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似た者同士【8】

  俺が『ビジネス』という言葉を出した事で、航生の背筋がピンと伸びる。 100%無償だ、善意だと言うよりもそれはずっと素直に納得ができるのか、オドオドと困ったような強張った表情もいくらか和らいだ。 『すいません』と頭を小さく下げ、目の前のボックスからタバコを抜くとさりげない仕草でそれを咥える。 それはさすがに慣れた行動らしく、途端にひどく大人っぽい色気を見せる横顔を見て思わずニヤリとしてしまった。 そうか...緊張すると、気持ちを落ち着ける為ににタバコが欲しくなると言っていたな...自分のタバコに火を点け、そのままライターを差し出す。 航生は、揺れる火に大人しく顔を寄せてきた。 少し童顔ながら圧倒的な造形の美しさでクールビューティーと呼ばれる勇輝、人懐こい笑顔と大きな体で癒し系だと言われる俺。 そこにこの、大人と少年のちょうど中間にいる、どこか危うくて脆そうな雰囲気を漂わせる典型的な二枚目の航生が加われば、ビデオでの需要はともかく、間違いなくグラビアの仕事は増えるだろう。 これならまだすぐには技術が追い付かなかったとしても、航生が一人食いっぱぐれることも当分はないはずだ。 もっとも、当然俺の言うところの『ビジネス』は、そんな意味ではないけれど。 「うちの事務所、今は色んな店舗経営もしてる複合企業だったりするわけよ。元々最初は俺と社長の二人で興した会社なんだけどね。社長に圧倒的なカリスマ性と才覚があっての成功なんだけど、相当儲かってる...らしい」 「ま、その店は水商売と風俗がほとんどな」 「そうね~。俺もまだビデオの仕事が少なかった頃は、事務やったりデリヘルの送迎兼ボディーガードやったりしてたし~」 「あ、あの...それで?」 「おお、悪い悪い。あのね、とりあえずうちの会社ってのはメチャメチャ儲かってるけど、とにかく夜の匂いがプンプンする会社なわけよ。法律的にもグレーゾーンだらけって感じ。そんな中、最近社長が大きな方針転換を打ち出したんだ。この5年で...」 「7年だろ。子供が小学校にどうのこうの言ってたじゃん」 「あ、そうかそうか。とりあえずその期間で、風俗業からは完全撤退することになったんだ」 「......それって、芸能事務所一本でやっていくって事ですか?」 「違う違う。だったら俺引退しちゃダメでしょ。本番はしないっつったって、一応はそれなりに仕事はあるんだし」 俺はトントンとパンフレットを指で叩いた。 「何の為に俺がこっちの勉強に戻ると思ってんの」 「へ?」 「風俗辞めて、いわゆる普通の飲食店の経営を中心にしたいんだってさ。外食産業へのシフトチェンジってやつ? んでその中軸をパティスリーにするつもりらしい」 「充彦はね、その新規事業の中心メンバーってことで、勉強と修行が終わったら飲食部門の責任者になんだよ」 吸うことも忘れられたタバコの灰が長くなり、ポトリとテーブルに落ちた。 その事にすら航生は気づいてないらしい。 「うちの社長の方針でね、今風俗店の方で働いてる子でも『もっと色々勉強したい』『これからは飲食部門に異動したいから、その為の技術を身に付けたい』って考えてるなら、費用は会社負担で学校に行かせてやるとまで言ってる」 「ああ...はい」 「さて、それでだ...お前、夢はなんだっけ?」 「えっと...栄養学をきちんと勉強して、アレルギーのある人にも安心で美味しい料理が提供できるカフェをオープンさせたいと...」 「お前がうちの会社にそれなりに貢献さえすれば、会社の金で学校に行ける」 「い、いやそれは! 何を言ってるんですか! そんなわけには...」 「『アレルギーに考慮したカフェ』ってのは、商売としても魅力的だと思う。何かしらの食物アレルギーを持ってる人がどんどん増えて、特に子供のアレルギーが深刻化してる事を考えれば、そんな人が安心して食事のできる店ってのは今後間違いなく需要が増えるはずだ。そして、それを自分なりにちゃんと考えて、その為の努力と勉強を惜しまないお前が何より俺にとっては魅力がある。だから俺は、今後飲食業を展開していく責任者として考えて...本気でお前が欲しい。俺と一緒に、うちの会社の中心になるような店を作って欲しい。だからお前自身の夢を叶える為に...俺や勇輝の為に...俺達の所に来い」 「絶対に成功させてやる。あの変人社長が喜んで金出すってくらい、がっつり稼がしてやる」 ずいぶんと熱かっただろうに、いつの間にか航生の指の間のフィルターを少し焦がした所で火は消えていた。 ようやくそれに気づき、コロンと灰皿にそれを放り込む。 氷すらほとんど無くなってしまったグラスにウイスキーを注ぎ、眉をしかめながらストレートのままでそれを飲み干すと、航生は探るような目線を真っ直ぐに俺に向けた。 「俺の...何を知ってますか?」 「ん? 何も知らないよ。まあせいぜい、自分を良く見せる為の嘘だの見栄だので着飾れるほど器用じゃないって事くらいじゃない、こうやって話しててわかったのは。でもそれさえ知ってれば、お前の口から出た言葉が嘘じゃないのはわかる。真面目だってことも、相当賢いって事も、何より...強くて優しいって事もな。それだけ知ってりゃ十分なんじゃないの?」 「...冷静に考えて...俺は...使える人間だと思いますか? 俺で役に立てますか? 二人の足を引っ張る事にはなりませんか?」 「使えると思ってなきゃ声はかけない。寧ろそうじゃなきゃ、お前は勇輝につきまとう可能性のあるただの面倒な奴だ。そんなもん、近付く前に叩き潰すよ。お前は使える...使い物になるように、俺らで鍛えてやる。俺らの足なんて引っ張らせない」 勇輝がゆっくりと右手を差し出す。 「俺の手、取れよ。約束する、悪いようにはしない...大事に育ててやるから...大切な弟として」 「俺ら兄弟がいないからな...兄貴ぶれるのってちょっとワクワクするかも。まあお前も、ほんとの弟になったつもりで本気で甘えてくれればいい」 「弟を手籠めにする兄貴達ってどうかと思うんですけど?」 「あれは教育的指導でしょ。お前こそ、兄貴のチンポしゃぶってたじゃん」 航生が、ようやく肩の力が抜けたようにニッコリと笑った。 頬がやけに赤く見えるのは、今飲んだストレートが効いてきたのか、それとも照れているのか。 「契約関係の面倒な事とか、ビデオの制作会社への話とか、本当にしてもらえるんですか?」 「まあ、任せとけ。だってお前にやらせたら、なんだかんだ向こうのペースに巻き込まれて、ちゃんと話つけられそうにないんだもん。とりあえずそっちのケジメはきっちり俺が付けてきてやるから心配すんな」 「ああ...ほんとだ。今も結局こうやって、二人のペースに巻き込まれてますもんね」 そう言いながら、航生は勇輝の右手を力強くグッと握る。 「こんなに俺を必要だって言ってもらったの初めてです。俺、これから死ぬ気で頑張ります...もう俺じゃないキャラクター無理に作ったりしないで、ちゃんと俺らしい面を出して、みんなから愛してもらえるように」 「死ぬ気で...じゃなくて、生まれ変わったつもりで頑張れよ。いや...俺らと一緒に頑張ろう」 優しい顔の勇輝と、キラキラと輝くような笑みを浮かべる航生。 パーツはまるっきり違うはずなのに、手を握りながら顔を見合わせる二人は、なんだか少し似て見えた。

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