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FACE DOWN【5】

お寺から車を走らせ、僅か進んだだけで充彦はブレーキを踏んだ。 どうという事もない場所だ。 特に代わり映えしない大きな公園のそばのパーキングエリアに車を停めると、充彦はサイドブレーキを引いてそのままドアを開けた。 俺も続いて下りると、ゆっくりと周囲を見回す。 そこには特別豪華というわけでもないが、かなり大規模なファミリータイプのマンションが建っていた。 今目の前にある物だけでなく、中央にちらりと覗いて見える小さな公園らしい共有スペースを囲むように同じような建物が4棟あり、さらにこちらからは奥にあたる場所には住人の為の立体駐車場があるらしい。 「来たかった場所って...ここなの?」 「うん、まあね......」 口調こそ穏やかだけど、その表情は普段では考えられないほどに強張って見える。 ボンネットに腰をかけ腕を組んだまま、充彦はじっとそのマンションを見上げた。 「ここにね...昔じいちゃんが経営してた工場があったんだ。んで、あの駐車場の辺に家があったの......」 トクンと胸が鳴った。 ここがかつて充彦の住んでいた場所...そして、今の充彦の原点? 「うちはね、ひいじいちゃんからだったかな...いや、その前からか? ずっとここでね、ガラスの加工工場経営してた。うちのガラスってね、特別透明感があるって有名だったんだって。でもやっぱ大手の会社ってのが強くてさ、だんだん仕事取れなくなってきたんだって。そこで...まあ、先見の明があったって言うのかなぁ...先代から跡を継いだじいちゃんが、一般向けのガラス製作から、特殊ガラス・特殊レンズの製作に転換を計ったんだ」 「特殊ガラスとかレンズに転換て...それで大手に対抗できるだけの仕事になるの?」 「普通のガラスに違う成分を少し足したり、圧縮の圧力を強くしたりすることで、それまで以上に透明度の高いガラスとか極端に強度の高いガラスができたりすんだよね」 「防犯ガラスとかって...事?」 「勿論、そういうのも注文の中にはあったかもしれないんだけど、中心は工業用レンズだったみたい。精密部品作る時とかね、レーザーカッターの調節とか電子顕微鏡だとか」 「......ああ、そうか。そういうのもレンズ必要なんだった」 「じいちゃん、なんかすっごい技術とか特許持ってたらしくてね、特別大きい会社でもないのにうちのレンズを使いたいって注文は世界中から来てたんだってさ。まあ残念ながら俺は数学と物理が死ぬほど嫌いだったから、そんな話をいくら聞かされても全くわかんなかったんだけどね~」 充彦が何やらポケットをゴソゴソと探る。 無意識に口が寂しくなったのか、それとも少しでも緊張を抑えようと思ったのだろうか。 目的の物が無かったらしい充彦に、俺は自分のポケットからタバコを取り出して差し出した。 何故わかったのかといった疑問を口にする事もなく、ごく当たり前のようにそこから一本タバコを抜き取ると、やはり当たり前のようにそれを咥える。 当然ライターも持っていないだろうと、横からその先端にターボライターの火を近づけた。 タバコの先端がゆっくりと大きく赤く光る。 人差し指と親指でフィルターを摘まむと、フゥと紫煙をたっぷりと吐き出した。 「何、その持ち方?」 「渋いだろ?」 「オッサンくさいっての」 「うるさい、うるさい。うちのじいちゃんがこうやって吸ってたんだよ! しかし、これきついなぁ......」 「11あるからね。充彦が前に吸ってたタバコは1mgだったもん、そりゃあきついでしょ」 お互いに顔を見合せ、何となくフッと笑う。 どうやらもう必要が無いだろうと判断して、携帯灰皿を渡した。 やはり一口だけで満足だったのか、充彦はそのタバコを灰皿にグジグジと押し付けた。 「じいちゃんはね、ある意味カリスマだったと思う。技術者としても経営者としても一流だったらしいし。新しいレンズの研究しながら若手の技術者育てて、その上新しい取引先もガンガン開発していく...誰にもそんなの真似できないんだよな。優秀な技術者ってのは普通経営には向かないし、優秀な経営者は技術なんて持ってない。だからこそ、じいちゃんはすごい悩んだんだって...誰も自分と同じ事はできないってわかってたから。自分の技術と会社、自分がいなくなってからも両方を残していくにはどうしたらいいんだろうって」 「カリスマ経営者の会社は、そのカリスマがいなくなった途端にガタガタって崩れていく事が多いもんね...」 夜の世界にいた頃には日常の事として聞いていた話だ。 俺のお客さんは自らがカリスマってタイプの人が多かったから当時はそれを目の当たりにした事は無いけれど、噂としては憐れなほどの転落ぶりは数知れず流れていた。 「じいちゃんには子供が母さんしかいなくてね...まあ、技術者にするのは早々に諦めたらしい。代わりに、母さんには経営者としての仕事を手伝わせて、自分一人で担ってた役割を二人、三人に分担していく事にしたんだ。で、技術面で自分の跡を継げるだけの社員を育てようと一生懸命になってる中...じいちゃんの前に一人の男が現れたんだ......」 またゴソゴソとポケットを探りだした充彦に今度はタバコを差し出す事はせず、俺はその苦しそうな横顔をじっと見つめた。

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