334 / 420
酒とジビエと温泉と【3】
結局、サービスエリアでフランクフルトのケチャップとマスタードを舌で丁寧に舐め取った上に咥えてチュパチュパする...という慎吾くんの謎のサービスカットからビデオの撮影は始まった。
俺達にもやれと山口さんは言ったものの、生憎プライベート以外でフランクフルトっぽい物をチュパチュパした事は無い。
いや、これからも無い。
という事でチュパチュパには航生を差し出して、俺達はそこの名物だというジェラートをあ~んし合ってる所を撮ってもらった。
それだけではサービスにはなるまいと、わざと鼻のてっぺんにジェラートをくっつけそれを舐め合うなんていう、相当キャラにはない真似までして。
そこからバスに戻り、俺のスイーツの詰まった箱を開け、それぞれカップル同士が端からフロランタンをカリカリかじっていく...なんてポッキーゲームの真似っこしてみたり、どさくさに紛れてそのままキスしたり、バスに積まれていたカラオケで歌を披露したりって姿をカメラに収めてもらう。
いや、これはできれば俺は遠慮したかった...正直歌には自信が無い。
音程は悪くないはずなんだが、いかんせん声がなぁ...他の3人が上手すぎるというのもあるが、なんせ色気が無いのだ。
普段わりと低い声の勇輝は、歌となるとガンと高音が伸びるようになる...妖しいほどの色気はそのままに。
慎吾くんは甘い声と天性のリズム感でアイドル系の曲を歌うと『持ち歌か!?』と言いたくなるほどのレベルだし、航生は航生でリズム感には多少難はあるとはいえ、いつもの低くてよく通る声でバラードを歌い上げる。
俺だけがな...声がな......
まあこれが『雰囲気イケメン』の限界だと、最後には開き直って熱唱して見せたけども。
そうこうしているうちにICを下りたバスは一般道に入り、そのまま山の方へと向かっていく。
そういえば渓流のそばの温泉だとか言ってたから、目的の宿は俺が思っているよりも山深い所にあるのかもしれない。
とはいえ、こんな大きなリムジンバスが通っても余裕で対向車とすれ違えるほどに道が整備されているのだし、案外メジャーな温泉地なんだろう。
「あ、カメラ一旦止めますね~。ボチボチ着くみたいなんで」
山口さんが構えていたハンディカムをケースに片付け、運転手さんと何やら打ち合わせを始めた。
「楽しみだね......」
ポツリと何気なく聞こえた勇輝の声。
窓の外をぼんやりと眺めている横顔はまるっきりのオフモードで、だからこそ仕事ではなく旅行として楽しんでいるのだと感じさせる。
「今年はちょっと無理そうだけどさ...来年の紅葉の時期に合わせてまた来ようか?」
「ああ...渓流に露天風呂に紅葉なんて、ぴったりだね」
「えーっ、その時には俺らもやろ?」
「やだよ! なんで二人きりの旅行にそっちも連れてかなきゃいけないんだよぉ」
「ええやんええやん、どうせ寝る部屋は違うんやし。そんなん、みんなで行くほうが絶対おもろいと思えへん?」
「やっぱりそうなると、今日の料理は重要ですね。旨い飯と旨い酒は欠かせないでしょ」
「当然風呂も大事じゃない? 今日が大きい露天風呂での撮影で、明日が貸し切りにできる小さめの露天風呂だろ? これもやっぱチェックしとかないとな」
なぜか勇輝まで慎吾くんが言い出した話に乗っかっていく。
俺ら二人きりの旅行じゃないのかよ!って気持ちも無くはないけれど、結局4人で来るのが一番楽しいのかもしれないって気になってくるんだから、俺も大概毒されてきているようだ。
とりあえず年明けに購入予定の車は、平均より大きい男が4人乗っても余裕があるサイズを探す事にしよう。
それから程なくして、バスは一軒の大きな和風旅館の前で止まった。
「バスが停まれる駐車場はもう少し上がった所になるから、みんな荷物持って先に降りてくれる?」
山口さんに言われて、俺達はそれぞれ大きなカバンを肩にかけるとバスを降りる。
入り口の前にはカメラバッグを持った若い男性の姿が見えた。
「あっ、お待ちしてました~」
俺達を見つけると、その男性がニコニコと近づいてくる。
「ああ、もしかして......」
「はい、今日皆さんのグラビアと宿の紹介写真を撮らせていただきます、レディライフの専属カメラマンをやってる黒木と言います。どうぞよろしくお願いします」
「なんだぁ、それなら一緒にバスで来たら良かったのに。デカイから余裕綽々だったよ?」
「あ、いえいえ...大浴場使える時間限られてますし、それまでに宿の全景とかお部屋や貸し切り風呂の方から見える川の風景なんかを撮っておきたかったので」
ずいぶんと若いんだろうか?
俺達に対して懸命に使っている敬語が初々しい。
「先に準備、色々としてくれてたんだ? ご苦労様です」
「いえ...僕元々はポップインていう男性アイドルばっかり扱ってる雑誌のカメラマンで、そこからレディライフに移動になってからは消え物ばっかり撮ってたんですよ」
「消え物?」
「す、すいません、お料理のコーナーです。一工夫メニューだとか流行りのスイーツなんかの写真を担当してまして。実は今回みたいな旅企画に参加させていただくのも風景撮るのも初めてなので...皆さんにご迷惑をおかけしないように前乗りで撮影してたんです」
なるほど、旅行企画は初めてでも男性のグラビアと料理を撮るのはプロ中のプロって事か。
そうなると、自ずと今回の企画で何を重視してるのかがわかるというものだ。
目玉は俺達4人揃ってのヌード。
そしてこの宿の売りはやはり料理という事なんだろう。
「あ、じゃあまずチェックインしてもらって、荷物置いてきていただいてもいいですか? 一応他のお客さんに一番迷惑にならない時間帯って事で、4時まで大浴場使わせてもらうんで」
「ん? 俺らこのまま行ったらいいの?」
「一緒に行きますよ。準備できたら、皆さん着替えだけ持ってフロントに集合でお願いしますね」
俺達を先導するように恭しい門をくぐり、玉砂利を踏みしめながら黒木くんが進んでいく。
俺達もそれに続いた。
和洋折衷だと聞いていたけれど、いやいやどうして...こうやって歩きながら目に入る庭の景色は純和風で、それもとびきり手入れが行き届いている。
よくもまあこれほど格式の高そうな旅館が、AV男優やゲイビモデルのDVD撮影に許可をくれたもんだ。
「いやあ、でもみっちゃんてすごいですね」
振り返る事もなく唐突に俺を褒めた黒木くんに思わず固まり足が止まった。
「俺ぇ?」
「はい。だって、今までいくら取材させて欲しいってお願いしてもオッケーしてくれなかったこの宿の社長さんが、撮影予定のモデルの中にみっちゃんの名前見つけた途端にオッケーくれたらしいですよ。『久々に会いたいし』とか言ってたみたいですけど」
はて、俺の知り合いにこんな旅館の持ち主がいただろうか?
これが勇輝だというならまだわからなくもない。
かつての客の中に老舗旅館の跡取りがいたところで不思議でもなんでもないんだから。
ところが相手は、俺を知っていると言っているらしい。
「充彦?」
「......あーっ、ダメだ。全然思い当たらないわ。ほんとに俺なの?」
「はい、『充彦の役に立つならいいですよ』って話してたそうですから」
俺を『充彦』と呼ぶ人間?
ますます見当がつかず、小さくなっていた歩みはピタリと止まってしまった。
そんな俺の肩を、勇輝がポンッと叩く。
「行けばわかるじゃん。少なくとも悪い感情を抱いてる人ってわけではなさそうなんだし...いつもみたいに、『お世話になります。よろしくお願いします』って言えばいいだけだよ。思い出すのは会ってからでいいじゃん」
「ま...そうか、そうだよな」
俺は改めてその美しい庭と、風格のある入り口を見る。
「よし、じゃあ...しっかりご挨拶して、気持ちよく撮影入らせてもらおうか」
再び足を進めるストライドを大きくすると、3人は迷う風もなく俺の後ろに着いてきた。
ともだちにシェアしよう!