114 / 420
複雑な気分です【勇輝視点】
目覚まし時計の音でスッキリと目が開く。
窓から射し込んでくる光は強い。
幸先がいいな...大切な撮影の初日は、どうやら晴天で迎えられたみたいだ。
甘いバターの香りに誘われフラフラとベッドを降り、リビングへと向かう。
「おっ、おはよ~」
いつも通り、明るい充彦の笑顔。
俺も自然と口許が弛み目尻が下がる。
「イイ匂い。ほんといっつもありがとね。甘えてばっかりでなんか申し訳ないなぁ」
「いやいや、勇輝をそんなに疲れさせてるのは俺ですから。そこはちゃ~んと張本人がお世話させていただきますよ。余計な事気にしないで、勇輝はしっかり休んでりゃいいんだって。昨日は勇輝が作ってくれたでしょ?」
「まあ、それはだってさぁ...昨日は充彦が疲れてたし...」
「ほらね、お互い様。今日はクロワッサンのサンドイッチとビシソワーズですよ~。勇輝の好きなフワフワ玉子も挟んであるからね。はい、座った座った」
実際、気分が悪いとか体が痛いなんて事はないけれど、全身に何とも言えない怠さは残っている。
この休みの間に何度繋がり、何度欲を吐き出したかも定かじゃない。
だからこそのこの倦怠感だ。
でもこれは、幸せの証。
全力で愛し、全力で愛された証拠...本当に、本当に幸せな3日間だった。
俺は素直に充彦に甘えさせてもらい、椅子に腰を下ろす。
それを待っていたかのように目の前には玉子やアボカド、グリルチキンがたっぷり入ったサンドイッチとスープ、それにミルクたっぷりのカフェオレが置かれた。
「うわっ、旨そう...」
「ほい、しっかり食って、今日から頑張ろうぜ。んで、俺あんまり加減してやれなかったけど...マジで体大丈夫?」
『加減できなかった』は嘘だ。
大きな動きでゆったりとした抱き方だったのは、今朝の俺の体を労っての事だろう。
激しさはないけれど、その分穏やかで緩やかな快感が波紋のようにいつまでも続くセックス。
普段の、わけがわからなくなるほど揺さぶられ、体を突き破りそうな程に奥を打ち付けるセックスと比べれば、どちらが好きとは言い難い。
どちらも強い快感と、充彦の熱く激しい思いに包まれる。
ただ昨夜のようなセックスは体を傷付けない代わりに、いつ終わるのかもわからず延々と続く快感で疲労感が増すのは間違いなかった。
『途中で止めてやれなかった』という意味の『加減ができなかった』との言葉なら、なるほどその通りかもしれない。
もっとも、途中で止めようとすれば俺が断固として拒否してただろうから、充彦がどう動いたって結果は同じだ。
どちらにしろ、この幸せな怠さは変わらない。
「痛みがあるわけじゃなし、これくらいの体調はいつもの事だよ。てか、これくらいの方がちょっとアンニュイな雰囲気が漂ってて良くない?」
「そういう軽口が通じる相手ならいいんだけどねぇ...」
少し不安げな充彦を尻目に、俺はクロワッサンを思いきり頬張った。
不安になるのもわからなくはない。
何せ今日から俺達を撮るのは、普段ビデオのパッケージ撮影をしてるような、制作会社のスタッフなんてのとはわけが違う。
世界的に評価されている、超有名な女流写真家。
トップアイドルや一流と呼ばれる女優なんかも『あの人に撮影してもらえるならヌードになっても構わない』とラブコールを送るような相手だ。
それも今回は、俺達の企画ありきでオファーを出したんではなく、彼女の写真集出版の話が出た時に向こうから俺達を指名してきたってのが真相らしい。
カメラマンの問題だけじゃない。
プレッシャーを感じないわけがないのだ...なんせ充彦にとっては、『引退』の為の仕事なんだし。
けど、今から緊張してたって仕方ないとも思うんだ。
俺達には、これまで培ってきた『自由』で『適応力』が求められる現場での経験がある。
彼女の望む俺達の姿がわからないなら、今はただ落ち着いて、普段の自分達を信じるしかない。
「充彦、大丈夫だよ」
「...勇輝......」
「俺ら二人でいれば、たぶん無敵だから」
わざと大袈裟に笑いかけてやる。
「幸せな俺達を撮りたいのか、情熱的な俺達を撮りたいのかはわかんないけどね、どっちにしたって...それは俺達じゃない? 向こうが俺達を撮りたいって言ったんだもん、いつものまんまでいようよ...ね?」
「...そうだよな。相手の名前にビビるとか俺ららしくないっての。怖い物も捨てる物も何も無い、最強バカップルの底力見せてやるか」
「何も無くはないよ。俺達はちゃんとプロとしての実力とプライドを持ってる。度会馨をビビらせて、んであまりのエロさに濡れ濡れにしてやろうぜ」
俺の笑顔を追うように、充彦にいつもの優しくて堂々とした雰囲気が戻ってくる。
「社長来る前に順番に風呂入っとこうぜ」
「一緒でもいいよ?」
「だ~め。ヤりたくなるもん」
「...確かに。さすがに今はまずいね。じゃ、俺先にシャワー浴びてくるわ」
俺が立ち上がると、充彦はちゃんと普段と変わらない顔で食器を片付け始めた。
ともだちにシェアしよう!