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酒とジビエと温泉と【7】
「あ、山口さんおった!」
「みんな、遅い遅い。俺めっちゃ待ったよぉ」
匠の奥さんに案内され、大浴場に続く脱衣場へと入ると、本当に相当待ちくたびれたらしい山口さんが床に体育座りのまんまで入口をガン見してた。
『悪い』なんて片手を上げ、ちょっと恨めしそうな山口さんは軽くスルーしながら目の前の磨りガラスを大きく開く。
「はぁ......こりゃあ見事なもんだ」
「おおっ、めっちゃ露天!」
「いいですね...何より広い」
俺に続いて風呂を覗いたみんなは、それぞれ思い思いに感嘆の声を漏らした。
まあそれも当たり前と言えば当たり前。
俺達が案内された露天の大浴場の床は、それは見事な黒御影が敷き詰められていたから。
その先には檜らしい小さな湯船と、これもまあ見事に苔むした大きな岩を丁寧に積み上げた岩風呂とがある。
「檜の方は、ジャグジーになってるんですよ、実は」
後ろから奥さんがちょっと得意気に微笑んだ。
なるほど、このホテルは料理でこのところ評判になってるなんて聞いてたけれど、おそらくはずっと昔からこの風呂も名物の一つだったんだろう。
滑らないかと気をつけながら床にそっと足を下ろしてみて更に驚かされた。
ツルツルだと思っていたそれは、乾いているからというだけではなく足の裏にピタッと吸い付いていると錯覚しそうなほど、全く滑るような気配がない。
その場にしゃがみ、表面をサラリと撫でてみて足の裏の感覚の理由がわかった。
どんな細工になっているのかはわからないけれど、美しい御影石の艶はそのままに、その表面には細かい凹凸が付けてあったのだ。
それも、一見しただけではわからないくらいに細かくて浅い物。
「これ、もしかして滑り止めの加工してある?」
「おわかりになりましたか? 主人がこのホテルを継いだ時に、先代からの売りでもあったこの露天風呂の改装に踏み切ったんです。若い方にも年配の方にも、この自慢のお湯と景色を楽しんでいただくにはどうすればいいのか悩んで......」
すっと伸ばされた指先を目で追う。
都心にいるよりも訪れの早い秋の気配に、所々色を変え始めている山の木々。
敢えて低くしてあるらしい生垣の向こうには、地層が剥き出しになった岩肌が見えた。
黙ったままの俺達の耳に届くのは、かけ流しのお湯が湯船から溢れる音と、それとは違う流水の音。
湯船の端まで歩いて行けば、そこまで行って初めて、その露天風呂の真下に川の流れが見える。
穏やかに見えるその流れは時おり岩肌にぶつかり渦を巻き、見た目とは違いその川は結構な水量と勢いがある事を教えてくれた。
「なるほどね、こりゃあ絶景だわ」
「お湯も、ちょっとヌメリがあってすごくいいお湯ですよ」
溢れるお湯を航生がそっと手で掬ってニコリと笑う。
「はい。本当にうちの自慢ですから」
「こりゃあ黒木くん、責任重大だねぇ。こんなに素敵な温泉の魅力、たっぷり伝えなきゃいけないんだから」
「いえいえ、俺の腕なんかより皆さんの表情の方が大切だと思いますよ~。なので、責任重大なのは皆さんの方です」
「おっ、黒木くんてそんな風に言い返せる子だったんだ?」
「んじゃ、責任を負わされちゃった所で、俺らの本領発揮といきますか?」
俺は奥さんの方に顔を向け、そっと目配せする。
俺のその目線の意味はすぐに伝わったらしい。
「こちらのカゴにバスタオルとフェイスタオルはございますので、どうぞご自由にお使いください。あとは何かございましたら、こちらの内線電話でフロントに繋がりますから」
会釈をすると、奥さんは静かに脱衣場から出て行った。
山口さんはようやく体育座りを止め、横に置いたままのカメラを手に取る。
「さて、んじゃ準備入りますか?」
「黒木く~ん、俺ら一応水着も持ってきたんだけど、どうする?」
「水着、ダメーッ! 反対、反対!」
「山口さん、シャラップ!」
写真撮影の様子からビデオに収めたい山口さんはよほど撮れ高が気になるらしく、一人だけ『スッポンポン! スッポンポン!』なんて変なテンションで喚いてる。
そんな山口さんに苦笑いを浮かべつつも、黒木くんは小さく頷いた。
「ちょっとここでサービスカット入れるように言われてきてるんで、できれば皆さんの裸のバックショット撮りたいんです。ですから、水着は無しで......」
『イェーイ』と歓声を上げる山口さんの背中を小突き、俺達は顔を見合わせる。
「んじゃま、タオル腰に巻くだけって事で」
「航生、勃てんなよ」
「充彦さんこそ、さっきのバスの中みたいな事は無しですからね。それでなくても無駄に大きいんだから、すぐにバレますよ」
「バ~カ、あれは勇輝に触ったからなっただけだっつうの。ただの撮影であんな事なるかよ」
「充彦、充彦」
いつもの航生とのくだらない言い合いの最中で、トントンと肩を叩かれた。
『どうした?』と振り向いた瞬間、いきなり勇輝が少しだけ背伸びしていきなりブチューッと唇を押し付けてくる。
あまりに突然の行動に、しばしフリーズ。
そしてそれを頭で理解した途端、体温が一気に上がってきた。
当然例の場所を中心に。
「勇輝、な...何......?」
「ファンサービス? タオルで隠れない程度にモッコリさせてみた」
当たり前みたいに小躍りしながら、山口さんが俺の下半身へとズームしてくる。
「おおっ、確かに素敵なファンサービスが期待できそうだ。ジーンズの上からでも結構わかるじゃない」
「ちょ、ちょっとぉ...みっちゃん、ダメですよ、さすがにモッコリは。写せないんで治してください」
「いや、これって俺のせいじゃなくない? つか、山口さんもこんなもん撮らないでよぉ」
爆笑しながらポンポン服を脱いでいく勇輝のやたらと綺麗な背中が目に入り、一度火が点いてしまった俺の体は簡単には収まらず......
俺は、情けなくも先に中に入って冷水を局部にぶっかけて縮み上がらせるという強行手段を取らざるを得なくなった。
くっそ、覚えてろよ。
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