307 / 420

男の嗜み?【充彦視点】

タクシーを降り勇輝と二人、そのバカでかい建物の前にしばし呆然と佇む。 テレビのバラエティ番組などでその全景を見たことはあったけれど、こうしていざ正面に立ってみるとその大きさも威圧感も半端じゃなかった。 ......いやいや、どう考えても俺ら場違いだろ。 「さすが地上波のキー局だねぇ。CSとは全然違う」 これまでありとあらゆる『場違い』な場所に連れて行かれたであろう勇輝ですら俺と同じ事を思ったらしい。 少し困ったように眉間をポリポリと掻いて、改めて辺りを見回していた。 そう、今日は初めての地上波テレビ出演の為、『テレビ局』なる場所に来ていた。 本来はマネージャー代わりに社長も同行の予定だったのだが、なんでも経営してるキャバクラのキャストが大掛かりな引き抜きにあってる事がわかったらしく、今日はそちらにかかりきりにならざるを得ないとの事で...この初めてで場違いな所に二人きりで立っているというわけだ。 一応手順なんてのは聞いてきたから、まあどうにかなるだろうとは思うけれど。 いつまでもここでぼんやりとしているわけにもいかず、俺は一度勇輝の肩を叩き、入り口に立っている守衛さんに頭を下げた。 「恐れ入ります。本日16時からの収録でスタジオに呼んでいただきました、坂口充彦と辻村勇輝です。入館証の発行をお願いしたいのですが」 言葉と同時に身分証明代わりの免許証を提示すると、守衛室に戻ったその守衛さんはすぐにかたわらのパソコンを叩いて何かを確認する。 売れっ子のタレントさんであればおそらく『顔パス』が当たり前なのだろうし、通常はマネージャーさんや事務所の人が事前にこの一連の手続きを終わらせて入館証を先に発行してもらうらしい。 しかし悲しいかな、いくらAVの世界では売れっ子であっても、俺達の一般の知名度なんて皆無も同然。 おそらくパソコンには入館予定者で俺達の名前が表示されているのだろうが、わざわざ守衛さんはどこかに電話まで入れる念の入れようだ。 写真集の撮影以来であろう『入館証兼IDカード』が発行されるまでにはたっぷり10分ほど待たされる事になった。 それでもまあ、特別不愉快そうな顔を見せられたわけではなく、非常識な質問をされたわけでもない。 防犯を一手に任されたこの人達からすれば、素性のわからない胡散臭い男二人を館内に入れて良いものかどうかを迷っていたのだろうし、ただ職務に忠実だっただけだ。 ようやく渡されたカードを手に『ありがとうございました』と頭を下げると、一番若そうな守衛さんが小走りで出てきて、俺と勇輝に『ファンなんです』とコッソリ握手を求めてくれた。 そのバツの悪そうな少し照れた笑顔に、待たされた事への不安も不満もあっさり消える。 首からその入館証をぶら下げ、これまた大きくて金のかかっていそうな自動ドアをビクビクしながら抜けた。 そのまま正面にある大きなカウンターに座る作り笑い100パーセントの女性に、会釈をしながらゆっくりと近づいていく。 「お忙しいところ申し訳ありません」 「はい、いらっしゃいませ。入館証を拝見できますでしょうか?」 「こちらですね、よろしくお願いします。この後16時から『男の嗜み、女の流儀』という番組の収録に呼んでいただいたのですが、どちらに伺えば良いでしょうか?」 「はい、『男の嗜み、女の流儀』でございますね? すぐに担当の者に確認いたしますので、このまま少々お待ちくださいませ」 俺達に入館証を返すと、案内係の女性はどこかに電話をかけた。 その間に、ぐるりと周囲を窺ってみる。 館内案内図らしき物が見えたので、まだ電話が終わらない事を確認してそこに近づいた。 どうやら10階には職員や出演者だけが利用できるカフェがあるらしい。 また、そのフロアにはコンビニのような売店もあるのか、その案内図にはわざわざ『新入荷!』なんてポップと合わせてホイップクリーム入りあんパンの写真が貼ってあった。 「喫煙スペース、少ないなぁ......」 俺の呟きに、隣で勇輝が笑う気配がする。 「気にしなくても、今日は吸わなくても大丈夫だから気にしないで」 「そうなの? でも緊張してない? リラックスしとかないと収録きつそうだぞ」 「平気平気。今のところ緊張はしてないし、もし緊張しそうだったらタバコの代わりに...チューでもしてもらうし」 「ま、そんなもんで済むならお安いご用ですけどね~」 「坂口様、辻村様」 電話を終えた声が俺達を呼んだ。 無理矢理貼り付けた笑顔はいけすかないが、その声は高すぎず低すぎず、クリアによく通る。 その声のおかげで不思議と作り笑いを不快に思う事もなく、俺達は素直に受付へと戻った。 「大変お待たせしまして失礼いたしました。本日の収録はBスタジオになっておりますので、そちらのエレベーターから7階へとお進みください。エレベーター前にアシスタントプロデューサーがお迎えにあがるそうです」 「そうですか。本当にお手間を取らせました。どうもありがとうございました」 ここにそれは必要無くないか?...と思うほどのキメ顔に、最大級のエロボイスで勇輝が微笑みかける。 それまではまるでアンドロイドか?というほどに偽物の表情を浮かべていたその案内係は、初めてキョドキョドと視線を泳がせた。 それに気づいたのか気づいていないのか、そのまま勇輝はエレベーターへと向かう。 ボタンを押して小箱の到着を待つその背中に、ピタッと後ろから体を寄せた。 「な~んであんな顔したの?」 「ん~、なんの事かな~?」 俺の質問に答える勇輝は、もうすっかりいつも通りだ。 穏やかでのんびりした口調に、幼く見える可愛らしい顔。 その瞬時の変わりように、俺は思わず吹き出した。 「お前、わざと?」 「......なんかさ、作り物の笑顔で自分の事美人だと思ってる空気プンプンさせてんのが、ちょっとだけ癪に障った」 「作り物じゃない顔させてみたかったわけね? ったく、意地悪だなぁ」 「でも、あの方が断然チャーミングだったろ?」 到着を知らせる音が響き、目の前の扉が開く。 彼女がさりげなく姿を目で追ってる事に気づいていたのだろうか? エレベーターに乗り込む瞬間、まさに女を落としにかかるビデオの本番そのもののような顔でそちらに視線を送り、小さく頭を下げながらニヤリと笑う勇輝。 まったく...コイツはいたずらっ子なのか、それともやはり天然タラシなのか。 うっとりとした顔で頬を赤く染める彼女に心の中で手を合わせながら、俺も急いで勇輝の後に続いた。

ともだちにシェアしよう!