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酒とジビエと温泉と【9】
無意識なんだろうか。
航生は隣に立つ慎吾くんの肩を抱くと、まるでもっと甘えればいいと言わんばかりにその体を自分の方へと引き寄せた。
途端に漂うのはいつものアワアワオタオタとした姿とはまるで違う、雄そのもののギラギラとした色気。
口許には、血気盛んで独占欲の塊にも見える青臭くて不敵な笑みを浮かべている。
そしてその色気に当てられたみたいに慎吾くんはトロンと溶けそうに微笑み、抱き寄せる腕の力のまま航生に幸せそうに体を預けた。
これはこれで、なかなかそそる。
普段の小悪魔、爆弾ぷりはなりを潜め、繊細で儚げな淡い色気を醸していた。
二人を仕事でのみ知る人ならば、そのあまりの変わりように驚くかもしれない。
どちらかと言えば下半身直撃のフェロモンを振り撒くのは慎吾くんの方で、今の姿は逆なのではないかと思うだろう。
けれどこれこそが、まさに二人の関係性。
初めて守りたい存在ができた事で男としての色気を増し、恐らくこれも初めてだろう『独占欲』というやつに実は苦しみ悩んでいる航生と、そんな航生の独占欲が嬉しくて堪らずどんどん可愛さが溢れてくる慎吾くん。
4人での撮影となると、つい俺もムキになって『格の違い』ってやつを見せつけてやろうなんて思ったりもするんだけど、二人のあまりのラブラブぶりに、それこそこっちの毒気が抜かれる。
必死で一生懸命で、なんだか本当に微笑ましい...ま、普段やってる事はちっとも微笑ましくなんてないけども。
「充彦、顔ニヤけすぎ」
腕組みをして、ちょっと仁王様を思わせる立ち姿の勇輝がそのままツンと俺の脇腹を小突く。
「んぁ? ああ...いやね、あんまり航生がカッコいいもんで見とれてた」
「見とれてた? 嘘ばっかり」
「嘘じゃないっての。だってさ、半年前までは拗ね拗ね坊やで色気の欠片もなかったあの航生がアレだよ? いやぁ、成長したよね...ってちょっとしみじみしちゃうでしょ」
「娘見守ってるオヤジかよ。それで言うなら、媚びて相手を欲情させる武器として色気をわざと振り撒いてた慎吾が、あんな幸せなラブラブオーラの爽やかフェロモン出すようになるなんて思わなかったって」
「これはまさに、世代交代ですなぁ」
「......バカじゃない? 俺ら二人で並んで、あんなガキんちょに負けるとでも?」
スーッと空気が変わり、勇輝の目線は明らかに挑発的な物になる。
中性的な顔立ちには不釣り合いな、それは航生の比ではない雄の攻撃的な色気。
「それこそ『まだまだ若い者には負けませんよ』ってね。俺らには俺らの、アイツらとは違う武器があるだろ?」
「ま、ここで『航生には到底勝てないよぉ』なんて言っちゃうと、お前まで負けたみたいになるからねぇ...俺が勇輝に恥かかせるわけにはいかないでしょ」
勇輝の攻撃性を抑えるように、航生に倣って俺もそっとその肩を抱き寄せた。
寄り添う体も、そこから醸される刺々しさも何もかもを包み込み、カメラに向かって少しだけ眦を下げて見せる。
並んだ俺達の姿に黒木くんは一瞬カメラを下ろし、山口さんは目をキラキラさせながらビデオを構えた。
「なんか...すごいですね......」
呆然と見つめたままでポツリと言った黒木くんの背中を、ペシッと山口さんが叩く。
「すごいだろ? あれがね、実は偏見の塊だったアダルト業界の枠ってのをヒョイって軽々飛び越えられちゃった人達の実力よ。抜群の容姿にビデオで鍛えられた色気と表現力...まだまだ素人の域を抜けてないアイドルの卵なんかとは全然違うでしょ。あの姿見てたら、ファッションモデルまでやってる意味もわかったんじゃない?」
「俺であの人達を...ちゃんと撮れる気がしません......」
小さく首を振る黒木くんは、ダランとカメラを下ろしたまま。
指示を受けていないから、俺達はそのまま微動だにしない。
山口さんは、もう一度黒木くんの背中を強めに叩いた。
「心配しない! まずね、黒木くんなら4人をちゃんと撮りきれるってみんなが考えたから、この現場任されたんでしょ? ほんと大丈夫だから、安心して。自分が撮りたい表情、撮りたいポーズをちゃんと指示してみ? あの人達は監督の、カメラマンの、ファンの要求した顔も動きも全部その場で表現できるんだから。ほら、早くしないと...みんないつまでもあのままだよ」
言われて初めて、俺達が最初に決めたポーズから表情も雰囲気も何も変えてない事に気づいたらしい。
慌ててカメラを構え直す。
「航生くん、慎吾くんを見つめながら笑ってみてください。楽しそうに、幸せそうにです。みっちゃんは勇輝くんのこめかみにキスして! 勇輝くんは少しはにかんでみましょう」
カシャカシャと連続で切られるシャッターの音の中、俺達は黒木くんの指示の通りに動き、表情と雰囲気を変えていく。
チラリと横目で窺えば、今度の航生は高校生とも見間違えそうな眩しい顔で大きく口を開けて笑い、そんな航生の頬には慎吾くんが吸い付いていた。
そして俺の腕の中の勇輝も、さっきまでの息を飲むほどの色気はどこへやら...無邪気な幼い笑顔で俺を見つめる。
おそらく雑誌に使われるのはこっちで、最初の立ち姿はビデオ用だな...頭の端でそんな事を計算しながら、俺は勇輝のこめかみにチュッと音を立ててキスをした。
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