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好きだから【2】
「充彦...こんなとこで、そんなカッコのまんま寝てちゃダメだってば...ほら、起きて...」
心地よいハスキーボイスと共に、体がゆっくりとユラユラ揺らされる。
重い瞼を上げれば、目の前には少しだけ困ったように眉を下げた、愛しい人の顔。
「勇輝...」
まだ体をアルコールが回っているのか。
怠く動きの鈍い右手を、それでも必死にそちらに伸ばす。
それに気づいた勇輝は、ソファに横たわったままの俺の傍にそっと膝を着いた。
「帰ってきたらさあ、電気も点いてなくてちょっとビックリしちゃったよ。今日は昼間からずいぶん飲んだんだねぇ...」
言われてチラリとテーブルの上に目を遣れば、なるほど...それほど飲んだつもりはなかったけれど、空になったビールの瓶と缶がそれぞれ6本転がっていた。
7本目の缶にはまだずいぶん中身が残っていたから、たぶん開けた途端に眠ってしまったんだろう。
「帰ってみたらこんなDVD観てるし、チャック全開だし、ティッシュまでこんなとこ置いてるし...変な事でもしてたのかと勘違いしそうだったもんね」
画面の中で喘ぐ『瑠威』の姿に少し照れたような表情を浮かべ、勇輝はデッキの電源を消した。
......いや、変な事バリバリしてたけどな。
ボリボリと頭を掻きながら、俺は無理矢理体を起こす。
「もう外暗いじゃん...遅かったんだな」
チャックを上げながら、誤魔化すようにポツリと言う。
勇輝は俺がほったらかした空き缶を片付けながら、穏やかに微笑んだ。
「うん、ごめんね。機材のトラブルとかあって、インタビューが遅れちゃって。で、変な時間になったから、なんならこのまま航生と飯食いに行こうかって話になったんだけど...」
「また航生かよ...」
聞かせるつもりなどなかった言葉が、つい声になってしまった。
その言葉に、勇輝も俺自身も驚いて一瞬動きが止まる。
「充彦...何かあった?」
「なんもないよ、別に...なんもない」
慌てて取り繕うように笑ってみせたが、たぶんちゃんとは笑えてなかったんだろうと思う。
俺と目を合わせた勇輝は少し不安げな顔で隣に座ってきた。
そのまま抱き込むように俺の頭を自分の胸に押し付ける。
「充彦、変だよ...マジでどうした?」
「...勇輝って...今の勇輝って...誰が一番大切?」
こんな事、口にするつもりじゃなかった。
情けない...重苦しい...そんな風に思われるってわかってる。
けれど俺の中に生まれた鬱々とした感情が、今はどうしても抑えられない。
「俺は勇輝が一番大切。お前がいてくれるなら、世界中の誰を敵にしたって構わない。俺はお前のモンだから、お前が喜ぶ事ならなんでもしてやりたい。いや、なんだってしてやるよ」
「充彦、マジで変だよ。急に何を...」
「俺はお前の物。じゃあ...お前は?」
「俺は充彦の物に決まってるじゃん」
なんの躊躇も戸惑いもなく即答された事に、ほんの少しだけささくれた気持ちが落ち着く。
勇輝は俺の体を強く抱き締め、そっと頭を撫でてくれた...いつも俺がそうするように。
「どうしたの、いきなり。俺、充彦にそんな顔させなきゃいけないような事、した?」
一度吐いてしまえば飲み込めないとは言え、感情任せにぶつけた自分の言葉が急に恥ずかしくなってくる。
誤魔化すように慌てて勇輝の体を押し退け、ついと顔を背けた。
「さてと、晩飯作ろうかな...って、お前は航生と食ってきたんだっけ。んじゃ俺、ラーメンかなんかでいいかな~」
ソファから立ち上がろうとした俺の体が、強く腕を引かれてすぐに元の場所に戻される。
さっきよりも強い力で抱き締められ、アルコールの回った俺ではその腕をほどく事もできない。
「航生は一人で帰らせたよ。充彦も呼ぼうと思ったから、メール送ってライン送って電話も鳴らして...どれも返事が無いから、そのままダッシュで帰ってきた」
「そう...か。ごめん......」
「飯の事なんてどうでもいいんだよ。俺は充彦がそんな顔してる理由が知りたい」
胸元から顔を上げられると、柔らかい勇輝の唇が降ってきた。
繰り返される口づけを、目を閉じて大人しく受け止める。
「ちゃんと話して。俺のせいなんでしょ? 俺が原因で充彦が辛い思いしてるなんて嫌だよ」
「勇輝のせいじゃない...」
「じゃあ、何? 思ってる事話し合う事もできないような、そんな上っ面の付き合い方してるつもり無いよ。充彦だって俺にそう言ったよね? それとも充彦は、俺が充彦の考えてる事を受け止めるだけの器量も無いとか思ってんの?」
「そんな事言ってない!」
「......ねぇ、言ってよ。いつもは俺のわがままでも無理でも、充彦聞いてくれるじゃん。俺にだって、充彦のわがままとか辛いこととか、ちゃんと分けてよ...」
俺は一度大きく深呼吸をした。
勇輝が呆れ、俺を突き放す覚悟を決める為に。
言わなければ勇輝は引いてくれないだろう...あんな言葉、聞かせるんじゃなかった。
「勇輝は俺の物なのに...航生は...俺の知らない勇輝を知ってる事が悔しい...」
「...は? 何、どういう事?」
「俺は、勇輝の全部を知ってたい。過去とかそんな意味じゃなく...俺の隣にいる勇輝の全部を...」
「全部知ってるじゃん! 俺、充彦に隠し事なんてしてないし、航生だけが知ってる秘密なんて持ってないよ」
「アイツは...お前に抱いてもらったから」
俺の言葉に、勇輝が驚いたように目を見開く。
「女抱いてるとこ見たって、今まではなんともなかったんだよ...でも...航生抱いて、その事で航生がどんどん色っぽくカッコ良くなってきて...航生はイイ奴だと思う。可愛いとも思う。でもお前に抱かれて花が開いたみたいにキラキラしていく航生の事が...どんどん嫌いになっていくんだ...航生は抱けても、俺は抱けないのかとか...」
「充彦......?」
「悪い、ただの酔っ払いのわけわかんない嫉妬。お前に気持ちよくしてもらってる航生がちょっと羨ましく見えただけ。忘れて...ほんと、ごめん...」
「忘れないよ。ていうかさ、嫉妬とかするの、俺だけかと思ってた」
勇輝が俺の額に、眦に、こめかみにキスをしながら、シャツのボタンを外していく。
今度は驚くのは俺の方で、慌ててその手を押し止めた。
「ほんと、悪かったよ。もうあんな事言わないから...からかわないで...」
「からかう? それ、意味わかんないし」
勇輝が俺を抱き締めたまま立ち上がる。
「抱いてあげる。一緒に風呂行こうか?」
「ゆう...き......?」
「自分で上手く綺麗にできないでしょ? 今日は俺が全部やったげる。だから、充彦の全部見せて...充彦が知りたかった顔、俺も全部見せるから」
いつも俺を誘ってくる艶かしい顔ではなく、それは間違いなく雄の色気を漂わせた微笑み。
差し出された手を黙って握ると、まるで導かれるようにしながら、俺達は並んでバスルームへと向かった。
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