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俺のがずっと複雑です【3】

言葉を探してどれくらいの時間が経ったのだろう。 ニヤニヤと笑顔を向け続ける度会馨と、少し青い顔になり俺の様子を窺っている勇輝。 誰も身動ぎもせず、何の言葉も発しない。 いつまでも部屋から出てこない俺達が気になるのか、入り口付近をパタパタと歩き回るスタッフの足音だけがやけに響いて聞こえる。 一度固く目を瞑り、隣の勇輝の手をギュッと握った。 まったく、そんなガラでもないってのに...こんな俺でも緊張してるらしい。 素直な気持ちを言えばいいだけだというのに。 きっと目の前の度会馨と、そして勇輝の後ろにチラチラと感じるたくさんのとてつもなく大きな影のせいなんだろう。 「充彦...」 心細そうな勇輝の声。 俺が度会馨からのプレッシャーに負けて、自分を手離すとでも思っているのだろうか。 違うよ、勇輝。 俺はこの人に引導を渡し、二人の事を素直に祝福してもらえるように言葉を探してるだけなんだ。 握った手に改めて力を込め、ゆっくりと大きく息を吐く。 これからどんな場面に出くわすことになっても、もう二度と勇輝にこんな心細そうな顔はさせない...大丈夫... 俺は目を開け、冷たくなった紅茶で少しだけ唇を湿らせた。 「お待たせしました。俺なりの答え、見つかりました」 「ほんとね。ずいぶん待ったわ」 「すいません...。俺、今から素直な自分の言葉で話をします。皆さんに対して失礼な事を言うかもしれません。不愉快で許せないと思ったら、その時は遠慮なく俺を写真集から降ろしてください。岸本さんも、モデルの契約解除してくれて構いませんから。ただその時は......勇輝の事だけはよろしくお願いします」 「......それはあなたの考えた『自分とあたし達との違い』についてを聞いてから判断するわ。御託はいいから、続けて」 「...はい。俺と、勇輝を大切にしていた皆さんとの違いですよね? それは...本気度の違いです、結局」 真っ直ぐに前を見据えながら言い切れば、度会馨はプッと吹き出した。 当然本心から面白がってるわけではなく、呆れたように頭を掻くとプイそっぽを向いてしまう。 「さんざん待たせた挙げ句、出した答えがそんな事? あのねぇ、あなたにあたし達の気持ちの何がわかるの? そりゃあみんな本気だったわよ? みんな本気で勇輝を大切に、幸せにしたいって必死だった」 「そのスタートから間違ってるんですよ。俺は、俺が幸せになりたいから勇輝を求めたんです。何を捨てる事になってもいいから勇輝を手に入れたかった、どうしても欲しかった。勇輝が俺といる事が何よりも重要だったんです、俺自身の為に」 「それはあなたと勇輝の出会いがあたし達と違うから簡単に言える事なんじゃないの? もし同じ立場だったら...」 「俺がもしユグドラシルの客だったとしたらね...選ばれるのなんて待ちません。何が何でも俺を選ばせます。ただ黙って選ばれるのを待ってるなんてまっぴらです。たとえルール違反だろうがなんだろうが、とにかく押して押して押して押して...俺以外の選択肢なんて潰しますよ。保証金を払わなければ選んでもらえる権利すら無い? だったら借金しようが、地べたを這いつくばるような仕事しようが、最短の方法で金をかき集めます。『いつかは金を貯めて』なんて言いません。そんな時間待ってられない。もし金を積んでも会員になれないって言われたら、酒を飲みながら必死で口説きますよ。俺はボーイの『ユーキ』じゃなくて、ただの『辻村勇輝』を本気で落としにかかります」 「そんなこと...できるわけないじゃない。勇輝はみんなの物だったの。お店に所属してるプロのボーイだったの。たとえ本当に好きでも、店のルールに従わないわけにはいかないのよ」 「選択権はボーイにある...そのルールを考えればわかるじゃないですか。オーナーさんは、店の男の子に対して本心から体を売るなんて行為は望んでなかったんですよ。いつか仕事なんて関係の無い『誰か』を自分自身で選んで欲しいって思ってたんだ。そして勇輝だってほんとは、『本気で自分だけを見続けてくれる誰か』を待ってた。あなた達の中で、誰か一人でも『愛してる』って言いましたか? 『可愛い』でも『イイ子』でもなく、『誰よりも愛してる』って」 岸本さんは、辛そうな顔をして頭を抱えた。 だよな...俺の言葉は度会馨だけじゃなく、岸本さんも傷つけかねない話だ。 仕事が軌道に乗るまでは金は出せないと、結局は勇輝に選ばれる権利を買わなかったんだから。 「あたしは! あたしは...あたしなりに勇輝を...本気で愛してたわよ...」 「勇輝はあなたに...甘えましたか?」 俺の問いに、度会馨は目を大きく剥いた。 そして俺の言いたい事がわかったようにそのまま目を閉じ、小さく瞼を震わせる。 「あなたがそれを言葉にしたのかどうかはわかりません。けれどあなたの愛してるは、勇輝の求める『愛してる』じゃなかった。あなたは自分にとって都合の良い『ユグドラシルのユーキ』しか見てなかったから。ユーキはあなたを甘やかしはしても、辻村勇輝は最後まであなたに甘える事はなかった...違いますか?」 彼女も岸本さんも、何も答えない。 俺はもう一度ゆっくりと深呼吸して、そのまま額をテーブルに擦り付けた。 「勇輝をその頃可愛がってくださった皆さんには、本当に感謝しています。不幸な生い立ちや経験をしてきた勇輝が、人と話をする事も肌を合わせる事も全く嫌じゃないと言えるのは、当時皆さんが『ユグドラシルのユーキ』を大切に大切にしてくださったからです。その時代があったからこそ俺はこうして勇輝と会えました。その時代があったからこそ、勇輝は今毎日笑顔でいられます。思い焦がれただけでみんなが成功したと言うなら、その本人を手に入れた俺は...世界一幸せな人間になります。俺の幸せは勇輝を幸せにすることなので、勇輝は世界一幸せになります。皆さんが勇輝を大切に思う気持ちは絶対に裏切りません。だからどうか...俺が勇輝と一緒にいる事を...許してください...」 なんだこれ。 なんか...『お嬢さんを嫁にください』なんて親に頭を下げてる気分だ。 いや、でも...親のいない勇輝にとっては度会馨が、河野先生が、そしてずっと勇輝を陰で支えてくれていた人達こそが親のようなものかもしれない。 「勇輝は、あなたにはちゃんと上手に甘えてる? 人に甘える事を知らないで育った子だから...その辺ちょっと心配だわ」 「...結構甘えん坊ですよ。案外拗ねるし不貞腐れるし、実際の年齢よりも少し幼いくらいかもしれません」 繋いだままだった勇輝の手が、小さく震えている。 前からスッと伸びてきた度会馨の指が、そっと勇輝の頬を伝う涙を拭った。 「そうなんだ...勇輝は甘えん坊なの?」 「うん、そうかも...しれない。充彦はね、いつも...いつだって笑ってそんな俺を受け止めてくれるんだよ?」 「......勇輝が甘えん坊だなんて知らなかったわ。ほんと、あたしにとって都合の良いユーキしか見てなかったのね...」 「でもね、俺ルルちゃんに甘えられるのは嫌いじゃなかったよ」 「ふふっ、当たり前よ。あたしが甘える相手は勇輝しかいなかったもの。あたしに甘えられるなんて、光栄だと思いなさい」 トントンと肩が叩かれる。 それでも顔を上げられずにいると、度会馨が俺の髪の毛をクシャクシャッて強めに撫でてきた。 「オッケーオッケー、十分過ぎるくらい十分よ、合格だわ。あたし達に言うべき事はきっぱり言って、それでも最後には感謝の気持ちを表して頭を下げる...思ってた以上に骨があるし、バカじゃない所が気にいった。まあ、岸本くんはあたしの巻き添えでダメージ食らうことになって申し訳なかったけどね」 「別にいいですよ、僕は。みっちゃんの言葉はまったくもって正しかったんだし。その頃の僕に、何を犠牲にしても、誰に非難されても構わないなんて度胸はなかったんですから。でもあの時に頑張って仕事したからこそ、こうして二人に現場で会える。それはそれで悪くないし、当時の僕の気持ちは間違ってなかったって事でしょ」 立ち上がった岸本さんはすっかり冷めた紅茶を引くと、それぞれ新しい紅茶を用意してくれた。 「まいったわ、みっちゃんて想像以上にイイ男で。うん、これでこの写真集を最高の出来にする自信がついた。言いにくい事言わせたり、不愉快な思いさせちゃってごめんなさいね。これでようやく、本当に二人のファンだって胸を張れるわ。じゃあそろそろ本格的に打ち合わせに入りましょうか...外の人達、かなり焦ってるみたいだから」 ずっと向けていた嫌みな物とは違うキリリとした眼差しで俺をしっかりと見つめると、度会馨はコンセプトノートをテーブルに広げた。

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