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酒とジビエと温泉と【4】
趣のある大きな格子戸を開けばそこが本当の入り口らしく、和風旅館には少し不似合いな自動ドアが目の前に現れた。
なるほど、この建物に自動ドアが似合わないから、こうして格子戸で目隠しをしているのかもしれない。
入り口だけはまるで最新の巨大ホテルのような自動ドアをくぐれば、帳場ではなくフロントがある。
その中で何やら必死にパソコンを叩いている横顔には、なんだかうっすらと見覚えがあった。
「あ、社長さん。モデルさん達が到着しました」
入ってきた俺達に気づかなかったらしいフロント係と思っていたその男性に、黒木くんは『社長』と声をかけた。
ならばこの人が、俺の事を何故だか知っている人という事か?
パソコンから目線を外し、その男性が俺達の方に真っ直ぐ顔を向ける。
満面の笑みのせいで、元から小さいのだろう少し垂れた目はまるで彫刻刀で傷でも付けたのかというくらいに細く小さくなった。
......ああ、このジャガイモに目鼻みたいな笑顔、見覚えがある......
「おう、ずいぶんと久しぶりだな、充彦」
「まさかこの年で、お互いこんな仕事で会う事になるとはな...匠」
ゆっくりとフロントへと近づく。
フロントから飛び出してきた男は相変わらずチンチクリンで、俺より頭一つ以上小さくて...愛嬌のある笑顔はそのままに、それでもやっぱり少しオッサンになっていた。
その左手にはシルバーのリングが光っている。
「充彦?」
「ああ、悪い。みんなとりあえず紹介した方がいいのかな......」
「とりあえずとかじゃなくて、ちゃんと紹介してくれよぉ。お前が優しいクズじゃなくなったきっかけの人だろ? しっかし、ビデオでも雑誌でもずいぶん見てたけど...ほんとに、マジでえらい美人の恋人捕まえたんだな」
俺がコイツを紹介するのは一向に構わないんだが、微笑んで俺達を見つめながらもさりげなく時計を気にしている黒木くんに少し申し訳ない。
「まあ詳しい紹介は後でするけど、男優よりも風俗のマネージャーの仕事がメインの頃にちょっとした出来事で知り合った悪友なんだよ」
「へえ、俺の事...相変わらず友達だって紹介してくれるのか。なんかちょっと...嬉しいな」
「バーカ、あの時期にあれだけ俺とつるんでた人間なんてお前くらいだよ。俺は...俺があんまりロクデナシだから...お前が呆れていきなりいなくなったのかと......」
「違う! それは違うぞ! 親父が倒れて急遽この旅館継がないといけなくなったんで、ちょっと連絡できなかったんだよ、あの店も辞めちまったし。んで落ち着いたからって電話してみたらさ、携帯は解約されてるし昔の店は経営者が変わっててお前に連絡取れなくて。そもそも、俺が今こうしてここにいられるのは充彦のおかげだと思ってる。だから、うちを充彦達が撮影に使いたいって連絡来たときにはさ、やっとお前に恩返しできるなぁって、すっげえ嬉しかったんだ」
「んでお前、ここ継ぐために...結局もう料理辞めちゃったの?」
「バカ言うな。うちは和食と洋食、どっちでも食事を選んでもらえる料理旅館なんだぞ? 洋食のシェフは俺だ」
それを聞いた瞬間、胸がギュッと締め付けられた。
鼻の奥がツンとしてくる...なんだか柄にもなく、感動して涙が出てきそうだ。
「ほら、とりあえず大浴場での撮影あるんだろ? 今はオフシーズンだからそんなに混んではないけど、それでも5時前には一組年輩の団体が到着予定だから、先にそれだけ撮って来いよ。晩飯はさ、俺が目一杯腕によりかけた料理用意するから。んで、もし迷惑じゃなかったら、後で少し酒でも飲まないか?」
「......おう、久しぶりだな、お前の料理食うの。すごい楽しみだわ」
「あ、あとな......」
チョイチョイと手招きをされ、俺は素直に近付いて口許に耳を寄せる。
「お前らんとこも、もう一組のお仲間んとこも、ちゃんと団体とは部屋離してあるから。それと...部屋にはローションとティッシュとたっぷりバスタオル用意しといた。目一杯楽しんでくれていいけど、布団はそこそこ上等なモン使ってるから汚すなよ」
さっきまでの人好きのする笑顔はどこへやら、そこはかとなく悪い顔でニヤニヤとして、匠は俺の手に部屋番号の書かれたカードキーを2枚押し込んできた。
恐らく今、顔が赤いだろう。
少なくとも、俺の額からタラリと変な汗が滴ったのは間違いない。
余程珍しい表情でもしていたのか、俺を見る航生と慎吾くんの目がちょっと丸くなっていた。
一度背筋を伸ばして匠との身長差を強調すると、『コホンコホン』といらぬ話をするなと牽制の咳払いを聞かせる。
「ほら、んじゃ準備して撮影入るぞ」
手の中のカードキーを握りしめ、他の3人を急き立てながら『まんまとバスタオル使うのは嫌だな』とか『いっそ貸し切り風呂でヤっちゃうか?』なんて考えつつ部屋へと向かう。
そんな中、『しない』という選択肢だけは一切浮かばない自分がちょっと情けなくも可笑しかった。
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