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鬼の霍乱【勇輝視点】
いよいよ航生のAVデビューの日。
俺からのたっての希望で、相手役はお馴染みのアリちゃんにお願いした。
抜群に形の良いオッパイは決して大きくはないが、女の子の為のAVにパイズリ用のでっかい乳房は必ずしも必要ない。
顔もずば抜けた美人て感じじゃないけれど、目がクリクリとしていてナチュラルですごくキュートだ。
何より、とにかく性格がいい。
明るくてサバサバしていて、いつも超元気印。
今日の撮影で一番重要だと思ったのは、この彼女のナチュラルさと明るさだった。
裸を見せる事自体には慣れているとはいうものの、航生はあまりにも女性経験が少ない。
それも、快感も何も無いような、決して幸せとは言えない経験ばかり。
本格的なAVデビューの前に、一度ちゃんと『気持ちイイ』『楽しい』セックスを経験する必要があると思ったのだ。
今回の内容は、俺がセックスをレクチャーするという形こそ取ってはいるが、実際は相手役の女優さんに体で航生を導いてもらわなければいけない。
自分が感じている素振りを見せながら、上手く相手を昂らせていく...普段なら俺達男優がやっている事を女優さんに求めるのだ。
それをこなせるだけの度量と技量を持ち合わせた女の子は、アリちゃん以外に考えつかなかった。
ただいやらしく男を誘うのが得意なだけの人はいくらでもいる。
でも今日はそれではダメなのだ。
できるだけ普通のセックスを、普通に気持ちよく見せられる人でなければ。
今の航生に、淫乱系・痴女系の女優さんでは萎えるどころか最初から勃起すらしないかもしれない。
その点、アリちゃんの容姿は良くも悪くも普通だ。
体にも顔にも一切手直しは入ってないし、不自然なほどの過ぎる色気を撒き散らす事はない。
少し控え目な喘ぎ声はかわいいし、普段のナチュラルな雰囲気が徐々に色っぽく変わっていく様子は堪らなく興奮できる。
そして何より『ハードな2穴3P』から『純情少女の初エッチ』みたいな内容までこなせるだけの抜群の表現力があった。
最近元々所属していた事務所から離れ、何故か仕事をセーブしていると聞いていたけれど、俺からのお願いだからとアリちゃんは出演を快くオーケーしてくれた。
おかげで、当初の企画を何も変更する必要もなく、すべては予定通りに進む。
こうしてある意味俺にとってのベストパートナーと二人、無事に航生に『楽しいセックス』のレッスンを始める事になった。
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「勇輝くん、みっちゃん出ないの?」
スマホを握りしめたままじっと動かない俺の肩を、ポンとアリちゃんが叩いてきた。
もうすっかり化粧も髪型も整え、私服に着替えている。
隣には、同じく着替えの終わった航生も立っていた。
撮影は...大成功だって言ってもいいだろう。
航生も緊張で中折れするなんて事はなかったし、途中からはちゃんとアリちゃんを感じさせてあげる事だってできた。
まあ、アリちゃんがかなりわかりやすく感じる所に反応してくれたおかげではあるんだけど。
撮影の合間には気楽に雑談をできるまでになったし、ただセックスするってだけじゃなく、男優こそが現場の雰囲気を上手く作らないといけないって事も少しはわかっただろう。
なんにせよ、女性主体の絡みが初めてだった航生も、そんな航生に気を遣いながら感じなければいけなかったアリちゃんも、慣れないレクチャー役に『えい、まどろっこしい! 俺がやる!』と言いそうになるのを必死に我慢していた俺も、今日の撮影がかなり疲れたってのだけは間違いない。
こうなる事がわかっていたのか、今朝家を出る時から充彦には言われていた。
『今日は何か旨い物作るから、二人とも家に連れて来いよ。なんならアリちゃんの好きなケーキとかパンも焼いとくし』
それで撮影終了と同時に電話をかけ続けているのだけど、これが一向に繋がらない。
メールにもラインにも返信は無いし、既読の文字すら付かないのだ。
「急な用事でもできて外に出ちゃったとか?」
「それなら、一言何かメッセージ入れとくでしょ。う~ん...寝てるのかなぁ...」
無くはない。
というか、これはこないだやらかしたばっかりだ。
昼間から酒飲んで、俺と航生の絡み見ながらふてくされて爆睡。
まあ、その後の展開はほんとに予想もしてなかったな...あの日を思い出しただけでちょっと頬っぺたが熱くなる。
うん、やっぱり寝てるのかもしれない...そう思い込もうとしたけれど、喉の奥に魚の骨が刺さっているみたいに引っ掛かるものがある。
それは、朝の『いってきます』のキス。
いつもよりもほんの少し唇が熱く感じたのは...気のせいだったろうか?
「まあ、とりあえずみっちゃんに連絡付かないなら、アタシ達勝手に押しかけても迷惑でしょ? 今日は帰るよ。あ、航生くん、悪いけど晩御飯付き合って」
「あ、はい、でも...俺でいいんですか?」
「意味のわかんない遠慮しないの。ほら、奢ったげるから、今日はとことん飲むわよ~」
「アリちゃん、ごめんね。せっかくうちに招待するつもりだったのに...」
「いいのいいの。航生くんも勇輝くんの次くらいに男前だから許しちゃう。それより、みっちゃんが心配でしょ? 早く帰ってあげて」
「うん、ありがと。そんで、今日の撮影も...ほんとにありがとね。やっぱりアリちゃんに頼んで良かった」
「勇輝くんにそう言ってもらえるのが何より嬉しいよ。あ、みっちゃんに『また今度ケーキ楽しみにしてる』って伝えといてね」
「勿論勿論、この埋め合わせは必ず。じゃあ航生、ちゃんとアリちゃんをエスコートしてな」
二人に挨拶をし、更にアリちゃんに気づかれない所で航生に何枚か万札を握らせると、俺は急いで大通りまで走り、流れているタクシーに向かって大きく手を挙げた。
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