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クールダウン&ヒートアップ【充彦視点】
ふざけた卓球がようやく終わった。
散々な目に遭ったけど、なんとなく楽しかったって言えば楽しかったような気もする。
何より勇輝が俺を『家族』って呼んでくれたのがびっくりだわ感動するわ......
だって、家族だよ!?
ただの恋人じゃなくて家族。
勇輝がずっと、ずーっと求めて探してた存在。
勿論俺は勇輝の事を唯一無二の存在だって思ってるし、大切な恋人で一生涯のパートナーなのは間違いない。
勇輝だってそう思ってくれてるのはわかってたつもりだ。
けど、心の内では考えていたにせよ、お互いの間であんなにはっきりと『家族』って言葉が出たのは...初めてなんじゃないだろうか。
俺を家族と呼んで泣いた勇輝は、下品極まりない罰ゲームこなした後だなんて思えないくらいに綺麗で可愛くて、思わずギュウギュウ抱き締めて、ずっとチュッチュチュッチュしてた。
航生に止められなかったら、その場で卓球台の上に勇輝を乗せて覆い被さってたかも。
......やらないよ?
うん、さすがにそこまではね。
ここ友達のホテルだし、迷惑かけるわけにはいかないし。
まあ、たぶんだけど。
キスを止められた事で、下半身はともかく頭は少しだけ冷静になり、部屋に戻る準備を始めた。
まあなんせみんな、前がはだけてるわ全部脱ぎ捨ててるわでどうにもならない。
当初着崩れは勇輝がここで適当に直すって話だったんだけど、その肝心の勇輝が今や半分腰砕けのヘロヘロだ。
まともに力も入らないんだから、着付けなんてできるわけない。
こんな状態でわざわざ匠の奥さんに来てもらうわけにもいかず、食事の前に改めて綺麗に着直せばいいだろう...というか、今は他に手段が無くて、全員一旦元の洋服に着替えた。
そんな中、まだ熱が体の中に燻って悶々してるはずの勇輝は、卓球台を使いながらみんなの脱いだ浴衣をササッと美しく畳んでいく。
『皺になったらこの後着られないもんね』なんて当たり前の顔してるけど、なかなか和服をあのスピードで畳める人はいないと思うんだ。
それも、あの下半身事情で。
無駄の無い動きとしなやかな指先に、俺はまた勇輝に惚れ直す。
なんか、毎日毎日どこかで何かに惚れ直して、毎日毎日好きが増えていってるよな......
「山口さ~ん、この後の予定は?」
どうにか回復したらしい慎吾くんが、プレイルームを片付け始めた山口さんに声をかけた。
手伝おうと駆け寄る航生を、山口さんはニコリと笑って制止する。
「ここはいいよ、俺やっとくから。この後はね、実は黒木くんに聞かないとわかんないんだなぁ。まあ晩飯までには少し時間あると思うから、ちょっと休憩できるはずだよ。ブツ撮り自体は終わってる頃はずだし、悪いんだけど一回確認してみてくれる?」
「終わってるとしたら、黒木くんがいるのって部屋かな? こっちの建物だよね? 番号知ってる?」
「部屋番号は知ってるけど、たぶん部屋には帰ってないよ。フロントの喫茶スペースにいるんじゃないかな」
片付けは本当に手伝わなくていい...と半ば強引にそこを追い出された。
航生はいつまでも『手伝わなくていいのかな? 本当に?』って後ろを振り返る。
あれはたぶん、山口さんなりの気遣いだ。
無茶な罰ゲームでも、怒って笑って煽って、俺らなりの精一杯を見せた事への。
過剰なくらいのサービスカットもたんまり撮れたはずだ。
疲れてるだろうから、今は少しでも体を休めて欲しいと思ってくれたんだろう。
航生の肩を叩いて、俺達は遠慮なくそこを後にした。
エレベーターで1階に戻り、グルリと見回す。
山口さんの予想通り、黒木くんはフロントの一角に設けられてる喫茶スペースの一番隅っこで、パソコンを開いて何やら作業をしていた。
どうやら、今日撮影した画像のチェック中らしい。
その顔は穏やかで安心しきったように見えるから、きっと満足のいく写真が撮れてるんだろう。
「撮り直ししなくても良さそう?」
食い入るように画面を覗きながら指先だけを動かしている黒木くんに、後ろからそっと声をかける。
本当に丸っきり俺達の存在に気づいてなかったのか、その体はわざとらしいくらいにビクンと跳ね、テーブルの端に寄せてたコーヒーがパチャンと溢れた。
「そんな驚かなくても......」
「あ、いや、あっ、すいません...俺ほんとに全っ然気がつかなくて。ビデオの方の撮影、もう終わったんですか?」
「ん? 終わった終わった。もうねぇ...色々大変だったんだから」
「そうなんですか? あれ? そう言えば浴衣に着替えてるんはずじゃ...夕食の写真、浴衣で撮ろうと思ってたんだけど......」
「ちょっと紆余曲折ありまして。なんなら後から山口さんにビデオ見せてもらってよ、ほんとすごかったんだから。あ、勇輝が着付けできるから、この後の浴衣での撮影は問題ないから」
「それで、撮り直しとか大丈夫ですか? 俺、温泉では少しはしゃいじゃったから...」
「あ、お風呂の写真は問題ないです。本当にいい写真になりましたよ。人を撮るのは慣れてますからご心配なく。今はね、まだあんまり自信無いお料理の方の写真のチェックしてたんです。これもまあ...大丈夫だと思うんですけど、一応編集部に送ってお局様達の評価待ちって感じですね」
黒木くんの後ろからパソコンを覗き、並んだ写真を次々開いていく。
匠が作ったのであろう写真の中の料理は、どれも色鮮やかで間違いなく旨そうだ。
「あ、ここに写ってる料理はあくまでも一般のお客さん用ですからね。今日皆さんに出してくれるのは、貴賓室専用のスペシャルディナーらしいですよ。まあ、貴賓室用っていうより、友達に最高の料理を食べさせてあげたいだけって社長は笑ってましたけど」
「......そうか。わざわざ俺らの為に別の料理作ってくれてるんだ?」
「みたいです。あ、それで夕食の時間なんですけど......」
黒木くんの口から出た本題に、みんなで取り囲むように椅子に腰を下ろす。
黒木くんは一度チラリと腕時計を確認してパソコンを閉じた。
「社長、皆さんとやっぱりいっぱい話がしたいそうで、ちょっとお願いされたんですけど......」
「お願い?」
「今日は、さっき入った団体さん以外にお客さんはいないんで、そのお客さんの食事が終わる頃にレストランに来て欲しいそうです。少しだけ遅くなっちゃうんですけど、そのお客さんがお部屋に戻ったらレストラン閉めて貸し切りにしちゃうから、そこからみんなで飲みませんか?って」
「俺らは別に...ねえ?」
「黒木くんはいいの?」
「もう通常のディナー分の撮影は終わってますからね、あとは皆さんが美味しそうに食事してる写真さえ撮っちゃえば、僕もご相伴に預かりますから。あ、でもまだ明日も撮影あるんですし、飲み過ぎてへべれけは止めてくださいね。浮腫んで撮影にならないとかはナシですよ?」
「まあ、慎吾くん以外は大丈夫だろ。あ、勇輝はほとんど今日寝てないんだからあんまり飲むなよ? じゃあ、今日この後はどうしたらいいのかな?」
「はい、さっきも言ったように皆さんの食事のスタートはちょっと遅くなりますので、9時にレストラン前に集合にします。あ、浴衣お願いしたいんですけど...ほんとに大丈夫ですか?」
ちょっとだけ顔が疲れだした勇輝が、それでもニコリと穏やかに笑う。
「一人20分もかからないと思うから、余裕もって...7時半に俺らの部屋に集合ね。浴衣は俺が預かっとくわ」
7時半か...今からだと2時間ほど。
それだけあれば仮眠も取らせてやれるだろう。
「んじゃ、俺ら一回部屋に戻って休憩するわ。なんかあったら声かけて」
そうと決まれば1分1秒も惜しい。
とにかく早く勇輝を休ませてやりたい。
俺が立ち上がると、全員が一斉にそれに倣う。
「んじゃ、また後でね」
それだけ言って一度誰もいないフロントに小さく頭を下げると、俺達はあの豪華な部屋へと向かった。
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