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クールダウン&ヒートアップ【2】

俺が全員分の浴衣を、航生が帯や紐などの小物を持って前を歩く。 勇輝と慎吾くんは俺達の少し後ろを、のんびり手を繋いでついてきた。 時々コソコソと何やら耳打ちをしては、照れたように小突いたりほんのり頬を赤らめたり...... 必要以上にくっついてるよなぁ...相変わらず。 それでもそれをちっとも不快には思わないんだけど。 どうやら航生も同じらしく、ちょっとずつ遅れてくる二人を振り返って待ちつつ、その顔はひどく優しくて...男らしい。 「相変わらずアイツらは仲良しだねぇ」 「本当に。あのまま二人で同じ部屋に帰らなきゃいいんですけど」 「おおっと、それは困るなぁ」 それぞれの腕の中に戻ってくるのがわかってるからこそ出る軽口に二人して笑ってみる。 俺達が黙って待ってるのにようやく気付いたのか、勇輝と慎吾くんが慌てるように小走りになった。 「急がなくていいですよ。まだちょっと辛いでしょ?」 驚くほど甘い声で航生が言うと、それだけで慎吾くんの目が潤んでいく。 トトトッと駆け寄ると、帯を持ったままの航生の腕の中にポフッと飛び込んだ。 「航生くん、好き......」 「ど、どうしたんですか、いきなり」 「ん? 勇輝くんとね...ちょっと色々話してて...やっぱり航生くんてめっちゃかっこエエなあって思ってた時にちょうどあんな声で呼ばれたから...なんか急に『好き!』って言いたなってん」 「......俺も大好きですよ」 見つめ合って指を絡ませて、ガッツリ二人の世界に入りそうな気配を漂わせだしたから、とりあえず航生の頭をガスッと殴る。 「イテッ」 「イテッじゃないわ。イチャイチャしたけりゃ部屋でやれ、部屋で。ほら、帯寄越せよ。こっちは早く帰って、時間ギリギリまで勇輝寝かしてやりたいんだから」 「......どうせ寝かせないくせに」 「あぁ!? なんか言ったか?」 「いいえ、別に! じゃあ、7時半には部屋行きますからね。すぐに出てきてくださいよ! スッポンポンとか無しですよ!」 「勇輝を休ませるんだっつってんだろうが」 航生は俺に帯一式を押し付け、当たり前みたいに慎吾くんの肩を抱くと向かいの部屋へと入っていった。 「帯だけでも俺が持つよ」 隣から伸びてきた手をサラリとかわす。 「これくらい平気だから。勇輝は部屋開けて」 勇輝はそれに頷き俺のポケットからカードキーを取り出すと、先に前へと進んで扉を開ける。 続いて中へと入ると、入り口の鍵がガチャンと音を立てるのだけ確認し、真っ直ぐに目の前の襖を抜けた。 そこは俺達が部屋に入った時に荷物を置いた和室。 到着はしたものの、ちょっと慌ただしくて部屋の中を見て回るだけの時間が無かったから気づかなかったけれど...ここはいわゆる『客間』ではないのかもしれない。 本間で8畳ほどか。 普通の旅館ならば、ここがメインの和室でも特におかしくは無いだろう。 実際そこにはテーブルもあるし、お茶入れも備えてある。 しかしここは『特別室』で『スイートルーム』で『貴賓室』のはず。 そこのメインルームがこの8畳間だけとなると、さすがに匠の手腕を疑わざるを得ない。 案の定、そこからさらに襖は続いていた。 「てっきりここが客間だと思って普通に荷物置いたけど...どうもこっちはお付きの人かなんかの控えの間みたいだな」 「控えの間? ってか、こっちって?」 ありとあらゆる贅沢を見てきたであろう勇輝でも、さすがにここまでのVIPルームに泊まるのは初めてか。 荷物を置いておくにはちょうどいいかと俺達のカバンの上に浴衣をそっと乗せ、そのまま部屋の隅に寄せる。 ようやくスッキリ空いた手で、次へと続く目の前の襖を勢いよく開いた。 途端にフワリと新しい藺草の香りが鼻を擽る。 目の前には、美しい若草色の畳が一面広がっていた。 「......へっ?」 呆気に取られたような勇輝の顔。 たぶん俺も似たような顔をしてたに違いない。 そこに広がるのは想像以上の空間だった。 青々とした畳の数は、ざっと見て30では到底足りない。 その真ん中には、まるでそれ一つで宴会ができるんじゃないかって長さの座卓が鎮座している。 で、この座卓がまたちょっとすごい。 その長さ、その幅にも関わらず天板には一枚板が使われているのだ。 一体樹齢が何年になればこれほど大きな板が切り出せるのやら。 それを支える脚には、これまた見事としか言い様のないほどの細かい細工が施されている。 濃い渋に美しく深い艶。 家具には決して詳しくはないが、この座卓だけでうちのマンションの数ヶ月分の家賃になりそうだった。 メインの和室に続いた先には、同じほどの広さの洋間。 そちらにはキャメルブラウンの大きなソファーセットにグラステーブルが置いてあり、隅にはバーカウンターらしき物まで見えた。 「......すごい...充彦の友達、すごいねぇ......」 まったくだ。 この貴賓室は本当にすごい。 和室とリビングだけじゃない。 メインルームがこの広さならば、おそらくは他に寝室も2つはあるだろうし、さらに専用の露天風呂が付いてるなんて話もしてたはずだ。 調度品も、ざっと見回しただけで恐ろしく高級な、けれど華美なわけではない本当に品の良い物を揃えてあるのだとわかる。 この部屋はすごい。 しかしそれだけじゃなく、このクラスの部屋で迎えなければいけない程のVIPが泊まりにくるという事こそがすごいのだ。 それがこの宿の料理に惚れたのか、心遣いに惚れたのかはわからないけれど。 「ほんと...俺の友達ってすげえな」 和室を抜け、リビングへと足を踏み入れる。 グルリと中を見回し、そっとソファーに触れた。 「当たり前だけど、総皮張りだわ」 「うん、たぶんカッシーナだね...いい皮使ってるなぁ......」 「いつかはうちも、こんな家具で統一したいもんだねぇ」 グルリと見回せば、和室側に一つとリビング側に二つ、まだ開けていない次へと続く入り口がある。 和室側の襖の向こうは寝室だろうか? じゃあ、リビングの扉の片方が浴場で、もう片方が洋風の寝室? いや、なんかもう部屋の造りがすごすぎて今一つ想像がつかないな。 まずは見てみないと...と足を出そうとしたところで、突然腕が引かれてグラリと体が傾く。 え?と思う間もなく、俺は柔らかく大きなソファーの上に倒れ込んでいた。 慌てて起き上がろうとして、覆い被さってきた勇輝にそれを阻まれる。 「いつまでお部屋探検して遊んでんの?」 甘く淫らに、小さく震える声。 どこでスイッチが入ったんだ? いや、燻っていた体の中の熱がただ消えてなかったってだけだろうか...... 勇輝のその声は、間違いなく欲情に濡れていた。 「充彦...好き......」 ゆっくりと赤い唇が近づいてくる。 頭ではダメだとわかってるのに...勇輝を少しでも休ませてやらないといけないと思っていたのに...... その唇が触れる前に、俺は目の前の体をきつく抱き締めていた。

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