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大切な過去、大切な今【勇輝視点】

体が大きくゆっくりと揺らされる感覚に、深い場所へと沈んでいた意識がジワジワと浮かびあがってくる。 それでも、全身を包む恐ろしく心地よい感触にどうにも瞼が開かない。 「......うき...勇輝...大丈夫?」 耳を擽る、大好きな甘い声。 じきに耳が何やら湿った物に包まれると、その孔に捩じ込まれたネチっという音に驚いて一気に目が開いた。 慌てて起き上がった目の前には、『起きちゃった』と残念そうに苦笑いを浮かべる充彦。 自分で起こしに来ておいて、起きちゃったも何も無いだろうとこちらも苦笑いを返す。 ちょっと過ぎた愛情表現の後、充彦の手で全身を綺麗に清められた俺は、幸せな倦怠感に意識を朦朧とさせたままでベッドルームへと運ばれた。 なんとか意識を保てていたのもここまでで、絶妙な高さと柔らかさの枕に頭を乗せてからは、今この瞬間まで記憶は途切れたままだ。 よほど良いダウンを使ってるのか、素肌に掛けられていた布団は驚くほど軽くて温かく、どうにも珍しい事に『ベッドから出たくない』なんて思ってしまう。 「航生達来たけど起きられそう?」 さすがに悪い事をしたとでも思ってるのか、充彦の長い腕がフワリと俺を抱き寄せた。 羽毛布団よりも心地よいその感触に、ついそのまま瞼を閉じそうになってしまう。 しかし、もう約束の時間だから航生達も来ているわけだし、また充彦から耳に舌を突っ込むなんてイタズラを仕掛けられても困ると、そっと充彦の体を押し返した。 自分の節操の無さも欲の深さにも自信がある。 気持ちはさっきの行為に満足していても、まだまだ体の芯は燻ったままだ。 ここで変に火でも着けられようものなら、おそらく体が疼いてこの後のせっかくの料理の味もわからないだろう。 気持ちをしっかり切り替えねばと、ベッドに座ったままで大きく背伸びをする。 「うん、大丈夫。あんまりこの布団の寝心地良くて、ちょっとグズグズしちゃっただけだから。あ、今度社長さんにこの布団、どこのメーカーか聞いといてよ。値段次第だけど、マジでこれすごい欲しい」 「それはいいけど、たぶん単品でン十万ではきかないと思うぞ。これポーランド製みたいだから、恐ろしく高いやつじゃないかな」 充彦のその言葉に、俺は慌ててベッドから飛び出す。 うわあ、スッポンポンでそんな高級布団に寝ちゃったよぉ...変な汁で汚してたりしないよな? 恐る恐る自分が眠っていた辺りをチェックしだした俺の姿に、充彦がおかしそうに吹き出した。 「あのなあ、宿泊客が普通に寝てて汚す程度の事を弁償しろなんて言われないっての。それに、さっき俺がちゃ~んと隅々まで綺麗にしてやったろ?」 「あ、でも...いや...寝てる間に残ってたのがチョロっとか滲んできてたら......」 「どうせ客が帰るたびに特別なクリーニングには出すんだし、細かい事気にするなって。その程度の事気にしてたら、夜いっぱい可愛がってやれないだろうよ。ほんと、時々変な所でビビりだなぁ......」 投げられたパンツを穿きながら、やっぱり少し不安でもう一度布団を覗いてみる。 とりあえず目視でわかるような染みは無かった事に、はぁぁぁっ...と大袈裟なくらいのデカイ溜め息が出た。 「夜は、なんか部屋に余分なくらいタオル置いてくれてるってわざわざ教えてもらったから、勇輝が心配しなくていいようにちゃんとしっかりタオル敷いてやるって」 呆れ半分みたいな顔で、だけど優しく充彦に改めて抱き締められて、俺はようやくちょうどだけ安心してまた大きく息を吐いた。 ********** リビングに行くと、航生はフカフカのソファにしっかりと深く座っていた。 その肩に凭れかかってる慎吾は、ひどく疲れた様子で目を閉じている。 充彦が少し心配そうに声をかけようとするのを一先ず制した。 慎吾の疲れてる理由は一目瞭然だ。 だって、その全身には俺と同じ空気を纏ってる。 良く言えば『匂い立つような色気』、悪く言えば『あからさますぎる、駄々漏れのエロさ』ってとこか? 二人も、部屋に戻った所でお互いへの欲が抑えられなくなったんだろう。 俺らは、俺が睡眠不足って事もあったから挿入まではいかなかったけど、たぶん航生と慎吾はガッツリ繋がったんだと思う。 いつもと違う場所で、直前まで変に興奮を煽られて...あれで何もするなって方が酷な話だ。 特にあいつらは、まだまだ始まったばっかりの関係なんだし。 それを理解した上でも、下手に充彦が声をかけるとそこから『仕事前なんだから、少しはわきまえろ!』なんて航生へのお説教が始まり兼ねない。 違うんだよなぁ...これは航生が悪いわけじゃない。 そう、俺達の行為がスタートは俺だったように、あいつらのきっかけはきっと慎吾だったはずだ。 慎吾の望みを叶える為の行為...そこに航生自身の昂る思いが重なっただけ。 俺達とまるっきり同じ。 だからほら...慎吾は疲れて目を閉じてはいるけど、あんなに幸せそうだ。 慎吾にあんな可愛い顔をさせてくれた航生を、理不尽なお説教でシュンとさせるわけにはいかない。 「慎吾!」 今はちょっとだけしっかりして見せろと少しきつめに声をかけてみる。 案の定開かれた瞳は甘く揺れていて、まだまだ行為の余韻が残っているらしい。 「ほら、お前から着付けするからこっち来て」 俺の声に慎吾は頷くと、航生の肩を支えにゆっくりと立ち上がった。 さすがに多少は加減したのか、それとも航生のセックスが上達したのか、歩く様子に体を傷めている気配は無い。 その手を取り、並んで浴衣を置いてある和室へと向かう。 「気持ち良かった?」 首筋まで桜色に染まっている姿を見てると少しだけからかってみたくなって、服を脱ぎ始めた慎吾の背中に向かって声をかける。 一度ピクンとその背中が震えると、今度は頬を赤くしながら振り返り、精一杯の強がりで笑みを作った。 「勇輝くんもね」 お互いの考えも行動もバレバレだとちょっとおかしくなって、俺もちょっと頬が熱くなるのを感じながら慎吾の前髪を優しく梳いてやった。

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