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サービス、サービス!【5】

こうして始まった変則ダブルスの温泉卓球。 サーブは厳正なるジャンケンの結果...幸か不幸か、俺からという事になってしまった。 「落ち着け。とりあえずコツンてラケットにさえ当てて前に飛ばせば、何バウンドしてでも向こうに入るんだからな」 充彦にそんな風に言われるものの、なんだか体にやけに力が入ってガチガチになってるのがわかる。 たかが卓球...たかがゲーム...たかがお遊び...... そんな風に考えるのに、どうにも首から肩の周りが固い。 ビデオの本番の方がずっとリラックスできてる自信がある。 「大丈夫だって。要はホームランにさえなんなきゃいいんだから」 ......こんな時ってさ、そういう言い方は良くないと思うんだ。 ほら、あるじゃない? 『これだけは絶対やっちゃダメ』って言葉にされた途端、暗示かおまじないみたいに必ずそのダメな事やっちゃうって。 ダメだぞ、ダメだぞって意識し過ぎちゃうっていうのかなぁ...... 「うっそ...だろ?」 充彦が俺を見る目は、決して非難の色は含んでいない。 ただひたすら、残念な子を見るようにポカーンとしてる。 それは慎吾も航生も同じで、レシーブの為の格好のままカキーンとその場に固まっていた。 時間が止まったみたいな空間の中、コンコンコンコンと乾いた音だけが小さく響く...構えた慎吾の遥か後ろの方で。 「なんでもできる器用な勇輝くんが...もしかして...いやいや、もしかせんでもメッチャ不器用......」 「ってか、力加減が...バカ?」 呆気に取られたまま、ネットの向こうからポツリと呟きが漏れる。 いや、俺自身何が起きたのかよくわからず、自分の手をじっと見た。 ちゃんと当たった。 手応えがあったんだ。 ピシッと気持ちよくピン球がラケットの表面に弾かれた感触が、しっかりと。 うん、そう、わかってる、わかってる しっかりまともに当たったから、目がボールを追うよりも早く天井と卓球台と、そして床からカンカンコンコンて音がしたんだ。 「ありゃりゃ...ちょっと力が入り過ぎたな。表面にはラバーが貼ってあるんだから、まともに当たっちゃうと自分が考えてる以上に跳ね返るんだよ。だからラケットは振らなくていいから。こうして、チョンて当てるだけで大丈夫」 充彦だけはすぐに顔を戻し、俺の後ろに回ると右手をそっと重ねてきた。 「たぶんね、動かすのはこんなもんで大丈夫。これでちゃんと前に向かって飛ぶから...な?」 手を重ねたまま、ラケットをほんの少しだけ前に押し出す。 薄い生地を通して感じる充彦の体温。 包み込まれてるように思うのは、俺の体だけじゃない。 優しい言葉、大きな手、そして時折耳にかかる温かい吐息... ああ...やっぱり俺、充彦が好きだなぁ...... 「うん、わかった? じゃあ、もう一回サーブしてみよっか?」 台の下から予備の球を取り出そうと充彦が腰を屈めた所で...『ピーッ』と驚くほど大きな口笛が響いた。 慌てて音の方を向くと、人差し指と中指を咥えた山口さんが審判よろしく、空いた左手を大きく振っている。 「すっごい音だねぇ。口笛、上手」 「そう? 俺、大学が沖縄だったから、カチャーシー踊るのに覚えさせられたの。なかなかいい音でしょ? ......って、違う違う、そうじゃないから」 「何、どうしたの?」 「今の、サービスミスで航生くん・慎吾くんチームのポイント」 「えーーーっ!? 打ち直しさせてやってもいいじゃん!」 「ダメ~。ダブルフォルト制なんて話はルールにありませ~ん」 ラリーもなんもなく、あっさり俺がミスした事が相当嬉しいらしい。 今にも口笛を吹きつつ踊り出しそうなテンションで例の箱をバンッと卓球台に置いてきた。 「はい、勇輝くん引いて!」 ミスしたのは本当だし、充彦がサーブのチャンスは2回とか決めてなかったのも事実。 「これって連帯責任?」 「ま、俺はどっちでもいいけどね~」 「じゃあ、ミスした人の単独責任にしよう」 「おい、勇輝...別に連帯責任でも......」 「いや、本人のみの責任にする方が面白くない? その方がビデオ見てる人も楽しいって。まあ、俺とか航生が集中して罰ゲーム受ける事になるかもしれないけど、ゲームってそういうもんじゃないの?」 「は~い、大丈夫で~す。まあ引いてもらえればわかるけど、これってば必ずしもミスした人だけの罰ゲームじゃないんだなぁ...うひひっ」 ミスした人だけの罰ゲームじゃない? どういう意味だろう? チラリと隣を窺うが、充彦は小さく首を竦めただけだった。 山口さんは『早く、早く』と箱のてっぺんを叩いている。 これはもう、引いてみなけりゃわからないって事だよな? 俺は意を決して箱に開けられた穴へと手を突っ込んだ。 慎吾と航生も、それを食い入るように見ている。 そりゃそうだ。 次にミスすんのはたぶん航生だろうし。 思ってた以上にたっぷりと入ってる紙の中から、一枚を指に挟む。 それをそっと取り出すと、文面を見る前に山口さんに差し出した。 「は~い、では記念すべき最初の罰ゲームを発表しま~す。『パートナーの浴衣の胸元を強引に開き、乳首にチュー』で~す!」 ......はい? 「なんの冗談?」 「ガチよ?」 俺以上に焦った様子の充彦が、山口さんの手から紙をふんだくった。 充彦の肩越しに俺もそれを覗き込む。 そこには山口さんの手書きらしい案外整った文字で『パートナーの浴衣の胸元を強引に開き、乳首にチュー』と本当に書いてあった。 「これ...誰への罰ゲームだよぉぉぉ」 「まあ、やらされるんだから勇輝くんなんじゃない?」 「いやいや、やらされる人よりもやられる人のが恥ずかしいとか、俺への罰ゲームとしか思えないじゃん!」 んふっ...んふふっ...... 卓球は下手くそでも、こんなノリなら任せとけ! 俺はニッコリ笑いながら、問答無用で充彦の浴衣の合わせ目へと手をかけた。 「充彦、ごめんね。ほら、これは俺の罰ゲームだからぁ」 「い、いや、だからこれじゃ俺の罰ゲームみたいに......」 慌てる充彦をものともせず、俺は胸元をガバッと力任せに左右に開いた。 綺麗な首筋から鎖骨、そして小さな乳首が露になる。 もうそのパーツのバランス自体が絶妙すぎて、それだけでうっとりしてしまう。 おまけにそれが、半端にはだけた浴衣の間から見えてるって事が堪らない。 「ほら、充彦諦めて。罰ゲーム終わらないと卓球再開できないんだから」 ヤバい...俺ちょっと変なスイッチ入ったかも。 たぶん充彦がこんなに色っぽいから悪いんだな、うん。 元々最初に『ホームランにさえしなけりゃいい』なんてプレッシャー甘えるからこんな事になったんだ。 そうだそうだ、そういう事にしておこう。 卓球が再開できないと言われて、渋々大人しくなる充彦。 俺は現れた胸元にゆっくりと顔を近づけ胸いっぱい充彦の匂いを吸い込むと、山口さんのカメラを意識しながら伸ばした舌で乳首を包み込んだ。

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