353 / 420
サービス、サービス【12】
さっきまでは結構入ってると思ってたはずのあの恐ろしい紙。
けれど、底に当たる所まで腕を突っ込んでも一向に紙が指に触れない。
「なんも無いじゃん」
からかわれたのかと少しムッしてると、山口さんはさっきまでのギラギラが嘘のような爽やかな顔で胸元をポンポン叩いてニカッと笑った。
「散々ゲームした後のラスト罰ゲームに...って、実はこれだけ別に用意してたんだ。まさかあの一番エグいの引かれるとは思わなかったんだけどね。もし3分で成功してても、これだけは最後だからヨロシク!ってお願いするつもりだったんだ~」
俺、一番エグいの引いてたのかよ......
でしょうね!
唯一無傷のはずだったのに、いまや一番ボロボロの自信がある。
見た目も体も心も!
てかね、ちゃんと誰かが引き当てる可能性を考えた上で罰ゲームは作ってよ......
「俺ね、マジでもう何もできないから。正直、さっきの慎吾よりかなりひどいよ?」
「いやいや、別にまた卓球しろってわけじゃないから大丈夫大丈夫。オナニーに続いてまな板ショーもやって!なんて言うつもりも無いし」
「まな板って...そんなもん、誰とすんだよぉ......」
「ウフッ、実はこの中に、俺と擬似まな板ショーって罰ゲームもあったんだよ~」
別に俺がそれを引いたってわけでもないのに、充彦がゴツンと音がするくらいの力で山口さんの頭に拳骨を落とした。
両手でそこを押さえた山口さんが、ギロッと涙目で充彦を睨む。
「してないじゃん! 結局してないんだし、勇輝くんとするとは限らないでしょ! 引いてたの慎吾くんかもしれないんだし!」
今度はその押さえた手の上から、同じくゴツンと航生が拳を落とす。
ジーンと遅れて痛みがきたのか、山口さんは『ひど~い』なんて言いながらしゃがみ込んだ。
しかし、山口さんにとってのまな板ショーの相手は俺か慎吾なわけね?
充彦と航生は論外なんだ?
......て事は、俺とか慎吾だと男でもイケるって事かよ。
さすがはAVメーカーの社員ってとこ?
性に関してはほんと自由なのね。
「そんなひどい罰ゲームじゃないのにぃぃぃ。あんまり俺をいじめると、ひどい罰ゲームに変えちゃうぞ!」
「もう一回ゴツンていかれたくなかったら、そのひどくないって罰ゲーム、先に確認させてもらおうか」
「なんか俺らの性格上、読み上げられちゃうと『これもファンサービスだ』ってやりかねないですもんね、どんな内容でも」
でっかい二人があんまり大きくない山口さんを両側から挟み、ちょっと怖い顔でニーッと笑い合う。
さすがの迫力にビビったのか、ムスッとしながら山口さんは胸ポケットから一枚の紙を取り出した。
充彦がそれを開くと、肩口から航生が覗き込む。
文字をゆっくり目で追ううちに充彦の顔は柔和な笑みを浮かべ、航生は少し頬を赤らめた。
......え?
何、何?
何書いてあるの!?
満足そうな顔のまま、充彦はその紙を山口さんに返した。
「どうよ、ひどくないでしょ? ってか、最後に素敵な罰ゲームだと思わない?」
「そうだね。あの極悪罰ゲーム連発させた山口さんとは思えないわ」
山口さんの得意気な様子も、充彦の表情の意味もまったくわからない。
けれど、一先ずあまり怖がる必要もなさそうだという事だけはわかり、少し体の力が抜けた。
......アソコの力はちっとも抜けてませんけどね。
「じゃあ、最後の罰ゲームを発表します! 『あなたのパートナーへの思いを、パートナーに精一杯の気持ちを込めて伝えてください。ただし、好きと愛してるは使ってはいけません』」
えっと...今、ここで!?
俺が充彦に!?
それはちょっと...なかなか...恥ずかしくないか?
それもこんなにチンコ、ギンギンで。
「せめて、晩御飯食べてからとか」
「今です!」
「チョー勃起してるんですけど」
「ま、それも味&ファンサービスって事で」
これこれ、この『ファンサービス』の言葉に弱いんだってば...航生も言ってたけど。
充彦は、俺が何て言うのか楽しみで仕方ないって嬉しそうな顔をしてる。
でも、好きとか愛してるって使えないんだろ?
それ以外に俺の気持ちを伝えられる言葉なんてあるのか?
「山口さん、制限時間は何分?」
俺の質問に、山口さんは笑いながら小さく首を振った。
「こんな大事な罰ゲームに制限時間付けるほどバカじゃないよ。ゆっくり考えてよ...一番勇輝くんらしい言葉」
ああ、そうか...これは充彦への言葉であり、同時に俺達のファンの人達への言葉でもあるんだ。
俺と出逢い、付き合った事で男優としての仕事が続けられなくなった充彦。
それでも、メディアに出てくれさえすればいいのだと応援を続けてくれていたファンの人達の前から、その充彦が姿を消す...俺との未来の為に。
だからこそ、ちゃんとこのビデオを見てくれてる人の前で精一杯の思いを伝えなければいけない。
好きだの愛してるだの、そんなありきたりな言葉ではなく......
「充彦......」
まだ思うようにはならない体で背筋を伸ばす。
ちょっと腰は引け気味だとは思うけど、それでもできるだけピーンと。
「これからもずっと...俺を隣にいさせてください。俺の家族でいてください」
誰もいない。
そう...充彦がいなければ、俺には誰もいなかった。
大切にしてくれる人はいっぱいいたけど、誰も家族なんかじゃなかった。
俺にとって初めてできた家族...部屋の、家の、腕の中の温かさを教えてくれた、命よりも大切な人。
「これからも美味しいご飯と美味しいお菓子を作ってください。俺も美味しいご飯作ります。ずっとずっと家族でいてください。ずっとずっと...同じ景色を見させてください」
出会ってからの時間が、まるで走馬灯のように一気に甦る。
幸せで温かくて、最高に気持ちのいい時間のすべてが。
なんだかちょっとこめかみが痛くて瞬きを繰り返すと、まるで押し出されるみたいに涙がグッと上がってきた。
止めないとって思う間もなくそれは溢れ、そのまま止まらなくなる。
「おいで、勇輝」
目の前で長い腕を大きく広げる充彦。
そこは俺だけの場所。
俺だけが温もりを得られる、大切な居場所。
迷わず飛び込む。
長い腕は、俺を苦しいくらいにきつく抱き締めてくれた。
「俺こそ、これからもずっとお前の隣で眠らせて、ずっと一緒にいさせて。んで...俺から絶対に離れないで。俺も絶対離さないから」
なんだよこれ...チンコ勃たせてパンツ湿らせたそこそこデカイ男二人、泣きながら抱き合ってるとかコントだよ。
......全然笑えないコント。
でも嬉しくて幸せで、溢れてくる涙が止まらない。
「罰ゲームになんないけど、やっぱり言わせて。充彦......大好き!」
ちょっと背伸びしてその唇に俺の唇を重ねると、離さないの言葉の通り俺の後頭部がグイと強く押さえられ、俺達の唇は更に深く合わさった。
ともだちにシェアしよう!