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似た者同士【12】

  「もう...いつまでも拗ねるなよぉ。な? 機嫌直せって」 「悪かったってば。まさかお前がキスだけでイッちゃうなんて...」 飯を口に運びながら、航生はいまだ少し潤んだ目でキッと俺を睨んでくる。 ちっとも怖くはないんだけど、一応本気で怒ってるようなので頭は下げておいた。 「なんでそんなに意地悪するんですか...やっぱりほんとは俺の事、嫌いなんでしょ...」 「違うって! ほんとに! ほんとのほんとだから! 俺ね、ほんとお前が可愛くて仕方ないだけなの。意地悪してるつもりも無いんだってば...まあ、あんまり新鮮な反応が面白くてちょっとやり過ぎちゃってるとこあるかもしんないけど...。でも航生の事、ほんとに大好きなんだよ。な? 頼むから機嫌直してよ~」 「そもそも充彦さん、こんな簡単に恋人が他の男に向かって『好き好き大好き』とか言ってんの、許してていいんですか?」 「それをその恋人の目の前でセックスしてた人間に言われてもなぁ。てかね、ちゃんと言ったろ? 俺、勇輝が人の事を好きになるのは大歓迎なんで、寧ろありがとうな感じなわけよ。だってさ、『一緒にいてて楽しい』『大好き』って人の話してる時の勇輝ってメチャメチャ綺麗に笑うんだもん。まあこれが、『愛してる』だったら俺も笑ってないけどね。とりあえずお前ぶっ殺す」 ニコニコ笑いながら目の前の里芋の煮物に思いきりズブッと箸を突き刺す。 あ...勢い余って箸折れちゃった。 慌てて新しいのを取りに行くと、そんな俺を見て勇輝は腹を抱えて笑い、航生は...何故か頭を抱えて落ち込んでいた。 「なんか二人の関係、よくわかんないです...だって、ラブラブなんですよね?」 「そりゃあ、まあ...たぶん。俺は勇輝以外の人間は抱かないし、勇輝は俺以外の人間に抱かれないもん。あ、でもな、別に俺らの関係だとか感情だとか、そういうの無理矢理理解しよう、真似しようなんて思わなくていいから。俺達はちゃ~んと、俺らが世間的に見たら普通じゃないっては事わかってるから。お前が『本当に愛し合ってるのか?』って疑問に感じる気持ちもわかってるつもりなのよ、これでも。だからな、航生はちゃんと真っ直ぐな普通の恋愛しろよ?」 「......理解はできないし、きっと真似なんてできません。でも、二人の関係がお互いにとって幸せなんだってのはわかるし、ちょっとだけ羨ましいとも思いますよ。だいたい、真っ直ぐな恋愛でしょ、二人にとっては。ただ充彦さんと勇輝さんの頭の中がひん曲がってるってだけで」 「航生、後ろの一言余計」 「だってほんとの事ですもん」 「お前、わかってないなぁ。そんなひん曲がった俺達の弟分として、こうして穏やかに朝飯食ってるお前も大概だろ?」 「いやいや、俺の心は全く穏やかでは無いですけど。でも結局...俺、二人の事が大好き!とかすっごい頭の悪い事考えちゃってるんで、ほんとに頭か性格がひん曲がってるかもしれませんね」 たった一日二日で、航生もずいぶん成長?したものだ。 俺らに向かって、笑顔で軽い皮肉をぶつけてきやがる。 それでも、表情にも口調にも俺達への親愛の気持ちなんて物が溢れていて、うっかり俺も航生を可愛いなんて思ってしまいそうだ。 それから半分ほど飯を食ったところで、パソコンからメール着信を知らせる音が響いた。 一旦箸を置き、急いでメールを開く。 「あ、充彦さん、お行儀が悪...」 「気にしなくていいよ。ちょっとの間シーッな。あの顔してる時は、仕事絡みで真剣な事考えてるから邪魔しないように」 俺はメールの文面を読みそれに返信するとすぐに立ち上がる。 「航生、せっかく飯作ってくれたのにごめんな。俺ちょっと今から出てくるから」 「え? またそんな急に...」 「帰りはどうなるかな...できるだけ早めに帰るつもりではいるけど、二ヶ所回るとこあるからなぁ...ちょっと遅くなるかもしんない」 突然の言葉に驚いたのか、ポカンとアホ丸出しの顔で動かない航生とは対照的に、勇輝はすぐに立ち上がると寝室へと向かった。 「スーツはダークグレーだね。ブルーのカラーシャツでいい?」 きちんとプレスされた俺のスーツとドレスシャツ、それにネクタイを手に戻ってくる。 「悪いけど、ちょっと今日はガチの交渉事になると思うからカラーシャツはアウトだな。シャツは白、ネクタイは光沢抑えたちょっと太めの紺にして」 「了解」 呆気に取られたままの航生の前で、俺はまるで少し前に撮影したグラビアそのもののような、完全なビジネスマンへと姿を変えた。 わざわざ俺のサイズに誂えたシャツに着替え、ネクタイをきっちりと結ぶ。 これも同じくオーダーしたダークグレーの細身のスーツを身に纏い、普段はあまり着けないスイス製の少しごつめの腕時計を手首に巻いた。 最後に、髪全体に薄めにワックスを馴染ませ、自然と後ろに流れるように手櫛で整える。 「すぐに社長迎えに来るってよ。まあ、ばっちりいい報告持って帰ってくるから、航生は『恥ずかしい』とか言ってないで、こないだの勇輝とセックスした時のビデオ見てちゃんと勉強しとくんだぞ。あれこそお前が、これから女優さんにさせなきゃいけない表情だからな」 「えっと...あのビデオって、俺への嫌がらせで撮影してたわけじゃ...」 「違う違う。お前は『男じゃ感じない』って言うし、お前の出演してるビデオ観たら動きも表情もほんと最悪だったから、『ちゃんと気持ちよくさえなれたら、お前でもこんな顔になるんだよ』って見せる為だったの」 「そういうこと。まああの時は、その後にこんな怒濤の展開が待ってるなんてまーったく思ってなかったけどな。とにかくお前は、セックスの回数の問題じゃなくて気持ちの経験値があまりにも低すぎる。自分の出演作やら勇輝の出演作やら色々観たり比べたりして、少し勉強してな。その間に契約も筋もばっちり通してくるから、そっちは心配しなくていい」 「い、今から行くんですか? しゃ、社長さんの許可は...」 「俺達が認めた人間に、あの人はケチ付けたりしないよ。何よりお前みたいな面白い人間、あの人が放っておくわけないし」 「お、面白いって...」 「ゲイビに出てるくせに妙に真面目でウブ。初対面の勇輝をマジギレさせたと思いきや、今じゃ『可愛い可愛い』ってメロメロの骨抜きにしてるとか、あの人にとってこんな面白い人間いないだろ」 「ついでに、勉強家で努力家。真剣で堅実な夢も持ってるしね」 「まあとにかく、俺らが大好きな人間の事は、あの変なおっさんも間違いなく気に入るはずだから、そこはなんも心配いらない」 「俺、航生と二人で旨い物でも作って待ってるね」 「おうっ。それを楽しみに目一杯頑張ってくるわ」 突然インターフォンが高らかになった。 モニターに映し出された姿に思わず吹き出しそうになる。 「俺からのメール読んで、慌てて飛び出してきたんだろうな...あのいつもの胡散臭いオールバックすんの、忘れてやんの」 「あ、ほんとだ...あの髪型じゃなかったら、案外ハンサムなんだよね...ああ、もったいない。あ、航生、これが社長ね」 「あの、じゃあ社長さんに一度ご挨拶を...」 「あー、時間無い時間無い。そんなのうちとの契約の時には嫌でも会うんだから、今は気にしなくていいって。んじゃ、行ってくるわ」 俺は玄関へと向かい、ピカピカに磨かれたビジネスシューズを取り出す。 「あ、あの! あの......」 「何、どした?」 「......良い報告、ちゃんと勉強しながら待ってますから!」 慌てて玄関まで追いかけてきて真っ直ぐに俺を見上げる航生の頭をクシャッと撫で、決して意地悪じゃない笑顔を向ける。 航生は小さく、けれどきちんと頭を下げた。 「どうか...よろしくお願いします...」 「頭上げろ。とりあえず勇輝に、今日こそは俺の為の茶碗蒸し作ってって伝えといて」 それだけを頼むと、俺は背筋を真っ直ぐに伸ばし玄関の扉を開けた。

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