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俺のがずっと複雑です【充彦視点】

度会馨だかルルちゃんだか知らないが、その存在が無性に腹が立って仕方がない。 岸本さんと同じで、どうせたかだか昔の客だろう? 勇輝のかつての客にこんな大物がいるって事に多少...いや、本当は結構驚いているけれど、どうせそんな繋がりは過去の物ににすぎない。 わかってる...そんな事はよくわかってるんだ。 けれど、あのくっつきぶりは何なんだ。 今すぐにでも恋人を気取りそうなくらいに媚びて甘えるあの姿にムカつく。 そしてそれを、困った顔をしながらも許している勇輝に。 そもそも、岸本さんにしても河野先生にしても、かつての勇輝の客や知り合いってのは、俺の存在をウェルカムだって言ってなかったか? 勇輝を本当に幸せにしてくれているから、俺の事も同じくらい応援してるとかなんとか。 だけどさっきの度会馨は、明らかに俺に敵意を向けているように感じた。 勇輝に何度抱いてもらったか知らないけれど、こいつにとって『女を抱く』事はただの仕事じゃないか。 過去も現在も、所詮は『仕事』 なのに...自分が傍にいる事こそ正解だと言わんばかりの空気を感じる。 勇輝が手を離してくれないから渋々後を着いて歩いてはいるが、正直もう写真集なんてどうでもよくなってた。 なんなんだよ、度会馨って。 っていうか......勇輝って一体何者なんだ? 今更ながら少しだけ不安になる。 過去は過去だから一切気にしないし、必要も無いなら無理に話さなくても構わない...そんな風に思っていた俺はバカだったのだろうか。 やはりそれぞれ抱えてきた過去の傷は、きちんとすべて話し合うべきだったのだろうか。 本当の勇輝は...俺なんかでは手の届かない場所にいるはずの人間なのかもしれない。 先を進む度会馨に続いて、俺達もキッチンに入った。 さっきの言葉の通り、そこには豪華なダイニングセットが用意してあり、テーブルの上にはティーセットも置いてある。 入って奥の椅子に座った度会馨。 当たり前のように俺はその真向かいに腰を下ろす。 俺の隣に座ろうとした勇輝の腕を、いきなり度会馨が強く掴んだ。 「んもう...勇輝はあたしの隣でしょ?」 甘える口調ではあるが、ひどくきつい目で見つめている。 まるで自分ではなく、俺の隣に座ろうとした勇輝を責めるように。 けれど勇輝はそれに動じる様子もなく、口許に笑みさえ浮かべてその手を払った。 「俺の席は充彦の隣だよ。ここだけじゃない...これからもずっと...ずっとね。俺のいるべき場所は充彦の隣」 「勇輝、あたしが隣に座りなさいって言ってるのよ? いいからあたしの言う通りにしなさい」 そのワガママ一杯のバカ女丸出しみたいな物言いに、それまでに積もった諸々の不安も相俟ってか一気に頭に血が上る。 勢い任せに立ち上がろうとした俺の肩を、ポンポンと勇輝が優しく叩いた。 「充彦、何のつもりかはわからないけど...これ、お芝居だから気にしないで。ルルちゃん、俺...笑えない冗談言う子は嫌いだよ」 あまり聞いたことがないほど冷たい声を出した勇輝に、度会馨はそのまま俯いてしまった。 部屋の中を、重く嫌な空気が包む。 「あたしより...そこのただデカいだけの男の方がいいの...? 勇輝はもう、あたしの事が大事じゃないの?」 消え入りそうなほど、小さな小さな声。 その言葉に勇輝はクスクスと笑った。 「充彦は体がデカいだけじゃないよ。俺を包み込んでくれる愛もデカいし、俺を受け入れてくれる器もデカい。ついでにね...今まで会った誰よりも、ナニも抜群にデカいし長いし硬い」 「............」 「ね? 馨ちゃん、この二人には勝てないんだよ、ほんとに。ラブラブ過ぎてね、見てたらヤキモチなんて感情すら無くなっちゃうんだから。ほらほら、馨ちゃんの負け」 「......そっかぁ、ナニもデカくて硬いってか。そりゃああたしじゃ勝てないわ」 いきなり人が変わったように明るい声を出しながら度会馨が顔を上げる。 その表情はさっきまでとはうって変わって、俺を見る瞳まで優しい。 少し豪快なくらいに『ハハハッ』と笑いながら髪を掻き上げる姿は、まるっきり別人のようだ。 いつの間に用意したのか、呆気に取られてポカンと口を開けたままの俺の前に岸本さんが紅茶の入ったカップを置いてくれた。 「ごめんね、みっちゃん。あたし、どうしても試してみたくて一芝居打っちゃった。あなたがどんな顔して怒るのか、どこら辺に怒るのかを見てみたかったんだけど...勇輝にはまるでお見通しだったみたい。全部いいタイミングで妨害されちゃったわ」 「ルルちゃん、甘えてベタベタする事はあっても、ワガママ言って周りを困らせるような事はしない人だから」 「あら、でも『先生』なんて呼ばれるようになって、すっかり性格変わってるかもしれないと思わない?」 「う~ん...でもね、オデコにチュッてした時の照れ方見たら、何にも変わってなかったもん。ただ、俺の昔の事で充彦に嫌な思いはさせたくないのにさ、ルルちゃんがあんまりしつこいから...一瞬本気で怒っちゃった、ゴメンね」 「ううん。あたしが先にわざと怒らせようとしたんだから、悪いのはあたし。みっちゃん、本当にごめんなさいね。昔の馴染みなのは間違いないんだけど、あたしもみんなとおんなじ...勇輝を誰より大切にしてくれてるあなたの事、本当に大好きなのよ」 「え...と...あ、はぁ...ありがとう...ございます...」 正直、何と答えればいいのかすらわからない。 この人の態度や言動、そして立場の大きさに、不愉快どころか不安を覚えたのは事実だ。 俺はチラリと隣を見る。 「ちゃんと話すから、不安がらないで」 すべてを見通しているかのように勇輝は笑顔を浮かべ、キュッと俺の手を握った。

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