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ふたりのカタチ【12】

「さてと...まだ何か不安とかある?」 「不安も無いし...ザーメンも無い」 多少不機嫌さを全身に纏わせながら、全裸のままうつ伏せで勇輝がポツリと呟いた。 直前までの行為の激しさを表すように、まだ勇輝の白い肌はほんのりと桜色に染まっている。 俺はしっとりと汗ばんだ背中に、そっと手を這わせた。 「マジでもう無理。これ以上したら、精液の代わりに血が出る」 「試してみる?」 「......鬼か」 「ひどいなぁ。俺はちゃんと勇輝を気持ちよくしてあげたつもりなんだけど」 あまりおちょくりすぎて本格的に臍を曲げられても困ると、俺は隣にゴロンと横になった。 左腕を伸ばせば、ごく当たり前のように勇輝がそこに頭を乗せる。 「えっと...まだ足りない?」 「ん? 何が?」 「ああ、あの...ヤリ足りない?」 体ごと俺の方に向き、脇の辺りに額を擦り付けながらそっと左手を下腹部へと伸ばしてくる。 さっきまで暴れまくり大活躍だったそこにそろりと指を添えると、はぁっとため息をついた。 「ほらね...まだ微妙に元気だし......」 仕方ないという風に体を起こそうとする勇輝の頭をそのまま左腕で抱え込む。 おそらく、手か口でなんとか処理しようと考えたんだろう。 俺を受け入れ続けた場所は、すでにオーバーワーク状態だ。 引き戻した頭に髪の上から口づけ、俺も勇輝の方に体を向けた。 「気にしなくて大丈夫。まだやれ!って言われればできるけど、まだやりたい!ってわけじゃないから」 「......ほんとに?」 「嘘のがいいか?」 「ほんとがいいですぅ! でもね......」 勇輝が顔を隠すようにますます脇に鼻先を押し付けてくる。 ちょっと毛に息がかかってくすぐったい。  「ほんとは...体が辛くないなら...もっともっと充彦と繋がってたかった...かも......」 なるほど、顔を隠したのは照れてたからか。 あんまりその仕草が可愛くて、ほっとけば収まるはずの愚息が、このままほっとくと収まりがつかなくなりそうになる。 「まあ、今日のところは気持ちも体も満足できたって事でよくないか? これからもずっと繋がってられるからな...今この瞬間だけガツガツする必要もないよ」 「そう、かな...うん、そうだね」 「そうだよ。言ったろ? 俺らにはどっちかが死ぬその瞬間までたっぷり時間ある。これからもゆっくりと長く楽しもうぜ」 「よく言うよ。充彦とのセックスだとゆっくりではないよね、とりあえず。俺が最後まで付き合いきれないくらいの絶倫とか、まったくほんと...あり得ないっての」 「まあまあ...さすがにそのうち少しは弱くもなるだろうよ、たぶんだけど。もっとも、その分テクニックは磨くし、勇輝の好みもますますわかってるだろうから、イカせる回数は変わらないと思うけどね」 「俺の精液空っぽは変わんないじゃん」 「あと3年間は我慢してやるけど、それ過ぎたらマジで毎日空っぽにするから」 「やーめーろー。そんなもん、俺は俺でやらないといけない仕事あるのに身動き取れなくなるだろ」 ふざけてじゃれているようで、実は内心本気で言ってる...お互いに。 これまで勇輝の仕事の為にとギリギリの所で無理させる事を避けてきた俺と、俺の為にこれまでとは違う仕事を本気で学ぼうとしている勇輝。 求めたい俺と抑えたい勇輝とのせめぎ合いが始まるのは必至だ。 けれどたぶん...いざその時になれば、結局俺は勇輝の体調を考えてまた自分をセーブし、勇輝は勇輝で必死に俺を求めて翌日の予定なんて忘れてしまうんだろう。 それならそれでもいい。 その時に思いが強かった方の意思を尊重すればいいだけの事だ。 「あのさ、充彦......」 ゆっくりと勇輝が頭を上げる。 俺を見る目は考えていたよりもずっと落ち着いていて、何やら俺に言いたいのだとわかった。 俺は黙ったままその目を見つめ、ただ頭を撫でてやる。 「充彦は俺に...不満とか不安とか...無い?」 「不満なぁ...可愛くてエッチで頭が良くて、美味しい味噌汁と玉子焼き作れる勇輝に不満なんてあったら、俺いろんな人にぶっ殺されると思うんだけど? 今はなんも無いよ」 「......ほんと?」 「ほんとほんと。それにな、俺は普段から結構勇輝のイヤなとこも納得いかない事も、思った時にちゃんと言ってるつもり。自分だけが汚ないみたいな言い方すんなとか、もっと素直に甘えろとかさ。だから、今は何にも不満なんてありません」 「......これからもちゃんと言ってね。充彦が俺に『言わないと伝わらない』って言ってくれたみたいに、俺も『言ってくれないとわからない』って思ってるから」 「おうっ、ちゃんと話そう。ずっとずっと...これからずーっと。んで、もっとお互いをわかっていこうな」 俺の言葉に安心したように、勇輝の頭がポフと胸の上に落ちてきた。 首の下から背中へと腕を回し、その体を強く抱き締める。 「あ...不満も不安も無いけどな、話さないといけない事はあるわ...うん」 「えっ?」 「別にビビんなくていいって。勇輝がちゃんとみんなの前で自分の過去話したのに、俺が何も話さないってのもおかしいだろ? 明日さ...まあ、体が動くならだけど...ちょっとドライブ付き合ってよ」 その背中の力の入り方から、勇輝が少し緊張しているのがわかる。 怖がるような話ではないとちゃんと言ってるのに...きっと、自分のせいで俺が思い出したくもない過去を話さなくてはいけなくなったとでも思っているんだろう。 この『自分のせいで』と考える癖は、一朝一夕でどうにかなる物ではないらしい。 まあそれが結局勇輝らしさでもあるし、そんな勇輝だからこそ俺も惹かれたんだから、今は良しとしよう。 これからゆっくりと、二人の間に起こる事はすべて『勇輝のせい』ではなく『二人の責任』なのだと考えていけるようになればいいだけだ。 大丈夫、俺達にはこれからも...たっぷり時間はあるんだから。 力の入っていた勇輝の背中から、ゆっくりと力が抜けていく。 俺の腕にかかる重みが増すと同時に、ゆったりとした規則的な寝息が聞こえてきた。 ちっとも眠くなんてなかったはずなのに不思議だ...... 隣から耳に届く小さなスースーという音を聞いているだけで気持ちよくなってきて、なぜだか少しずつ瞼が重くなった。

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