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大切な今、大切な過去【2】

全員の着替えを終えた頃には、風呂やらシャワーやらに入ったのがまるっきり無駄だと言わんばかりに汗だくになっていた。 そんな俺の様子に、さりげなく充彦が首の後ろの汗をタオルで押さえてくれる。 どうやら冷蔵庫のミネラルウォーターで濡らしてくれたらしく、キーンと冷えたそのタオルのおかげでスッと一気に体の火照りは収まった。 そのタオルでついでに額と胸元の汗も拭ってしまうと、裾や衿を直して立ち上がる。 「おっしゃ、んじゃ旨いモン食わせてもらいにいきますか?」 充彦の声に合わせて隣へと立った航生。 二人の立ち姿を改めて見て、部屋を出ようとする充彦を止めると急いで浴衣の乱れを直す。 わりと筋肉でがっちりしてる俺、全体的にそれほど華奢過ぎない慎吾と違い、まあとにかく充彦と航生の着付けには苦労した。 トレーニングで筋肉を付けたとはいえ、充彦はやはり元々の骨格のせいなのかとにかく細い。 航生は、充彦に比べれば肩幅も広いしがっちりとして見えるのだが、やっかいな事に極端にウエストが細い。 これはただ痩せてる充彦よりも、実は和装を綺麗に見せるのが難しかったりする。 帯がずれるせいで着崩れもしやすいし、そのまま普通に帯を締めた所でまったく色気は出ない。 細身が過ぎると浴衣が似合わない...の典型のような姿になってしまった為、仕方なく充彦と航生の腹回りにはタオルを詰める事になった。 とは言え、それでも着崩れしやすいのは変わらないから、できるだけマメにチェックはしてやらないといけない。 飯を食う時はともかく、せめて撮影の間は目一杯の男振りを見せてやるのもプロとしての努めだろう。 俺はもう一度二人のタオルの位置を直して袷と胸元を整えると、目の前でぐるりと一周回ってもらってようやくその出来に頷く事ができた。 ホテルで用意してくれている下駄を履き、4人で部屋を後にする。 そのままこの離れへと入ってきたのとは逆の出口...本館へとぐるっと回り込むように続く回廊のような渡り廊下をゆっくりと進んだ。 もうこの時間になるとさすがに寒い。 山の中で、おまけにすぐそばでは清流が音を響かせているような場所なんだから、それも当たり前だろう。 秋というよりはすっかり初冬の気温まで下がった空気に、自然と体がブルッと震える。 「勇輝、大丈夫? かなり寒い?」 「あー...うん、今日のとこは平気って事にしとく。まあ、浴衣での撮影も残ってる事だしね。明日は様子見て、茶羽織かなんか着るようにするよ」 俺達の会話が聞こえてるのか聞こえてないのか、航生は慎吾の手を取りしっかり指を絡めると、その繋いだ手を自分の袂へと収めていた。 あんまり袖を引っ張るとまた着崩れちゃうんだけどな...なんて思いながらも、航生のさりげない優しさや、まるでウブな中学生のように首を竦めて照れる慎吾の可愛さが微笑ましくて、注意するのも野暮かと口をつぐむ。 「羨ましいなら俺もやってやろうか?」 端からそんなつもりも無いくせに、面白そうに充彦が笑った。 物欲しそうにでも見てたんだろうか? 「羨ましくないから結構です。あんな事してたら充彦の浴衣まで崩れて、また直さないといけなくなるだろうよ」 別に充彦が『甘い空気』を嫌がってるなんてわけじゃない。 俺だって勿論。 だけど、もし俺が本当に寒くてどうしようもないと判断したら、いつの間にかさりげなく消えて部屋に戻り、黙って羽織る物を持ってきてくれる男だってわかってるだけだ。 今はその時じゃないとお互いが考えただけだ。 航生達みたいな青臭い行動に憧れないわけではないけれど、それをするなら今ここでなくていい。 充彦がちゃんと優しくて、ちゃんと俺をデロデロに甘やかしてくれてるなんてのは...俺だけが知ってればいい。 暫く慣れない下駄でゆっくりゆっくり廊下を歩いていくと、ようやくこのホテルの売りだというレストランへと着いた。 ちょうど聞いていた団体客の食事が終わった所らしく、随分と年齢層の高いグループがけたたましい笑い声を上げながらそこから出てくる。 あの年代の人ってのは、なんであんなに無駄に声が大きいんだろう...近所のモールやスーパーに買い物に行った時の不快さが一気に蘇ってきた。 「こら、綺麗な顔から皺が取れなくなるぞ」 少し背中を丸め俺に目線を合わせると、ツンと額を人差し指で突いて優しくスゥーッと目を細める充彦。 ......ほらな、急にこんな甘ったるい事したりもする...俺がすぐ機嫌直るってわかってるから。 なんか、充彦ってやっぱりカッコ良くて...ズルい。 子供扱いするようなそれがちょっと恥ずかしくて、でも自分を本当によく見ててくれてるんだって嬉しくて、俺はわざとそっぽを向いた。 「お疲れさまで~す」 不意に、さっきまで散々聞いていた少し調子の良い声が聞こえた。 入り口付近に暫く留まっていた団体の波が去っていくのと同時に、俺達に向かって振られていたらしい手がようやく見える。 「お疲れさまです。待たせちゃいました?」 「いやいや、全然よ。あの団体が見えたから、俺そっちの喫煙ルームに避難してたし」 「わ、ほんとにちゃんとみんな浴衣着てる! 勇輝くんてすごいんですねぇ...みんな半裸になってたのに」 ......山口さんのビデオ、見たな? 途端にプレイルームでの失態と、ついさっきまでの痴態を思い出してしまい、ピクッと浴衣の中が反応してしまった。 「んじゃ、みんな揃った事だし...こっからの話は中でしようか?」 充彦が先頭に立ち、レストランのドアを引いて何やら声をかける。 「どうぞどうぞ。ダッシュで片付けるから、みんな入って」 やたら通りの良い社長さんの...匠さんの声に誘われ、俺達はドアの中へと順番に進んでいった。

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