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似た者同士【充彦視点】
仕事があるわけでもなく、急いでやらないといけない用事も特にあるわけじゃない。
のんびりとした、心穏やかな朝。
......いやまあ、実際は朝ってより昼に近くはなってるけども。
いつもなら二人きりの食卓に、今日は妙になついてしまった野良猫が一匹。
俺が作った朝飯を、たいそう旨そうに食っている。
それを見つめる勇輝の視線がやたらと優しくて、俺としてはちょっと複雑な気分だ。
......これが不思議なことに、それを嫌だなんて風にはこれっぽっちも感じないんだよなぁ。
「充彦さん、このシチューすっごい美味しいですね!」
「そう? まあね、デミグラスソースも一から全部作ってるし」
「えーっ!? そんなの朝から大変じゃないですか?」
「アホか。んなもん、何時間かかると思ってんだよ。ベースにするソースは先に大量に作ってストックしてあんの。昨日の夜勇輝に食わせてやろうと思って頬肉の煮込み作ってたから、それをリメイクしただけだよ」
「ああ、なるほど~」
俺が焼いたパンにシチューをたっぷりと浸し、それを口に頬張り『クーッ』なんて顔をクシャクシャにしながらバタバタ足踏みまでしてる。
...なんかコイツってば、ほんと調子狂うくらいいちいち可愛いんだよな。
そんな俺と同じ感想を持ったのか、勇輝もフニャンと甘い笑みを浮かべた。
「瑠威、お前今日仕事あるの?」
「あ、いや...体調の事もあるから俺はせいぜい週に一回くらいしか撮影は無いし、お二人と違ってビデオ以外の仕事があるわけでもないんで...」
「んじゃ、用事は? 友達と遊びに行く約束したりは?」
「えっと...ですね。俺、友達って言えるほど仲のいいヤツがいないから...」
瑠威は、決して暗い物ではないけれど少し困ったような、そして何より恥ずかしそうな顔を見せた。
友達がいない...そう話す事がきっとそんな顔をさせてるんだろう。
俺と勇輝は顔を見合わせ、なんとなくヘラヘラと笑いだしてしまった。
「特に予定無いんなら、このまんま酒でも飲みながらのんびり話でもしようか。俺らも完全オフだからさ、昼間っから飲んだくれる贅沢を楽しもうぜ。もし飲み過ぎたら今日もここ泊まって行けばいいんし。少しはいける口だろ?」
勇輝の言葉に、瑠威は少し慌てたように見えた。
ひどく恐縮し、遠慮の言葉を必死に探しているらしい。
せっかくの勇輝の申し出を断るとは、この不届き者め!と、俺は退路を断つ為に冷蔵庫に向かい、とっておきのシャンパンを手に取った。
「は~い、今日は大切なお客様の為に、クリュッグのヴィンテージ開けちゃいま~す」
「えっ!? ちょ、いいの? それ、お前の最後の仕事が終わった時の為にって...」
「いいの、いいの。飲みたいと思った時が飲み時だよ。美味けりゃまた頑張って稼いで、改めて買えばいいだけだって。じゃあ...はい、オープン!」
ソムリエナイフを取り出し、ササッとキャップシールを切り剥がした。
金具を丁寧に取り除きゆっくりそっと親指でコルクを動かしていけば、小さく『シュポン』と音が鳴る。
「うぉーっ、さすがは充彦。溢さないねぇ」
「あったりまえだ。こんな高級シャンパン、一滴でも無駄にできんだろ」
俺達の会話を聞いてオロオロしている瑠威の目の前に、コトンとシャンパングラスを置いた。
「昨日はビデオのギャラ以外に勇輝から10万以上も踏んだくっといて、今日はわざわざこの俺がお前の為に開けてやった6万のシャンパンを無駄にする...なんて事はしないよな?」
「あ、あのお金は勿論お返ししますから...」
「いいのいいの、アレはアレ。勇輝がお前をこの部屋に連れてくる為に『ギャラ』として支払ってんだろ。正当な金なんだからちゃんと受け取っとけ。それとも何か、勇輝に恥かかすつもりか?」
「い、いや...そんなつもりは全然...」
「はい、そのグラス持つ! そして酒を飲む! 以上! それともなにか、俺のとっておきのシャンパンが飲めないとでも?」
困って泣きそうな顔になった瑠威の頭を、勇輝がポンポンと叩く。
「俺らに遠慮とかはいらないから。それにさ、さっき後でちゃんと話がしたいって言ったろ?」
「そうそう、マジで今更遠慮とか無しな。チンコもケツの穴も見せ合ったし、おんなじザーメンまみれになった仲だろうよ」
「なんつう言い方すんだよ...まあ、実際そうだけどさぁ。俺もね、元々友達って呼べるような人間ってほとんどいなかったんだ。中学はあんまり行けなかったせいで学友ってのはいないし、学校出てから俺の周りにいたのは、大切にしてくれる『客』ばっかりだったからね」
「俺もね、学生の頃の友達だと思ってた奴等とは薄っぺら~い付き合いしかしてなかったから卒業したらあっさり切れたし、身内にこっぴどく裏切られたせいで昔は誰も信用できなかったんだよね。だから今も、勇輝が誰よりも大切な恋人で、一番の親友でもあるんだ。仕事仲間とか飲み仲間ってんならいるけどさ、なかなか親友ってなると難しいよな...」
「俺らね、今のお前が抱え込んでる物とか、案外わかってあげられると思うよ。俺も充彦も今まで色んな事があって、色んな物を見てきて、んでそれを乗り越えてきてるつもりだから。あとさ、これからのお前の仕事についても一緒に考えていけるんじゃないかと思ってる。でもね、その為にはまずちゃんと話ししなくちゃ」
「まあ、お前のが年下なわけだし、色々ほんと経験不足だけど...ペットから舎弟くらいには格上げしてやるから、今は安心して俺らに甘えろ」
なぜこんなに勇輝が瑠威に執着するのかわからない。
なぜそんな勇輝に腹をたてるどころか、俺も瑠威を守ってやりたいなんて考えてしまったのかもわからない。
ただ今はとにかく、瑠威を一人ぼっちにさせたくないって思った。
瑠威はやっぱりちょっと困ったような顔のまま眉を下げて、けれどちょっとだけ嬉しそうに目を潤ませながら俺達を見るとゆっくりグラスを手に取る。
「ありがとうございます。とっておきのシャンパン...いただきます」
それだけを言うと瑠威は顔を伏せてしまい、一度だけ隠れるように目許に手を当てた。
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