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男の嗜み?【6】
手土産を渡し終わり、一旦自分達の楽屋へと戻った。
初めての仕事で多少なりとも緊張していたはずの勇輝は、自分達を決して悪し様に貶める事はしないであろう人達と話し、そしてかつての自分を知っているからこそ下世話でも下品でも答えやすい質問を振ってくれるであろう人と再会できた事で、いまやすっかりいつも通りの艶っぽい空気を身に纏っている。
実は俺も、さっきから勇輝の緊張がちょっとだけ伝染してたかのようにひどく喉が渇いてたんだけど、リラックスしたエロい姿を見られた事でそんなものはどこかに消えていた。
落ち着いた気持ちで楽屋のドアを開ける。
......と、入ってすぐに作り付けてある簡易の洋服掛けに、見覚えの無い服が吊るしてあった。
いや、違うな。
見覚えはあるのだ。
家に帰ればいくらでもあるような服が、透明なセロファンに包まれた状態で掛けてある。
「もしかして、これが衣装...なのか?」
「......ほぼ私服だね」
大きさの違いから、右の白いヒッコリーのボタンダウンシャツに膝とケツにダメージが大きく入れてあるジーパンが俺のだろう。
左には、胸元が少し深めに開いた藤色のニットセーターに、ベージュの七分丈パンツ。
「俺は、せっかくの地上波初出演なんだから、もうちょっとキメキメの服が用意されてるもんだと......」
「俺も。下手したら昔のホストみたいに黒スーツに原色のサテンブラウスとか着せられるのかと思ってたよ」
「こんなもん、言ってくれりゃ家から持ってきたのになぁ。わざわざ俺のサイズ探すの大変だったろうに」
まあゴチャゴチャ言ってても仕方ないし、着なれた服だからこそ変な気を遣わなくて済むとも言える。
俺達は靴を脱いで座敷へと上がると、それぞれ掛けてある衣装セットを手にした。
ちょうどそこでドアが強くノックされる。
「は~い、どうぞ~」
俺はジャケットを、勇輝はパーカーを脱いだ所で手を止めた。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、さっきのAD、小堀くん。
着替えの最中と気付いて慌てて出て行こうとするのを急いで呼び止めた。
「あーっ、平気平気! 俺ら人前で脱ぐのが仕事なんで気にしないでください。何か用事でしょ?」
「は、はい...でも、あの......」
ADくんの視線がチラチラと勇輝の方へと泳ぐ。
俺よりも軽装だった勇輝は既にパーカーの下に着ていたTシャツに手をかけ、イイ感じに腹チラ状態だった。
まあ、誰も彼も『男が好き』な男ばかりじゃないのは承知しているけれど、この男については『とびきりの美形』で『とびきりの美肌』で『思わず触りたくなる筋肉』の持ち主なのだから、あまり異性に免疫の無さそうな若い男の子からすれば、この腹チラは目に毒かもしれない。
「勇輝、小堀くんがキョドってるからポンポンしまいなさい」
「ん? なんで小堀くんが? 俺が男だって知ってるもんねぇ、小堀くん」
「あ、はい、それは勿論なんですけど...その...結構な頻度でお世話になってるビデオに出演されてる方なんで、あの...ちょっと生々しくて...ビデオで観てたよりずっと綺麗だし......」
「ほら、話が進まないから! あんまり困らせてやるなよ」
今一つ納得のできていない顔ながら、どうやら本当に話が進まないとわかったのか、勇輝は渋々シャツを下ろした。
まだ少し顔を赤くしているものの、小堀くんがようやくこちらをまっすぐに向く。
「メイクルームが空きましたので、着替えが終わったらメイクをお願いしようかと思いまして......」
「はい、わかりました。メイクルームは......」
「男性MCの楽屋があったじゃないですか? あそこそのまま真っ直ぐ進んでいただいて突き当たりです」
「わっかりました。すぐに着替え終わるんで、メイクしてもらいに行きますね。あ、そうそう......」
「何か?」
「この衣装ってなんか理由あるんですか? なんて言うか...これって、二人ともほとんど私服なんですよ」
「うん、俺なんてこのニット、色違いのやつ持ってるし」
「僕も衣装の方はよく知らないんですけど、たいていは女性陣が着てもらいたい洋服を指定するみたいですよ」
「なるほど...キメキメの服じゃなくて、素の俺達を見たいって事なのかな?」
そんな可愛い理由じゃない気もするが、ここでこれ以上彼にに質問をした所で埒は明かないだろう。
「あ、あとですね、メイク終わったらすぐにスタジオの方にご案内しますけど、ちょっとだけ収録の流れも説明させていただきますね」
「はい、お願いします」
「まずオープニングは、6人が並んでお二人について自由にトークします。このあいだお二人は、セット裏でスタンバイしててください」
「出ていくタイミングは......」
「はい、おそらく熊子さんか佳乃さんがトークの締めで『それではお迎えします。今日のゲストはこの方です』って言いますので......」
「こらこらこらこら、ちょっと聞き捨てならない事を言ってるよ? おそらくって...何?」
「......すいません。実はオープニングトークも台本が無くてですね、とにかく今がトークを締めるタイミングだ!って思った人がゲスト呼ぶ事になってるんですよ。なので、もし話が盛り上がり過ぎちゃうと、いつまでも締めるタイミングが掴めなくてずーっとお待たせする事になるかも......」
すごい番組だな。
トークを切り上げるタイミングだとかってのは、普通収録時間考えてスタッフが指示を出すもんなんじゃないのか。
「今回は、強烈なみっちゃんファンのミホコさんと、勇輝さん至上主義の熊子さんがものすごく熱く語りそうなんで、裏で想像以上に待っていただいちゃうかも...あ、勿論出るタイミングでこちらからも合図出しますから」
「別に待ち時間があるのは苦にならないですよ。俺らそういう先の見えない待ち時間て案外ある仕事してますし」
「ごねて拗ねた女優さんが楽屋に籠城するなんて事も普通にあるもんね」
「本当にすいません。そう言っていただけると助かります。お二人が登場して少しお話をしてもらって、そこから各々着席していただきます。ここでO.A.の時にはお二人の紹介VTRを流す予定です。この先はまったくのフリーになりますので、上手くMC陣の雰囲気に乗ってもらえると.....」
「色々乗るのは得意なんで、大丈夫ですよ」
「終わりはどうなるんですか? 喋りっぱなしでうやむやな感じ?」
「これも、一応は話の流れを見計らって誰かから締めの言葉が入ります。まあ実は...大抵収録時間が長すぎて、放送分では結局ラストがうやむやになっちゃうんですけどね。締めの言葉の後で二人には退席してもらい、最後に全員の振り返りトークで終わるというのが......」
「それが本来の流れね?」
「はい。でも最後の方はやっぱりうやむやのグダグダかも......」
「まあ、そこはプロの皆さんにお任せします。俺らこの後に予定が詰まってるってわけでもないし、皆さんの流れに乗ってグダグダと頑張りますよ」
「はい、ありがとうございます。じゃあ着替えが終わったらメイクもよろしくお願いします。メイク終わり次第迎えにいきますんで」
小堀くんが首に掛けていたインカムからは、何やら怒鳴り声が聞こえた。
どうもディレクターだかプロデューサーだか、とりあえず偉い人が俺達の準備を急かしているらしい。
遅くなってるのは何も彼のせいではないのに、少し申し訳なくなる。
「ごめんね。急ぐわ」
「あっ、聞こえちゃいましたか? 気にしないでください、いつもの事ですし。八つ当たりされるのも僕らの仕事ですから。じゃあ、またすぐに迎えに来ます」
俺達に『気にするな』と笑顔を見せた小堀くんは、一瞬だけ男らしい仕事人の顔になった。
そのまま言い訳か謝罪かわからない言葉を吐きながら楽屋を飛び出していく。
「急ごうか」
「ADくん、あれ以上八つ当たりの標的にさせるわけにいかないもんね」
服を脱ぐのは得意だと言わんばかりに、俺達は一気に着ていた物を脱ぎ捨てた。
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