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男の嗜み?【3】
お互いの口内をゆっくりと行ったり来たりするチョコレート。
少しずつ小さくなるそれを、最後に勇輝の前歯が噛みしめた。
それでも口内にしっかりと残る味を楽しむように、絡ませ合った舌をなかなか離す事ができない。
無意識か、少し乗り上げる格好になった俺の膝にユルユルと腰を擦り付けているのに気づいて、ようやく勇輝の体を解放してやる。
「んっ...充彦ぉ...チョコおかわり」
「お前が欲しいのはチョコじゃないだろ? でも、これ以上はダメ~。お前もだけど、俺も収まりつかなくなる」
「収まりつかなくなったら、俺がちゃんと責任もって抜いてやるってばあ」
「そんな珍しいくらいに甘えた声出しても、ダメなもんはダメ」
「......ケチ」
ほんとに珍しいのだ、所構わず甘えてねだって発情するなんてのは。
こんな勇輝は激レア...写真にでもして永久保存版にしたいレベルのレアっぷり。
家ならすぐにでも美味しく全部いただくところだが、あいにくここは天下の民放最大のテレビ局内。
楽屋で抜き合いっこしてたなんて事がばれようもんなら、俺らが出入り禁止になるのは勿論、おそらく今後一切ワイドショーだのなんだので写真集の話題すら取り上げてもらえなくなるだろう。
そうなった時の斉木さんや杉本さんの阿修羅のような恐ろしい顔を想像するのは容易かった。
さらに『円滑な宣伝活動を阻害した』と、印税をもらえないどころか損害賠償を請求されるって事も無いとは言えない。
しかし、鋼の心臓を持ってると思ってたけど、勇輝も案外普通の人間だったんだなぁと思う。
いつもでは考えられない行動を取るという事は、いつもとは違う精神状態だという事だ。
俺が想像しているよりも、実はずっと緊張しているんだろう。
それが地上波でのテレビ出演に対してなのか、それとも他の事に起因しているのか、俺にはわからないけれど。
「家に帰ったら『もういらない』ってくらいチューしまくってやるから。今はこれで我慢な?」
まだ不服そうな顔を見せる勇輝の顔を引き寄せると、その額にそっと唇を押し当てる。
その時、まるでタイミングを計っていたかのようにいきなりドアが大きくノックされた。
あまりのタイミングに一瞬顔を見合わせフッと笑うと、さりげなくお互いの股間を確認する。
正直『何も無い』とは言えないけれど、この程度ならば十分上着で隠せるだろう。
勇輝が向かいの座布団に戻ったところで俺は『どうぞ~』と声をかけた。
「失礼しま~す」
少し間の抜けた声と同時に入ってきたのは、二十歳そこそこと思われる少し野暮ったい男性。
ケツのポケットに台本を突き刺している姿からして、おそらく彼がAPさんの話していたADさんなんだろう。
「あ、お疲れさまです。『男の嗜み?』のADやってます小堀と言います。えっとぉ...この後の流れとか少し説明させていただきたいんですけど、今いいですかぁ?」
「はい勿論です。お願いします」
「ありがとうございま~す。じゃあですね、まずこちらが台本です。いつもだと2~3組ゲストさんいるんですけど今回はお二人だけですんで、色々ぶっちゃけて弾けて盛り上げてくださいね?」
俺達があんまりぶっちゃけて弾けたりはしない方がいいと思うんだけどな...テレビでできない内容とか口走っちゃいそうだし。
勇輝も似たような事を考えたのか、苦笑いを浮かべながら持ってきてくれた台本をパラパラと捲った。
「......えっと...これは、印刷ミスってわけじゃないんですよね?」
ADくんにページを開いて見せる。
そこには、出演するMC陣とゲストである俺達、あとはただひたすらスタッフさんの名前だけがズラーッと書いてあった。
あとは最後の方に、『収録終了予定:20時』との記述だけで、これの一体どこが台本なのか教えて欲しいくらいだ。
下手すりゃAVの台本の方が、『ここで体位変更』だの『顔ではなく腹に射精』なんて指示が書いてあるぶんよっぽど台本らしいかもしれない。
「あの...なかなかゲストの方には信じてもらえないんですけど、うちの番組ってマジで台本も打ち合わせも無いんですよね~。ほんとにガチトークなんです。もしかして聞いて無かったですか?」
「いや、まあ...聞いてたんですけど、今おっしゃったみたいに、ほんとにここまで何も決まってないとは思ってなかったんでちょっと驚いてます。でも、いいんですか?」
「何がですか?」
「俺ら、縛りが無いと...たぶんとんでもない発言しちゃうと思いますよ?」
「うん、地上波でどの程度までなら話してもいいのかわからないし、その...ほら、普段俺達現場だと遠回しに言わないでそのものズバリの単語使ってるんで、それがどこまで放送できるかもわかんないし」
「いいです、いいです。ほんとその辺は一切気にしないでください。ヤバい発言はこっちでちゃんと編集しますし、寧ろそのズバリ発言が出るくらいの方がMCメンバーのテンションも上がりますんで」
多少慎吾くんから聞いていたものの、これは想像以上にエグい収録になりそうだ。
しかし、おネエの皆さんはともかくとして、芸人とはいえ女性相手にどこまで話して良いものだろうか。
「あの...たぶんあまりに露骨な話だと不愉快にさせちゃうんじゃないかとか、気を遣ってくださってるんだと思うんですけど......」
「はあ、まあ......」
「もうね、彼女達から出てくる質問聞いたら、そんな気遣い無用だってすぐわかりますから。僕らなんて、そばで聞いてても顔が赤くなっちゃうくらいなんですよ」
ニコッと笑ったADくんが、そこから一日の流れを説明し始める。
別の番組の収録の関係で今はメイクルームが塞がっているので、空き次第声をかけにきてくれるらしい。
俺達とのトークの前に番組のオープニングトークを収録する為、MC陣の準備はもう終わっているのだそうだ。
まずは挨拶に行ってきて良いかを尋ねると、10分程度ならまったく問題無いと言う。
「じゃあ、お土産も持ってきてるんで、メイクに呼んでいただく前に先に皆さんに挨拶行かせていただきますね」
「わかりました。メイクルーム空いたら呼びにきますね。じゃあ、今日はよろしくお願いしま~す」
「よろしくお願いします」
ADくんが部屋を出て行き、もう一度台本をパラパラと捲って大きく息を吐く。
「こりゃあ、最初のコミュニケーションが大切そうですな」
「お手柔らかにってお願いしとかないとね」
「それじゃあ...最上級の笑顔の準備はいいですか?」
俺は持ってきたカバンから手土産を入れた紙袋を取り出す。
勇輝が俺に見せたいつもの通りのエロくて余裕綽々な笑顔を確認すると、一度軽く唇を合わせてそれぞれ靴を履いた。
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