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似た者同士【7】

  「瑠威を捨てる? どういう意味...ですか?」 「...そうだなぁ...どう説明するかなぁ...。あ、お前さ、今ビデオ出てるあの会社との契約ってどうなってんの?」 「契約...? 何の契約ですか? 特別な契約とかした記憶は無いんですけど」 何やら航生の右手がモゾモゾと所在なさげに動いている。 不意にそれに気づいた勇輝がニッコリと笑うと、フラッと立ち上がってビデオラックの裏に置きっぱなしだった灰皿を手に戻ってきた。 「悪い、うっかりしてたわ。お前結構なチェーンスモーカーだったな」 「あ、いや...そんな...ここでは吸えないです。二人とも吸わないんだし...」 「アホか。吸わない人間の部屋に灰皿があるかよ。俺も充彦も元々は喫煙者。まあ、普段から吸ってるってわけじゃなくて、酒飲んでる時なんかにちょっと吸うくらいだけどさ。でも、充彦は...一応止めたよね?」 「まあ、一応だけどな。やっぱりここ何年かの不摂生で味覚もずいぶん鈍ってるだろうから、ちゃんとその辺取り戻しとかないと...来年に向けて」 「という事で、俺は今も吸ってるから気にすんな。てか、まさに今から吸うからほんとに遠慮しなくていいよ。でもな、あのチェーン状態は止めとけ...お前の現場でのタバコの吸い方はさすがに引いた。今みたいに男が相手のうちは問題無いかもしんないけど、女が相手って事になったら、あのまんまじゃ相当嫌がられるぞ」 勇輝はボディバッグに手を伸ばし、中からタバコのボックスとライターを出した。 早々に一本だけタバコを抜き取ると、どうぞとばかりにテーブルの上に箱を放る。 それでも航生の手はなかなか動かない。 「あの...ほんとは俺も、酒飲んでる時にちょっと口が寂しくて吸うくらいなんです。普段は吸わないんだけど、撮影の時だけは気持ちが落ち着かないせいなのか、タバコ咥えてないとなんだか怖くて震えが止まらなくなっちゃって」 「あ、そうなの? なんだ...んじゃこれからはあんまり吸わなくても大丈夫だな。当分の間撮影の時には俺がそばにいてやるし、落ち着かないなんて事も怖くなることもないよ」 「はい? いや、さっきから何言ってるんですか? ちゃんと俺でもわかるように説明して欲しいんですけど...名前捨てろとか、契約どうなってるとか、そばにいるとか...」 「ああ、悪い。いやでも、どっから話したらいいんだろう...?」 あれやこれや先走って考えだしたせいで、どうやら勇輝の頭は順番の整理がつかないらしい。 甘えるような目を俺に向けてくる。 クッソ、ほんと無駄に可愛いな...マッチョのくせに。 「悪いな航生。勇輝、なんかお前の為に色々考えてたら、自分の頭がとっ散らかってどこから話したらいいのかわかんなくなってるらしいし、ちょっと俺から説明するわ」 俺は自分の財布を取り出すと、一枚の名刺を抜いて航生に渡した。 「これは?」 「うん? 俺と勇輝が所属してる事務所の社長の名刺。事務所の社長であり、グループ会社の代表であり...俺の命の恩人。ま、ついでに超変人な」 「えっと...それって...だから...?」 「今のビデオの制作会社との契約がどうなってるかは後から社長と俺がちゃんと解決するとして、航生...お前は黙ってうちの事務所に来い」 「...え?」 「たとえ契約はあやふやでも、おそらく『瑠威』の名前で他の会社のビデオには出られないだろう。男女の差はあるにしても、まあ同じ業界だ、そこら辺の筋の通し方は似たようなもんだと思う。だからな、面倒な話は全部俺らでクリアしてやるから、『航生』の名前に戻ってうちに来いよ。例えゲイビ続けるにしても、あの会社のビデオに出てる限りお前には襲われ役ばっかり回ってくるだろう。今後売上が落ちてきたら、たぶんもっとハードな内容になってくると思う。そっちの業界はそこまで詳しく無いけど、確かゲイビの会社は同時にゲイ風俗の店経営してるとこも少なくなかったはずだ。下手すりゃ系列の風俗に回されて客取らされるかもしれない。お前の本当の魅力に気がつかない、活かしてやる事もできない会社に、これ以上お前を置いておきたくない」 「ゲイビ続けたいってなら続けられるようにちゃんとした会社探すよ。お前にその気があるなら、俺らと同じAVに移ってくればいい。実際、ゲイビデオ出身の男優だっているから、そこは気にしなくても大丈夫だ。お前の頑張り次第では、今までよりもずっと稼げるようになる。年内にでっかい一枠が空くんだ...若手男優の。勿論今のお前じゃまだまだその枠を埋められるわけもないけど...俺がいるから。独り立ちできるまで、俺がちゃんとついててやる。お前なら絶対に人気男優になれる」 「一枠空くって...?」 「ああ...俺な、引退するんだよ、年内で。まあ、色々と事情があってまだ内緒なんだけどな」 笑いながら、引っ張り出しておいたパンフレットを、驚いて固まっている航生に差し出す。 「俺さ、元々一年だけそこに通ってたんだ。親父に裏切られ、親戚にも裏切られ、お袋は心労で倒れてそのまま死んじまってさ...結局途中で辞めざるを得なくなったんだけどな。で、まあ大人の事情ってやつで、年内でAVを引退して、改めてパティシエを目指す事になったの」 航生は、オドオドしながら勇輝と俺の顔を何度も交互に見ている。 ようやくうっすらと俺達の言いたい事がわかり始めたらしい。 「む、無理です! ほんとに...ほんと、無理ですよ、充彦さんの代わりなんて! 俺には無理です!」 「バ~カ、んなの当たり前だ。今のお前に充彦の...いや、『みっちゃん』の代わりなんてできるかよ。そんな事は百も承知だっての。でもな、充彦の代わりなんかじゃなく、お前はお前であればいいと思ってんだ。俺は役に入り込むタイプだから、甘エロからハードコアまで、わりと設定不問のオールラウンダー。。充彦は、女優をガチで惚れさせて本気のセックスに持ち込む超甘エロタイプなんだ。お前はそれを無理に真似する必要なんてないと思う。俺達とは全然違うタイプの、そのままのお前でいい。会社から押し付けられた『生意気で偉そう』なんてキャラクターに縛られないで...女慣れしてなくて、ひたすら真面目で一生懸命な今のお前がいいんだ」 「テクニックや現場での要領なんてのは後からちゃんと着いてくるもんだよ。不馴れな部分は、俺と勇輝でしばらくはフォローしてやれるんだし。実はちょうど今な、女性向け専門で最近人気出てきてるAVメーカーから専属の話が来てるんだ。そこならお前みたいなタイプでも仕事はやりやすいはずだし、人気も出ると思う。俺ら三人一緒でって条件飲んでもらえるなら、そこと専属契約してもいい」 「...どうして...なんで知り合ったばかりの俺にそんなに親身になってくれるんですか? あんなに勇輝さんに失礼な態度取って、あんなに怒らせた俺に...」 もっともな疑問だ。 俺だって、誰かをこんなに真剣に引っ張り上げてやりたくなるなんて、いまだに自分が信じられない。 勇輝も勿論同じだろう。 何せ、暴言吐かれて激昂した張本人だ。 「それで言うならお前だってそうだろ? 拉致まがいに部屋に連れ込まれて二人がかりで犯されて...だけどさ、こうやって俺達と一緒に酒飲んでくれてんじゃん。辛かった過去の話もしてくれたし、夢だって教えてくれただろ? 何より...俺を『生かされた人間』なんだって言ってくれた、『愛されてたんだ』って言ってくれた」 「いや、でもそれは...」 「心配すんな、航生。勿論お前が可愛いくて、どうにかしてやりたいって気持ちから言ってる部分もある。でもそれは、何も善意だけってわけじゃない。いや、勇輝にはそんなつもりないだろうし、たぶんひたすらお前が可愛いから傍に置いておきたいってだけだろう。ただ俺はちょっと違う。今お前にしてる話は...ビジネス込みだ。ちゃんと俺達にもメリットのある話だと思ってる」 一先ず一気にそれだけ話すと、俺は勇輝のグラスに残っていたウイスキーを煽り、久々にタバコへ手を伸ばした。

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