はもう自分のいるべき場所じゃないって思ったら、もう辞める事しか考えられなくなったって聞いて...中村さんもそれを喜んでくれたって聞いて...俺、それからずっと『自分の居場所って何だろう?』って考えるようになったんだ....」 「いや勇輝、俺はな......」 「俺ね、本当は自分のいるべき場所なんて考えた事無かった。ただ俺がそこにいるって事を喜んでくれる人のいる所にいたかったんだよ。必要だって思われたかった。いらないと思われたくなかった。だからね、そういうのを俺のいるべき場所って言うんだと...思って...たんだ......」 大失敗だ...どうやら俺は大きな考え違いをしていたらしい。 たとえ無意識であっても、勇輝はまだ俺の事を信じきれていないからいつまでも現場にしがみついているんだと思ってた。 現場しか本当に信じられる居場所は無いと思い込んでいるのかと。 いつかもし俺がそばからいなくなっても、帰る場所を残しておきたいのだとばかり考えていた。 だから俺は、いつか心から俺を信じられる事ができる、その時を待つつもりでいた。 俺の腕の中こそが自分の本当の居場所だと思える日まで。 ところがどうだ。 勇輝はその『いるべき場所』の意味すらわかっていなかった。 自分を求めてくれるなら、それはすべて『いるべき場所』だと考えていたのだ。 そして俺が『すべてを捨てて俺の傍にいろ』と言わなかった事がかえって勇輝を混乱させ、こうして傷つけていた。 『いるべき場所』『自分のいたい場所』を初めて本気で考えた結果、俺が現場を捨てるように言わなかった事に不安になり、そこにいない勇輝には興味無いと言われる事を怖れたんだ。 だから辞める事を決めても俺が『もういらない』と手離す事の無いように、役に立つ方法は無いかと社長に相談したんだろう。 いつまでも俺と一緒にいたいから。 俺と並んでいたいから。 ほんとの俺は...一刻も早く俺だけの勇輝にしたかったというのに。 物分かりの良いふりをして、大人の余裕をかましてる格好をして、その実幼稚な独占欲を隠していたツケが回ってしまった。 「勇輝、よく聞いて......」 大人ぶって見せるのはこれが最後だ。 今は俺の感情をそのままの勢いでぶつけるのではなく、勇輝の不安と混乱と誤解を取り除いてやらなければいけない。 明日からは、もっと本音で正直にぶつかり合おう。 ケンカになる事もあるかもしれないけれど、その時はまたきちんと話をすればいい。 こんなに綺麗で無垢で無知な勇輝を誤解と遠慮で傷つけるくらいなら、ぶつかり傷つきながらもちゃんとわかり合って、そこからもっと深く繋がっていける方がいいに決まってる。 「俺はね、仕事の為に勇輝が女を抱く事に抵抗は無いよ。だけど、抵抗が無いのと喜んでるのは違う」 勇輝の頬を両手でフワリと包む。 コツンと額を合わせると、少しだけ安心したようにフゥと息を吐き、勇輝が目を閉じた。 「謝らないといけないのは...やっぱり俺の方だったよ。ごめんな、勇輝。最初から俺がちゃんと本心を言えば良かった。確かに仕事だから別の人とセックスするのには抵抗無かったけど、その仕事を俺の為に辞めて欲しいって...ずっと...ほんとは付き合い始めた頃からずっと思ってた...勇輝は俺だけの物だって、ずっと言いたかったよ...誤解させて、ほんとにごめん......」 「......ほんとに? 怒ってない? 嫌いにならない? 俺、これからも充彦と一緒にいてもいい?」 「あのなぁ...少しでもお前の事嫌いになる方法があるんなら教えてくれよ。頭の中が勇輝でいっぱい過ぎて、俺いい加減バカになりそうなんだけど」 「充彦...充彦...俺、俺ね......」 「勇輝、俺の為に仕事辞める決心してくれて、本当にありがとう。んで...これからもどっちかが死ぬその瞬間まで俺らずっと一緒にいるからな。そこは覚悟しとけ」 「あ、どうしよう...俺...俺...充彦......好き......」 「今更だっての。俺なんて...めちゃくちゃ愛してるから」 閉じたままの目からツッと溢れた雫が俺の手を濡らす。 微かに震える大好きな薄く赤い唇に、俺はゆっくりと唇を重ねた。

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