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サービス、サービス!【3】

着替えを終え、俺達は山口さんの後ろに続いて歩き出した。 泊まっている離れとは逆の方向に向かい、そのままエレベーターへと乗り込む。 卓球台のあるプレイルームとやらは、本館の2Fらしい。 移動しながらも指を絡めて離さない俺達の様子に、山口さんはたいそうご機嫌にカメラを回し続けてた。 カメラとは反対の右手に何やら大きな箱を持っているのが気になるけど、今はちょっと無視しておこう。 ......やぶ蛇になりそうで、嫌な予感しかしない。 「あ、ここですよ、ここ!」 本来は入り口にドアなんて付けていないんだろう。 指されたその先には、『貸し切りにつき、本日立ち入り禁止』と貼り紙のされたカラーコーンが立ててある。 その奥には、撮影中はこれで塞げという事なのか、入り口とほぼ同じ大きさのベニヤ板が立て掛けてられていた。 「これ、ほんとに入っていいの?」 「大丈夫! ここ貸し切りにしてるのはうちらだし。それに、上の階にもプレイルームとカラオケボックスあるから、特に他のお客さんの迷惑にもなんないんだよん」 『早く、早く!』と急かされて慌てて中へと入ると、山口さんがガタガタ動かしてベニヤで入り口をきっちりと塞いだ。 そういう用途の為に敢えて置いてくれてたのだろう予備のカラーコーンを後ろに並べ、倒れたりずれたりしないように微調整をする。 そちらは一先ず山口さんに任せ、俺達は部屋の奥へと進んだ。 卓球台とビリヤード台がそれぞれ一つずつ。 さらにその奥にはチェスやバックギャモンなどのボードゲームに、相当上等だと思われるソファが向かい合わせに置かれている。 その向こうにはガラスの扉でしっかりと覆われた小さな個室が二つ。 片方には電動の麻雀卓、もう片方は上等なソファとスクリーン、それにプロジェクターが見えるからシアタールームというところか。 どちらも大きな音がする事を考えれば、おそらくガラスの個室には防音対策が施されているんだろう。 「いやぁ、こりゃ立派だね」 「これに、上の階にはカラオケもあるんだろ? 奥さん言ってたみたいに、どんな年齢の人でも退屈しなくてすみそうだ」 「フロントのとこには若い女の子の好きそうな雑誌もようさん置いてたよ」 「温泉に浴衣にプレイルーム...ほんと、工夫してあるね。これで料理が良かったら......」 「料理作るのが匠なら、不味いモンは絶対出さないよ。それは俺が保証する」 ひどく穏やかな柔らかい顔で笑いながら、充彦が卓球台の下に置かれた道具箱の中からラケットとピンポン球を取り出す。 「できないにしてもさ、どのレベルでできないのか見てみたいから、ちょっと勇輝と航生で簡単に試合しようか」 「せやな。目ぇも当てられへんレベルやと、なんぼダブルスでもルール弄らな速攻で全裸確定しそうやし。わざわざ卓球する面白味も醍醐味もなんもあれへんやん?」 それぞれパートナーからラケットを手渡され、俺と航生はネットを挟んで向かい合う。 「航生、ルールは知ってんの?」 「えっと...怪しいですけど、たぶん。勇輝さんは?」 「俺はこないだまで世界大会とかばっちり見てたくらい、ルールは完璧だ」 袂がちょっと邪魔だと思いつつ、グリップをしっかりと握りしめた。 「お、おいおい勇輝。その持ち方でいいのか?」 少し驚いたみたいに充彦に声をかけられ、俺はちょっと首を傾げる。 「勇輝くん、初めてやったらペンホルダーのが力の調整しやすいんちゃうのん?」 「ペンホルダーって?」 「あ、こういうのです」 航生がラケットを握った右手を上げた。 ......ん? なんだ、あの変な持ち方。 「勇輝がやってんのはシェイクハンドって持ち方な。まあ、どっちでもいいんだけど、初心者っていうとだいたいペンホルダーの方が多いと思うんだけど」 「あんな持ち方、見たこと無いからいらない。よし、航生いくぞ!」 球は手のひらに乗せて、相手から隠しちゃいけないんだよな? で、最初のサーブだけは自陣に一回バウンドさせないといけない...と。 手のひらに乗せた球を思い切り高く放り、その球に対して垂直になるようにラケットを素早く動かしその球の側面を強く擦った。 ......訂正です、擦ったつもりでした。 放り上げたピン球は床の上をコンコンコンと転がり、俺のラケットは思い切り台の角に直撃していた。 しっかりと握っていたラケットからジーンて振動が伝わってきて、地味に痛い。 そんな俺を唖然とした顔で見つめる航生と慎吾と充彦。 なんかバカにされてるみたいでちょっとムカつく。 初めてだから仕方ないだろうよ。 こんなもん、すぐにできるようになるっての! 床に転がってた球を拾い、もう一度手のひらに乗せた。 グッと腰を沈め、その球を再び高く放り上げ...る直前で、充彦に手を掴まれる。 「ちょっと待った! お前さっきから何しようとしてんの?」 「ん? サーブに決まってんじゃん」 「いやいやいやいや、普通にサーブすりゃいいだろ」 「普通だろ? みんなやってんじゃん」 「みんなぁ!? みんなって...どこでそんなサーブやってたんだよ」 「ん? 世界選手権」 俺が当たり前みたいに答えたら...なんか充彦がガクッて卓球台の下に崩れ落ちた。 航生はキョトンとして、慎吾は...目に涙を溜めながら笑うのを必死で我慢してる。 「王子サーブかよぉ...初心者の上に超が付くくせに、なんでここで王子サーブって......」 「しゃあないんちゃう? 勇輝くんにとっては卓球イコール世界大会とかオリンピックなんやろうから、そら握りはシェイクになるしサーブもいきなり猛烈なドライブかけようとするわな。......ま、ドライブかかったんは球やなしに右手やったみたいやけど」 「いや、それにしても最初からあんな事できると思ってる事が怖いわ」 うーん...なんか俺のやろうとしてた事は間違ってたらしい。 でもさ、そういう大会の試合でしか見たこと無いんだし...仕方ないじゃん。 「これでテニスとかやったら、いきなりエアKとかやりそうだよね」 「冗談言ってる場合じゃないから。ちょっと慎吾くん、二人に簡単に打ち方とか温泉卓球の楽しみ方教えてやって。俺、山口さんにルール変更っつうか、ゲームの趣旨の変更お願いしてくるから」 膨れっ面の俺を残し、充彦は小さく頭を振りながらまだ入り口を塞ぐのに悪戦苦闘してるらしい山口さんの所へと向かう。 俺はと言えば、ものすごく不本意な雰囲気の中で卓球...というかピンポンを慎吾から教わり、自分がやろうとしていた事の無謀さに顔から火の出る思いだった。

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