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酒とジビエと温泉と【6】
おっそろしく面積の小さい水着と下着をカバンから取り出す。
「浴衣とかいらない? 持って行かなくていい?」
「時間が時間だしなぁ...まだちょっと早いだろ。写真撮影の後でのんびり寛げるかどうかわかんないし、第一、既製品の浴衣を着れる気がしない」
「......確かに」
「まあ、浴衣の写真も風呂で撮るようなら、その時に確認すりゃいいんじゃない? さっきの慎吾くんが持ってたパンフ見る限りタオルは向こうにあるみたいだし、とりあえずは下着と水着だけでいいだろ」
脱いだ物を入れる為のポーチに二人分の着替えを入れ、勇輝と並んで部屋を出る。
タイミングが良かったのか、向かいの部屋の扉もちょうと開いた所だった。
「あ、勇輝く~ん、浴衣どうすんの?」
「黒木くんに確認して、向こうで浴衣の写真撮るなら用意してもらったらいいかって話になったんだ。ほら、ここに普通の浴衣着られない人いるしぃ」
「うるさい、うるさい。んなもん、好きでこんなでかくなったんじゃないっての。だいたい、俺は身長の問題で着られないかもしれないけど、航生なんて着られても恐ろしく似合わないだろうよ。細いわ無駄に脚が長くて腰の位置が高いわ。俺の浴衣姿はツンツルテンかもしんないけど、航生も大概頭悪そうに見えるぞ?」
「航生くんは何着てもカッコええのっ!」
「......慎吾さん、俺が前に雑誌の取材で浴衣着てるの見て爆笑したくせに」
「確かに、航生はちょっとウエストが細すぎるから帯が上がってきそうだよね。女の子か子供が着てるみたいになりそう」
「まあ、心配すんな。勇輝が着付けできるから、あんまりブサイクな事になるようなら腹周りにタオル巻いて細かいとこは勇輝に調整してもらえ。んじゃ皆さん、ちょっとダッシュでお仕事に取りかかりますよ~」
みんなウダウダといつものノリで話しているようでいて、顔はすっかりカメラに収まる為の物に変わっていた。
元々関西では勇輝と同様、キャラクターを変幻自在に演じ分けていたという慎吾くんはともかく、ここのところの航生の成長ぶりには本当に驚かされる。
甘えん坊の末っ子キャラでやんちゃ坊主みたいな笑顔を浮かべていたと思ったら、次の瞬間には冷静でやり手のビジネスマンのような嫌みったらしい薄ら笑いを見せてみたり。
それもこれも、おそらく全身全霊で感情をぶつけてくる慎吾くんという存在あってこそなんだろう。
あのいい加減で劣悪な環境から航生を引っ張り上げたのは確かに俺達だったけれど、勇輝でも俺でも、航生をここまでのイイ男にはしてやれなかったと思う。
何より、航生の中の『慎吾くんを守りたい、大切にしたい、いつも並んで歩いていたい』って気持ちが、コイツを面白みのある大きな人間にした。
そしてそれは...勿論俺もだ。
勇輝を手に入れたい、守りたい、何より...一生愛したいと思ったからこそ、きっと強く大きくなれた。
......人間らしくなれた。
「充彦、行くよ~」
フワリと微笑むその顔が愛しい。
辛い思いはたくさんしたはずなのに恨み言らしき事も言わず、いつも自分より相手を思いやるその強さと優しさが俺を変えてくれた。
「勇輝......」
「ん?」
「好きだよ」
「......知ってる」
事も無げに答え、俺に背中を向けてスタスタと歩きだす勇輝。
けれどその真っ白で艶やかな首筋にサッと朱が走ったのを、俺は見逃さなかった。
**********
匠は夕食の準備に入らないといけないらしく、俺達がフロントに戻った時には既にその姿は無かった。
代わりに黒木くんは、桜色の作務衣を来た薄化粧の女性と何やら話している。
「遅くなってごめんね。山口さんはまだ来てないの?」
「山口さんなら、先に大浴場にカメラのスタンバイに行きましたよ。ハンドカムだけじゃなくて、2ヵ所って言ってたかな...なんか、定点も使うみたいで」
「定点!? 何そんなに撮りたいんだよ、まったく......」
「何が撮りたいってか、ナニが撮りたいんじゃないの? ほら、4人が全裸で立ち上がってのバックショットとか撮るとかなったらさ......」
「はははっ、俺らの正面に1台カメラ隠しとけば、見事なバナナが4本撮れるってか?」
「ま、色的には腐りかけてるバナナやけどね」
「中身はたっぷりジューシーだっての。ほらほらぁ...こういう会話に慣れてないから、黒木くん真っ赤になってんじゃん。ごめんね、俺らこんな奴なんだよぉ」
俺が格好だけチョコンと頭を下げると、黒木くんは顔を赤くしたままブンブンと頭を振った。
「い、いえっ! 大丈夫です! あの、そういう話が嫌い苦手とかそんなんじゃなくてですね、えっと...素面であんまり下ネタ聞く機会が無いから慣れてないってだけなので、ほんと僕の事は気にしないでください。ほら、普段は女性誌の担当で周りは先輩の女性ばかりですから。僕自身は下ネタもエッチも大好きですし、できれば皆さんのリラックスした自然な雰囲気を撮りたいので、お構い無くガンガン下ネタ飛ばしちゃってくださいね! ちゃんとそのうち慣れますから!」
「飛ばせって言われても...なあ?」
「飛ばすのは下ネタじゃなくて白い汁......」
「ワーッ、いい加減やめやめっ! ほんと俺ら、ちょっと際限無さすぎるぞ。濃いめの下ネタはアルコール入ってからな。んで、そっちのお姉さんは?」
客からのライトなセクハラなんてのは日常茶飯事な仕事だろうが、さすがに俺らの会話はライトとは言い難い。
女性がいた事を思い出し慌てて慎吾くんの言葉を遮ると、その作務衣姿の女性に会釈をした。
その人は俺の目を真っ直ぐに見ると、いきなり深々と頭を下げてくる。
「はじめまして。本日撮影のお手伝いと皆様のお世話をさせていただきます、高梨と申します」
高梨...高梨...高梨ぃ!?
「もしかして...匠の奥さん?」
「左様でございます。主人を助けてくださった充彦さんにこうしてお会いできて、本当に感激しております。今日は誠心誠意お世話させていただきますので、どうぞなんなりとおっしゃってくださいませ」
「助けた?」
「ん? 社長さんの話となんか違えへん?」
「助けたなんて大袈裟ですって。俺の方こそ、高梨さんには本当にお世話になりっぱなしで」
「いいえ、主人はいつも『あの時充彦に助けてもらえなかったら、料理を諦めないといけなかった』と申しておりました。あの人の夢は私の夢...全部充彦さんに助けていただいたんです。本当に、本当にありがとうございました」
「い、いや...そんな......」
「奥さん、すいません。ゆっくりお話ししていただきたいのは山々なんですが、今は時間が無いので...」
「あっ、左様でございましたね。ではお礼はまた改めて、夕食の時にでもさせてくださいませ。さ、大浴場にご案内いたします」
わけがわからないって顔の3人分の視線がちょっと痛いけれど、今は細かく話している時間も無い。
匠の奥さんの後に続いて足を踏み出しながら、俺は顎をしゃくって3人に着いてくるように合図した。
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