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酒とジビエと温泉と【充彦視点】
イメージDVDと雑誌のグラビア撮影の当日。
現地へは電車ではなくロケ車で行くとの事で、慎吾くんのマンション回りでうちまでわざわざお迎えが来てくれた。
時間は11時。
決して早い時間というわけではないのだが、勇輝はいつになく疲れた顔をしている。
無理もない。
前日...いやいや撮影施設の許可の関係で、今日の明け方までずっと仕事をしていたのだ。
2泊3日の撮影旅行の準備はすべて俺が終わらせておいたから、勇輝はただ風呂に入って眠るだけ。
それでもせいぜい4時間ほどの睡眠だった。
それもわりと激しいセックスシーンの撮影だったと言うのだから、今日は疲れて当然だろう。
ロケ車どころかリムジンバスをチャーターするなんて妙に豪華な待遇に申し訳ないと思いつつ、乗り込むと同時に席の一番端に勇輝を座らせて膝にブランケットを掛けてやる。
「あれ? 車の中はカメラ回せない感じ?」
今回カメラマンとして同行してくれているビー・ハイヴの社員の山口さんが、既に右手にハンディを構えた状態で少し眉を下げた。
当初は俺達の気持ちややり易さを考慮して、カメラマンには中村さんをお願いしてくれていたらしい。
ただ、岸本さんのブランドの海外向けプレス写真の撮影の為に、今はイタリアに行っているんだそうだ。
まあ、今回のDVDは半分ほど俺達自身が撮影する予定だし、グラビア撮影の方は現地で雑誌の専属のカメラマンさんと合流する事になっている。
場の雰囲気を和ませる事ができる人間ならば特に映像に拘らなくても良いだろうとの判断で、普段エクスプレスで顔を併せる機会も少なくはない山口さんがビデオ撮影担当として同行する事になった。
つまり山口さんは、オフショットの撮影の為に呼ばれたも同然。
そしてその、今回の目玉とも言えるオフショットを賑やかに楽しげに撮ってもらおうと、ビー・ハイヴさんとしてはわざわざこのリムジンバスを用意してくれたんだけど......
「ごめん、途中どっかのパーキングエリア寄るよね?」
「ああ、うん。3時間ちょっとかかる予定だから、真ん中くらいで一回休憩取るけど」
「じゃあ、車内はそのパーキングから撮影始めてもらってもいい? 1時間も寝たら勇輝も元気になると思うし」
山口さんも、バスに乗り込んできた時から勇輝の顔色の悪さは気になってたんだろう。
あっさりとカメラを置き、親指を立てると少し悪い顔をしてニカッと笑った。
「オッケーオッケー、んじゃ撮影はそこからね。ただし! パーキングでソフトクリーム食べながら、口許からわざと溶けたクリーム垂らして舌なめずり...くらいのサービスはしてもらうからね」
「勿論ですよ~」
「なんやったら、アメリカンドッグのケチャップ綺麗に舐め取りながら、チュパチュパしたろか?」
「いいねぇ。わざわざリムジンバス出したんだから、たっぷりサービスしてくれないと『撮れ高が足りない!』って夜中に部屋に乱入しちゃうぞ~」
そんな下世話な内容ながら、実はみんな吹き出してしまいそうなくらいに小声でボソボソ話している。
そして航生はといえば、さっそく壁に凭れながら眠り始めた勇輝のブランケットがずり落ちるたびにいそいそとそれを直していた。
まったく...俺達は仲間にもスタッフにも本当に恵まれている...少し微笑んでいるようにも見える勇輝の寝顔を見ながら、俺は傍らのカバンに手を伸ばす。
「山口さん、甘い物は嫌いじゃない?」
「ん? 俺、超スイーツ男子よ」
「じゃあちょうど良かった。これ俺が作ってきたお菓子なんだけど、食べない?」
「えーっ? そんなのすっごい食べたいけどさぁ...できたらその箱開けた瞬間をカメラに収めたい~」
「......んじゃ、今だけちょっと撮影する?」
「ついでに、勇輝くんの寝顔もカメラに収めたいな~」
「それはダメ。悪いとは思うんだけどさ、仕事してない時の完全にオフな顔は撮らないであげてよ」
これまでもオフショット『風』の撮影はいくらもあった。
確かにそれは役に入っているのとは違う、限りなく素に近い表情。
けれどそれでも、勇輝はあくまでもプロとしてオフの自分を演じていたにすぎない。
今ここで不意の寝顔を撮られれば、収録があるというのに眠ってしまいプロの仕事ができなかったと少し傷つくだろう。
何より...本当の無防備な寝顔をカメラに収められるのは...俺がちょっとイヤだ。
ニコニコと笑いながらも断固として撮らせるつもりの無い俺の様子に、山口さんはまた激しく眉を下げる。
「あ、いい事を考えました」
俺ら以上に小さな声で、航生が間に割って入ってきた。
着替えが入っているであろうスポーツバッグとは別に持ってきた手提げ袋の中から次々とタッパーを取り出して、目の前の小さなテーブルの上に並べていく。
「ほら、みっちゃんのお菓子はね、これからパティシエを目指すって公言してる物だから、ファンの人だってやっぱり見たいじゃないですか? だからそっちは、勇輝さんが起きてから開けましょう。んで、小腹が空いたら食べようと思って俺もお弁当作ってきてたんで、今はこれを摘まみませんか?」
そう言いながら、広げたタッパーの蓋をどんどん取っていく。
そこには、普通のサンドイッチにフルーツサンド、ホットサンドにフレンチトーストなどなど。
パンばっかりが『これでもか!』というほど現れた。
「これはこれで撮影したい気持ちも......」
「俺のサンドイッチなんかで良かったら、またこれからも撮影できる機会はありますから。なんなら今度エクスプレスの時にも差し入れに持って行きますよ。みっちゃんのお菓子の撮影は勇輝さんが起きてからにして、まずはみんなでこれ食べましょう」
航生なりに精一杯気を遣ってくれてるらしい。
俺はワシワシと航生の頭を撫でると、『撮影が...』なんて山口さんが粘り出す前にさっさとタッパーのど真ん中のサンドイッチを抜き取る。
「おっ、スモークサーモンとクリームチーズだ」
俺の意図がわかったのか、すぐに慎吾くんも別のタッパーの真ん中に手を伸ばした。
続いて航生もまた横のタッパーからホットサンドを取り上げる。
「んふっ、BLTサンド好きや~」
あっという間にタッパーの中は歯抜け状態。
わざわざ撮影するにはあまりに不格好なその様子に、とうとう山口さんも諦めてサンドイッチを手に取った。
「んもう...ほんとにみんなのサービス悪かったら、夜中に乱入して、イチャイチャしてるとこ無修正で発売するからね」
「心しておきま~す。んで、今から行く宿ってどんなとこなの?」
「うん、和風モダンていうのかな...元は老舗の温泉宿だったんだけどね、そこの後継ぎさんがわざわざフレンチの修行に行って、2年くらい前だったかなぁ...川魚とジビエをフレンチで出してくれる和洋折衷の宿に変えたんだって。すぐそばに渓流があってね、そこで取れるイワナの燻製と鹿肉のローストが絶品だって最近人気の出てきてるとこなんだよ」
「ふ~ん...んじゃ、料理楽しみにしてていいんだ。あ、でも俺らヌード撮影とかあるわけでしょ? 他のお客さんの迷惑とかなんない?」
「大浴場はグラビアだけの撮影にして、できるだけ短時間で終わらせるよ。そこはみんなのプロとしての実力にかかってるんで、NG無しでよろしく。DVD用のイメージショットの方は、貸し切りの小さい露天風呂あるからそっち使う事になってる」
「なるほどね...グラビアは今日だけだよね?」
「そうで~す」
「了解! 今日の撮影は、夕食の箸上げ込みでダッシュで終わらせます。んで、明日は1日かけてのんびりDVD撮影ね?」
「そーゆーことー」
これまで勇輝と旅行に行く機会なんてほとんど無くて、せいぜいデートは日帰りで旨い物を食べに行くくらい。
温泉なんてまったくの初めてで、さすがにちょっとテンションが上がってくる。
「航生くんと温泉行くのん、初めてやな」
「感じのいい所だったら、今度はプライベートで行きましょうね」
俺がこっそり考えていた事を航生達が口にしていて、ちょっと可笑しくなる。
本当に...景色も料理もいい宿だといいな。
次は仕事抜きで訪れたくような場所であってほしい。
休憩所に着くまで...とウトウトしだした山口さんにもブランケットを掛けてやり、俺は窓の外を何とはなくぼんやりと見ていた。
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