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FACE DOWN【13】

雨は徐々に勢いを増していき、俺達を包む空気が一変する。 夏の終わりとは思えないほどに気温が下がり、重く垂れ込めた黒い雲の中からはゴロゴロと嫌な音が響き始めた。 しばらくはボンネットに背中を預けてしゃがみ込みぼんやりとしたままだった充彦は、とうとう力尽きたと言うように足元の水溜まりの中にガックリと膝を着く。 「......どうして......」 か細く、今にも雨粒に溶け込んでしまいそうなほどに小さな声。 何に対しての『どうして?』なんだろう? 黙って昔の思い出話を聞いてくれるだけで良かったのに、『どうして』その自分の記憶を引っ掻き回すような事を言ったのか? お母さんの事はあれほど大切に思っていたのに、『どうして』お父さんの事は信じる事ができなかったのか? 誠実に、ただひたすら誠実に生きていたはずのお母さんを、『どうして』平気で裏切るような事ができたのか? そして...『どうして』お父さんは、お母さんを送る事も自分を迎えに来る事もしてくれなかったのか? そのすべてのようでもあり、そのどれとも少し違うように思えた。 俺も充彦と同じように地面に膝を着き、静かに蹲る体へとにじり寄る。 「充彦、ごめんね」 「......それって、なんのごめん?」 「充彦がお父さんに裏切られたっていうか、お父さん名義の借金のせいで人生が狂ったっていうのは間違いじゃないって、俺もちゃんとわかってる。その事でお父さんを許せない気持ちを抱いてるのもおかしな事じゃない。寧ろ当たり前だと思う。だけどね、他人に刷り込まれた嘘だらけの記憶のせいで、これからも誰かを恨み続ける充彦なんて見てたくなかったんだ」 「勇輝......」 「黙って聞いてあげるだけで良かったのかもしれない。ただ黙って聞いて欲しかっただけなのかもしれない。でもね、充彦は自分の過去と向き合おうと決心したから俺をここに連れてきたんだよね? だからこそ、誰かに操作された偽りの過去じゃなく、冷静に本当の過去と対峙して欲しいと思ったんだ」 「俺さ...いきなり母さん死んで、財産らしい財産も無くて、みんなに裏切られたって思ってたから親戚にも取引先にも...勿論中国の親父にも何の連絡もしなかったんだ......」 「そうか...じゃあひょっとするとお父さんは...お母さんが亡くなった事も、ヤミ金の取り立てが充彦の所に行った事も、その時には何にも知らなかったのかもしれないね」 「......俺、バカだ...信じるべき人間と疑うべき人間を間違えた......」 「仕方ないよ、充彦は子供だったんだもん。大人が子供を騙すなんて簡単な話だ。それにね、きっと充彦のお父さんとお母さんも同じだよ。誠実であろうと真っ直ぐに生きてきたみんなが信じてた人に裏切られた、最悪の結果の話だったんだと思う。それでもね、お母さんが充彦を本当に大切にしてくれてたからこそ、色々な物に裏切られてきたはずの充彦は、今こうして人を信じながら笑顔で生きてる」 充彦がゆらりと顔を上げる。 その頬は、雨と涙でぐっしょりと濡れていた。 体温を失い始めた指先でその頬をそっと撫でる。 「俺がさ...母さんが死んだ時、ちゃんと誰かに聞いてでも親父に連絡取ってたら...どうなってたのかな......?」 「簡単な話だよ」 さらに体を寄せ、充彦の頭を胸元に引き寄せた。 ああ...やっとだ...... 偽りの呪縛から解放された充彦を...こうして抱き締めてやれる。 ギュッとその頭を強く掻き抱くと、充彦の長い腕が俺の腰に頼りなく回された。 「充彦は俺と出会う事もなく、きっとごく普通の結婚をして...幸せに暮らしてる。たぶんそれだけの事だよ」 「...お前と出会わない人生なら、それは本当の幸せなんかじゃないな......」 腰に回された腕にグイと力が込められ、俺の心臓の音を確かめるように胸に付けられていた顔がゆっくりと上を向く。 俺を真っ直ぐに見つめる目はついさっき向けられた殺気立った物ではなく、いつものように穏やかで優しくて、でもいつもよりもずっと儚げで...色っぽかった。

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