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FACE DOWN【勇輝視点】
翌日、もう到底朝とは言えない時間に目を開けると、隣にいるべき人の姿は無かった。
間違いなくそこにいたという痕跡に触れてみても、程よく効いた部屋の冷房と同じ温度しか感じられない。
代わりというように、ドアの隙間からは寝起きに感じる事はめったに無いほどの甘い香りが『これでもか!』と漂っている。
ノソノソと体を起こし、いつものように充彦がベッドの脇に置いてくれている下着とショートパンツに脚を通すと、重怠い腰をさすりながらリビングへと繋がるドアを開けた。
しかしまあ、充彦は勿論だけど、俺もたいがいタフだと思う。
充彦の桁外れに大きく長いモノを散々ぶちこまれ、泣くまで揺さぶられ......いやいや、泣いても変わらず揺さぶられ続け、体の限界を訴えたのは僅か数時間前の話だ。
それでも少し横にさえなれば、こうしていくらか感じる鈍痛と中の違和感に眉をしかめる程度のダメージで終わる。
そして夜になれば、また充彦は当たり前のように俺を求め、俺はそれを喜んで受け入れるんだろう。
「おはよ」
俺に背中を向けた状態で作業を続ける充彦に声をかけた。
後ろ姿だけでも惚れ惚れするほどにイイ男だ...洗いざらしのシャツの袖を適当に捲り上げてるだけなのに、背中も肩も長い腕も、どれも自然な男らしさを醸し出す。
そしてその長い腕に抱き締められて眠っていたと思うだけで、ちょっとだけ体温が上がったような気がした。
なんだか顔が熱い......
「お、起きた? おはよ、体は大丈夫? ......ってお前、朝からなんつう顔してんだ......」
「えっ? 何? 何のこと?」
「はぁ...やっぱり無自覚かよ......」
困ったように眉を下げながら作業の手を止めザッと水で洗うと、充彦は俺の方に大きなストライドで歩を進めてくる。
どうしたんだろう...と思うより先に、俺の体は充彦の腕の中にいた。
「充彦?」
「ヤりたくて堪らなくて誘ってるみたいな顔...ほんと、マジでやめろって...我慢できなくなんじゃん......」
「...っなわけないだろ!」
「マジで?」
普段はそれほど大きくない目を丸くして、悪戯を仕掛けたような顔で俺の顔を覗き込んでくる。
慌てて否定はしたものの、その表情を見ているだけで、顔だけでなく全身の熱が上がったような気がした。
「あーっ、もう! お前ほんと可愛すぎる...でもさ、お楽しみは夜まで我慢な?」
「べ、別に誘ってないし! な、何を勝手な事......」
本当は、もう体力回復してるからあんまり激しくなければ大丈夫かもって考えた...なんて事は口が裂けても言ってやらない。
もっとも充彦には、そんな事とっくにお見通しらしいけど。
俺の頭をポンポンと叩くと、充彦の体がゆっくりと離れていく。
少し寂しかったけれど、やっぱり俺の気持ちをわかっているのか、温かい唇を深く合わせてくれた。
「これからさ、ちょっと弁当持ってドライブ行こうぜ」
「はい?」
「朝でも昼でも夜でも、ずっと勇輝と繋がってたい。ヤり殺したいしハメ殺したいくらいなんだけど、でも今日だけはダメ」
「セックスくらいで...殺すな、バカ」
「えーっ、勇輝もよく『死んじゃう、溶けちゃう』って言ってるだろ?」
卑猥な言葉も露骨な発言も仕事で慣れているのだけど、どうも充彦の口から俺に向けてそれが発せられると恥ずかしくて仕方ない。
とりあえず黙らせようと、その頭に本気のグーパンチを一発お見舞いしておいた。
「勇輝くん、凶暴!」
「み、充彦が朝からその...エロい冗談で俺をからかうからだろっ!」
「今は朝じゃないし、これくらいの発言は自分でもビデオで言ってるはずだし、何よりこれは...冗談のつもりなんか無い」
ニヤついていた充彦が、一瞬だけ真顔になる。
その顔に、今更のように胸がトクントクンと大きく脈を打った。
「勇輝と24時間繋がってたいし、止めてって言われてもずっと犯し続けてたいって願望があるのはホント。ただ、今日はね...どうしても勇輝に付き合ってもらいたいんだ」
「付き合うって...どこにだよ」
「ん? お袋んとこ。ほら、なんだかんだでまだちゃんと紹介してなかったし。それに、昨日言っただろ、『俺の過去の話をしてない』って。これからちょっと俺の昔話に付き合ってほしいんだ」
「いいっ! 無理に話さなくてもいいから! ごめんね、俺が勝手に昔の話とか公表したせいで......」
うっすらとは知っている。
けど、うっすらとしか知らない...充彦の過去。
俺が『これからの二人の為に』と勝手に自ら過去を語ったせいで、充彦に忘れたい過去を思い出させてしまったのだとしたら本当に申し訳ない。
そんな気持ちを汲んだように充彦の大きな手が、俺の頭をワシャワシャと撫でまくった。
「言わされるんじゃないよ。俺はお前に聞いて欲しいんだ。お前がちゃんと自分の過去に対峙してきちんと気持ちを整理してきたみたいに、俺だっていつまでも過去に縛られてるわけにはいかない...忘れるなんてできないけど、俺はお前と二人で歩く為にちゃんと過去と向き合おうと思うんだ。今までは適当に笑って、適当にかわしてきた過去に向き合って...俺は乗り越えていく、もっと強くなる。だから悪いけどさ...少しだけ重い時間に付き合って」
穏やかな口調の端々に感じる強い決意。
そこに悲壮な影は見えない。
俺はその顔に、精一杯の笑顔を返す。
「お弁当、甘い物ばっかりだね。なんなら玉子でも焼こうか?」
「いや、今日のとこはこれでいいよ...お袋の好物ばっかりなんだ」
「......そっか。もう準備できてるの? 俺今からシャワー浴びてくるから、30分後には出られるよ」
「もう粗熱は取れてるから、あとは詰めるだけ」
「りょーかいっ! ダッシュで風呂入ってくる。せっかくお母さんに紹介してくれるのに、ブッサイクなまんまじゃ笑われちゃうもんね」
この前言われた時には少しパニクって間抜けな事を口走ってしまったけど、落ち着いて考えればわかる話だ。
充彦はずっと『身寄りはいない』と言っていた。
それはきっと嘘じゃない。
だからこそ、そこに乗り越えなければいけない過去の傷がある。
ならばこれから俺が連れて行かれる場所は一つしか無い...充彦の一番大切な人の眠る場所。
恥ずかしくない姿で、堂々と胸を張って挨拶しなければ......
俺はバスルームへ向かおうと背中を向けた。
「勇輝」
「うん、何?」
「俺といてくれて...ありがとう」
「バ~カ、今更だっての」
一度リビングの中央に小走りで戻り、じっと俺を見つめたままの充彦に触れるだけのキスをすると、今度こそ急いでバスルームへと向かった。
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