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男の嗜み?【4】
まず最初に、俺達の楽屋に近い方のドアを大きくノックする。
『はい、どうぞ』という、バラエティでよく耳にする声を確認し、そのドアを大きく開いた。
「失礼します!」
入る前にもう一度確認し合った笑顔を崩さないように気をつけながら、頭を下げて室内へと足を踏み出す。
「えっ!? みっちゃん!?」
一際甲高い声と共に、キャーッという歓声が起きた。
遅れて着いてきた勇輝の姿に、その声は一層大きくなる。
「本日は収録に参加させていただきます、坂口充彦と辻村勇輝です。テレビには不慣れなのでご迷惑をおかけするかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。あ、中まで少し入らせていただいてもいいですか?」
入り口で並んでいると、一番若い女性が頬を上気させて駆け寄ってきた。
彼女が先輩男優エディさんのファンだというアヤコさん。
エディさんファンというだけでも、かなり色々なタイプのAVを観てきた事は容易に想像できる。
「みっちゃんて本当に大きいんですねぇ......」
「想像以上でした?」
ニコリと笑いかければ、さらに首まで朱を走らせてモジモジと俯いてしまった。
AVはかなり観てるかもしれないけれど、どうやら実際の男性にはあまり慣れてないようだ。
残りの二人は、はしゃぎ回るなんて事はないものの、俺の半歩後ろで静かに微笑んでいる勇輝にホゥと見とれていた。
「あ、あのですね。今回僕達が出演できる事になったのも、皆さんが推薦してくださったからだって伺いまして......」
「そんな...推薦も何も、私達が名前を出さなくても、今のお二人の活躍だったら勝手にキャスティングされてたと思いますよ。今あの写真集も本当に話題になってますし」
一番の年長者である佳乃さんが穏やかな口調で俺達に言う。
テレビの画面で見る限りでは、わりと毒舌で傍若無人な物言いが持ち味だったりするのだけど、あれは芸人としてのキャラクターらしい。
しっとりと落ち着いた雰囲気は、少し緊張していた俺達の気持ちをちょっと楽にしてくれた。
「私達、『AVを愛する女芸人の会』なんてくだらない飲み会をよくやるんですけどね、もう本当にお二人が大好きで」
「みんなで飲みながらパソコン立ち上げて、キャアキャア言いながらエクスプレスしょっちゅう観てますもん」
「アタシなんて、大阪のイベントも東京のイベントもハズレた人で~す」
ビッチというか、エロキャラで売っているアヤコさんの相方、ミホコさんがキャッキャと笑う。
普段のバラエティで感じていたよりもみんなずいぶんと可愛らしく穏やかな人達なのが伝わってきて、俺と勇輝はフッと目を合わせた。
「そういうのって、事務所とか会社通したらチケット優先されたんじゃないんですか? まあ、AV男優のイベントにわざわざコネ使うほどじゃないかもしれませんけど」
「えーっ、違う違う。コネなんて使っちゃったら、他のちゃんとDVD予約した人達みんなに申し訳ないじゃないですかぁ。そんなインチキできませ~ん。でも、みっちゃんの作ったオードブルとかスイーツ食べられるんなら、コネでも何でも使えば良かったってちょっと思っちゃったんですけどね」
「ミホコって、ほんと昔からみっちゃん一筋だったんですよぉ。私がエディさんのDVD貸してあげても全然喜ばないの!」
「あれ、ほんとですか? じゃあこれ...喜んでもらえるのかな?」
俺は持ってきた紙袋をアヤコさんに手渡した。
「お口に合うかはわからないんですけど、今日はマカロン作ってきたんです。良かったら食べてください。あ、勿論手は洗ってますよ」
いかにも『手作り』になんて見えないように、箱も包装紙にも気合いを入れた。
一応パティシエもどきとして、精一杯の誠意を見せたつもりだ。
中身を取り出した彼女達はそれはそれは喜んでくれて...中でもミホコさんは泣きながらいきなりマカロンにかじりついている。
「みっちゃん、ありがと~。どうしよう...アタシ嬉しすぎて、今日エロい質問できる自信がないよぉぉぉ」
「ちょっとちょっと、切り込み隊長のアンタがそんな乙女になってどうすんのよ!」
「本番までにミホコはいつものキャラ復活させるとして、本番前に少しだけ質問してもいいですか?」
まだ泣きながら2個目のマカロンを頬張っている相方を押し退け、アヤコさんが改めて俺達に向き直った。
「一応この番組って、ルール無用の本音トークが売りなんですね?」
「うん、そう聞いてます」
「それでも、やっぱりどうしても触れられたくない話題ってあるじゃないですか? そういうのって、触れた途端にテンション落ちちゃうから、そこから楽しくガンガンにトーク進めるとかできなくなっちゃう可能性もあるでしょ? だからね、先に『ここだけは触れないで欲しい』って話があったら教えてください。そこは話題に出さないように気を付けますから。まあ、『これは是非聞いて欲しい』って話題も絶対に触れないのが私達なんですけどね」
「そうですねぇ...強いて言うなら『家族の話』かな?」
「別に聞かれてもいいんですけど、二人ともかなり複雑なんで、あんまり明るく盛り上がれる内容にはちょっと...ね?」
「そこが話題になると、たぶん『エディさんの悲劇、再び』ですよ」
少し茶化したように言うと、3人が揃って『いやん、怖~い』なんてわざとらしい猫撫で声を出した。
それでもさりげなく佳乃さんが台本の片隅に何かを書き込んでくれているから、おそらくオープニングトーク収録の前におネエ組の皆さんにもその事をきちんと伝えてくれつもりなんだろう。
「本番前のお忙しい時間に、長々とお邪魔してしまって本当にすいませんでした。他の質問はエロでもラブでもドンと来いですので、どうぞよろしくお願いします」
「じゃあ、いつものエクスプレスのノリでお願いしますね」
「本音トーク、楽しみにしてます」
「みっちゃん...握手してください......」
まだまだいつものエロキャラにはほど遠く、まるでウブな女子校生のようにモジモジを続けるミホコさんとしっかり握手をすると、俺達は頭を下げて楽屋を出る。
「もっとエグいタイプの人達なのかと思ってたな」
「うん。あんまり普通に話せるちゃんとした大人の人でちょっとビックリした。それに、少し安心したね...話したくない事は聞かないって言ってくれて」
「まあな。そこをわざと突っ込んで聞いてきて、面白おかしく勝手に笑い話にしちゃうような人達じゃなくて良かったよ。さて...と、今回一番の毒舌家がいるこっちの楽屋は...どうなりますやら」
俺は一度息を吐き、残るもう一つの楽屋のドアを大きめにノックした。
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