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男の嗜み?【2】

受付で言われた通り、エレベーターが開くとそこには俺とそれほど年が変わらないであろう男性が立っていた。 「はじめまして。APの片平です」 「AP?」 「あ、すいませんすいません。アシスタントプロデューサーの片平です。今回の出演交渉やキャスティングを担当させていただいたんです。まあ、前回も僕がお願いしてたんですけどね......」 どうぞ...と俺達を先導するようにゆっくりと歩き出したその片平さんの後ろを二人で着いていく。 「うちの社長から聞きました。なんか、今回の写真集の宣伝に絡めたいからって出版社に断らされたって」 「まあ、前回の夏特番の段階で、もう秋の放送も決まってましたからね。どうやらそれをご存知だったみたいで、次の出演に回して欲しいって直接プロデューサーの方に話があったんです。うちのPと出版社の担当さん...斉木さんでしたっけ? 大学時代からの友達らしいんですよね」 片平さんの足が、小さなドアの前で止まる。 「あ、お二人の楽屋ここです。中にお弁当も用意してますので、良かったら食べながらのんびりしててください。衣装についてはうちのMC陣が指定した物がありますから、メイクルームに届けますね。あとのご案内はADの小堀ってのがまた時間見て伺います」 「ありがとうございます。あ...すいません、片平さん」 「はい?」 「あのですね、俺達、今日のMCの方々が『今一番会いたいエロい人』っていうテーマに沿って選んで今回声をかけていただいたと聞いてるんですけど......」 「そうですそうです。『どうしても一度話が聞いてみたい!』ってキャスティング会議でMC全員満場一致で名前が挙がったんで、僕がスケジュール押さえさせていただきました」 「それでですね、前回出演できなかったお詫びも兼ねて一応皆さんへの手土産も持ってきてるので、できればご挨拶に......」 「ああ、そうですね......」 片平さんがチラリと腕時計に目を遣る。 それが癖なのか、何やら考え事をしながら、その時計の盤面を爪でカツカツと鳴らした。 「前の番組が少し遅れてるそうで、榊みるるちゃんだけまだ入ってませんけど、他の皆さんはもう楽屋に入ってるはずなんで、挨拶は行ってもらって大丈夫ですよ。この部屋の隣が女性芸人さんのお部屋で、さらにその隣があの...えっと...なんと言いますか......」 「みるるちゃんがこれから入る楽屋ですね?」 榊みるるというのは、最近バラエティー番組にちょくちょく出始めたニューハーフタレントさんだ。 アイドルと並んでも遜色無いほどの可愛い容姿でありながら、オッサンと呼ばれる野太い声と下ネタ大好きの下世話キャラで、深夜枠とCS放送では引っ張りだこだったりする。 つまりこのみるるちゃんが入る楽屋というのは当然...『おネエ』と呼ばれる皆さんが控えている場所というわけだ。 「とりあえず番組のキャストと流れの説明にADがすぐ来ますんで、それまでは一旦楽屋に待機しておいてください。それが終わったら、メイクの順番までは自由に回っていただいて構いませんから」 了解とちょっとふざけて敬礼なんてしてみれば、片平さんは少しホッとしたように笑ってくれた。 「......良かった、明るい人で。以前来てもらったAV男優さんは拘りが強すぎたのか話が盛り上がらないし、自称ナンバーワンホストは自分が好き過ぎたせいでMC陣がぶちギレちゃって収録止まっちゃうし......」 「あははっ、拘りが強すぎて話下手な人って、なんか誰なのか想像できちゃいますね」 「そうなんですか?」 「すごく仕事に真面目でものすごくイイ人なんですけど、それを言葉にするのが苦手な先輩って心当たりありますもん」 「平坂さんかエディさんだよね?」 「そうです、そうです! コロコロンのアヤコさんているじゃないですか? あ、コロコロンさんもMCの一人なんですけどね、このアヤコさんがものすごくエディさんのファンだって事でお呼びしたら......」 「真面目でしょ?」 「すんごいストイックでしょ?」 「はい...もうね、仕事の心構えなんかを聞いてるうちに、みんなふざけた質問なんてできる雰囲気じゃなくなっちゃって。それで本当に申し訳なかったんですけど、結局エディさんの出演シーン、カットになっちゃったんです」 なるほど。 狭い業界なんだから、ほんとなら『エディさんが地上波出演!』なんてもっと話題になっても良さそうなものだ。 カットになってたから、誰も話のネタにできなかったのか。 それでなくても他の男優さんとの共演機会の減ってる俺達に、『出演未遂』の話題まではさすがに回ってこない。 「まあ、俺達はたぶん、真面目過ぎて話が進まないって事は無いと思いますよ」 「逆に、話しすぎて放送できなくなりました...なんて事はありそうだけどね」 「それこそ『待ってました!』ですよ。出演者みんなエクスプレスのファンらしくて、あのレベルまでの話は引っ張り出すって盛り上がってましたもん。じゃあ、また後でよろしくお願いします」 それぞれ片平さんと順番に握手を交わし頭を下げると、俺は楽屋のドアをそっと開けた。 6畳も無い部屋の真ん中には簡素な机があり、それを挟むように座布団が一枚ずつ敷いてある。 片平さんが言った通り、その机の上には小さな弁当とペットボトルのお茶が2本置いてあった。 「さて...と、どうする?」 「どうするって?」 座布団の上に胡座をかき、机に肘をつきながらチラと目線を弁当に送る。 「弁当、食う?」 「......あ、いや...俺、今は弁当いいや」 勇輝は少し不細工な笑顔を作りながらペットボトルへと手を伸ばした。 ったく...ついさっきまでエロい顔とエロい声で、わざと受付のお姉ちゃんをドギマギさせてクスクス笑ってたくせに、どうやらなんだかんだ緊張しているらしい。 「しゃあねぇなぁ...タバコ行くか?」 「今日はタバコは...いいよ」 「んじゃ、勇輝が一番リラックスできるモンやる」 手土産を入れてきた馬鹿デカイかばんに手を伸ばし、とっておきの物を取り出す。 キョトンとしたまま小首を傾げる勇輝をチョイチョイと手招きすれば、大人しく俺の方へとにじり寄ってきた。 目の前に手のひらを開いて差し出せば、そこに乗っているのは...ヘーゼルナッツクリームをたっぷり使った、俺の手作りジャンドゥーヤ。 「うわ、食べていいの?」 「おう。甘い物は勇輝にとって一番の安定剤だろ?」 嬉しそうに伸びてきた指が届く直前で、俺はキュッと手をまた握る。 大好物の一つであるチョコレートに目を輝かせた直後だっただけに、勇輝はあからさまに不満げに頬を膨らませた。 「怒るな怒るな。ただのチョコレートよりもっと気持ちが落ち着いて、もっと旨く食べられるようにしてやるから」 膨らんだ頬をツンと一度つつくと、手の中の包みを丁寧に開く。 それを唇に挟み勇輝の方を向くと...チョコレートを取り返したかったのか別の物を求めたのか、何を言う間もなく勇輝は腕の中に飛び込んできて自ら唇を合わせた。

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