333 / 420
酒とジビエと温泉と【2】
もうぼちぼちサービスエリアに到着するとの声に、しっかりと寝入っている勇輝の体をゆったりと揺する。
「勇輝、どう? 起きられそうか?」
「うぅ...ん...充彦ぉ」
寝惚けているのか、ごくごく自然な仕草で俺の手を取り、その甲に愛しげに唇を押し付けてきた。
そのまま俺の首に腕をしっかりと絡めると、ぐいと自分の方へと引き寄せる。
片足だけシートのクッションに乗り上げたまま、勇輝に覆い被さるような格好になる俺。
家でもここまで無条件に甘えてくれる姿を見る機会は少ないよな...なんて思っただけで、節操の無い下半身がズクズクと疼いた。
まあ、昨夜は勇輝が帰れなかったせいでする事しなかったし...いやいや、できなかったしな。
それに、こんな可愛い勇輝がギュウギュウ抱きついてきてるってのに何の反応も示さない方が寧ろ失礼ってもんだ。
俺は引き寄せる力にそのまま体を預けながらも体重をかけ過ぎないように気をつけ、求められるままにゆっくりと顔を近づけていく。
赤くて半開きの唇が俺を誘っている...誘餓灯に導かれる夜の虫のように、まっすぐにそれを目指した。
...目指した。
......だーっ! 目指させろや!
俺の髪の毛をグイと引っ張る手の持ち主をジロリと睨む。
「はーなーせー」
「俺らの前で、何をするつもりですか」
「あぁ? 誰の目の前でも関係あるか。俺は眠れるお姫様を口付けで起こそうとしてるだけだろうが!」
「いたいけな少年に野獣が襲いかかろうとしてるようにしか見えませんけどね!」
「うっせえ、バーカ」
「バカとはなんですか、バカとは!」
「バカをバカっつって何が悪い、バーカ」
「バカもうるさいのもお前」
些かいつも以上に低くて掠れた、けれどいつもの甘さがまったくゼロの声が俺の下から響いた。
チラリとそちらを見た瞬間、そこそこ手加減無しでベチンと額を叩かれる。
「痛いよぉ、勇輝」
「人の寝込み襲ってるからだろうが」
「お前が俺を誘ったんだってばぁ」
「勇輝くん、どない? だいぶ体楽になった?」
航生が相変わらず俺の髪を引っ張る中、慎吾くんが間に割り込むように俺を押し退けながら勇輝の傍らに腰をかける。
なんで俺が悪者なんだ!?
俺はごく紳士的に、恋人の体を優しく揺らして気持ちよく目覚めさせてやろうとしただけじゃないか。
そしたら寝惚けた勇輝の方から俺にじゃれついてきたってのに!
俺はそれに、おはようのチューをしてやろうとしたに過ぎない!
......ああ、まあベロ捩じ込む気マンマンではあったけども。
そしたらそれを航生に邪魔され、勇輝には怒られ、俺の居場所は慎吾くんに横取りされた上に髪の毛掴まれたまんまだ。
あまりに理不尽で、ちょっとわざとらしく不貞腐れて足元のテーブルをガンと蹴飛ばしてやる。
「俺、ガッツリ寝ちゃってた?」
「うん。1時間半くらいかな? ほんまはバスの中でのオフショットからカメラ回したかったみたいやねんけど、みっちゃんが山口さんに後にしてあげてってお願いしてくれてん」
「そうなの?」
「そうやで。仕事してない、完全にスイッチ切れてる勇輝くんは撮らんとってあげてって」
ようやく俺の気持ち(一部邪な部分は除く)をわかってくれたのか、勇輝がフワッと微笑んだ。
「充彦、ありがとね...今少し形の変わってるズボンの中身は、不問にしとくよ」
「......面目ない」
そんな言葉に航生がギョッとしたような目を向けてくるのがいたたまれなくて、勇輝の膝にかかっていたブランケットを取り上げて腰に巻き付けた。
「マジで元気になってんですか!?」
「悪いか!」
「悪いでしょ! ていうか、ほんといくつなんですか...そんな思春期真っ盛りみたいにどこでもかしこでもすぐに大きくして......」
「仕方ないだろうが。昨日は勇輝が仕事でなんもできなかったんだから」
「いや、でもたった1日だけでしょ!?」
「あれ? そしたら、航生くんはなれへんのかな~?」
思わぬ場所から飛んできた援護射撃に、思わず声の方を見る。
「俺の体気にして『せえへんぞ!』とか思ってても俺が近づいてったらすぐ元気になるし、夜散々したはずやのに俺が休みやと朝からでもしたがるんは誰やったかな~? セックス覚えたての思春期のボクちゃん?」
「あ、いやでも...それは...ひ、人前ではそんな事しないですよっ!」
「みっちゃんとおんなじ立場で俺が勇輝くんと同じ事したら、航生くんも絶対チューしようとして、チンチンも大きしてると思うけどなぁ......」
さも面白そうにクスクス笑いながら手を伸ばしてくると、俺の髪を掴んだままの航生の手を離させた。
「航生くんもあれくらい積極的になってくれてええのに。とりあえず勇輝くん、もうじき休憩所入るからね、そっからはカメラ回すって」
「了解しました。ん、いけるいける。もう大丈夫...ちゃんとお仕事の顔作れそうだわ」
今度は慎吾くんから逆にダメ出しくらうなんて思ってなかった航生が拗ねる番で、ものすごくわかりやすく肩を落として俯く。
そうしてる間にもバスは大型車の専用パーキングへと入り、プシューという音と共に入り口が開いた。
「航生くん、一緒にソフトクリーム食べよ」
慎吾くんが一度キュッと航生の体を抱き締めると、俯いたままのその顔を覗き込む。
高い鼻にチュッと口付けると、少しだけお兄さんらしい顔で笑いながら優しく頭を撫でた。
「ずーっとそんな顔してんの? せっかくの旅行やで? 俺、別に航生くんにいじわる言うたとかやなしにさ...この撮影旅行の間は、いつもよりちょっと大胆に、ちょっと強引になって欲しいなぁと思うただけやねん。そしたら俺も、いっつもよりいっぱい甘えられるやろ?」
慎吾くんの甘えっぷりは端から見ていて大概だと思うのだが、どうやら航生にはその言葉がかなり嬉しかったらしい。
スッと顔を上げると、目の前の体をギュウと抱き締めた。
「あの...俺今日は頑張っていつもよりもその...ちょっとだけ...大胆になるようにするので...慎吾さん、いっぱい甘えてくださいね」
「ありがと。そしたら1個のソフトクリーム、二人で食べたりしてみる?」
「そ、そんな...は、恥ずかしいですよぉ」
いやいや、お前ら普段ソフトクリームよりずっとエッチなモン、舐めてしゃぶって突っ込んでんだろうが。
何を付き合いたてのウブウブカップルみたいな事言ってんだ!?
赤くなった航生の腕を引っ張り、慎吾くんは嬉しそうにバスを降りていった。
「充彦......」
「うん? 俺らも行くか?」
まあ、元々完勃ちってわけでもなかったから大丈夫とは思うが、念のためにブランケットを捲って中を確認しておく。
「充彦、やっぱりいっつも俺の事一番に思ってくれてんだね...ありがとう。おかげでもう、元気いっぱい」
「そっか、それは良かっ......」
顔を上げた途端に重なる勇輝の熱くて柔らかい唇。
その腰を抱き寄せる間もなく、勇輝の方から舌を差し入れてくる。
それを啜り、吸い上げ、絡めて擦り合わせ......
収まったはずのズボンの中身はさっきよりもはるかに体積を増し、すぐには動けない俺を面白がるようにあっさりと体を離した勇輝は足取りも軽く一人で先にバスを降りていった。
ともだちにシェアしよう!