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SHAKE IT!【充彦視点】

「お待たせしました~。んじゃ、撮影の準備始めましょ」 テンションのえらく上がった明るい声で馨さんはキッチンから出ていく。 残された勇輝は苦笑いを浮かべ、俺は...頭を抱えていた。 「あの撮影予定...マジかよ...」 「本気みたいだねぇ...本人ノリノリで撮影の準備行っちゃったし」 「お前なぁ...なんでそんなに平然としてんだよぉ...」 今回の撮影のコンセプトと、これからの撮影予定についての説明を受けた。 彼女いわく、『勇輝の神々しいほどの美しさと、その真逆にある究極の卑猥さを同居させる内容』らしい。 具体的に話を聞いてみて、まあ驚いた。 とにかくこの建物のありとあらゆる所で交われと言うのだ。 勿論ほんとに挿入しろって事だとは思わないけれど、それでも撮影中は二人ともほぼ裸確定。 せっかく岸本さんがあんなにたくさん衣装を用意してくれてるというのに、着ている時間は無いに等しい。 『一階での撮影の時はアメリカのポルノ映画のように激しくゴージャスに、二階での撮影はオフの日常を切り取るようにナチュラルに』 そう説明してくれたのだけれど、要は一階では派手に絡み腰を振りたくり、二階ではベッドの中でしっとりと抱き合えって事だ。 この内容を、よくもまああんな大きな出版社がオッケー出したと思う。 本人も認めた上で更に声高に言ってたけど、これはまるっきり『エロ本』じゃないか。 「二人とも、服を脱ぐ準備してそろそろ来て欲しいってさ」 俺達を呼びに来たのは...中村さん。 その顔にも困惑の色の濃い笑みが浮かんでいた。 「中村さ~ん...マジであんな写真集のメイキング撮るの?」 「はははっ、今日はメイキングのカメラ入らないよ。ってか、撮れないの。スタッフほとんど帰らされる事になったんで、俺が助手だって。メイキングは京都で撮るしかないかもね」 「はぁ!? なんで?」 「撮影内容がなかなかアレじゃない? できるだけ最少人数で進めたいんだってさ。余計な緊張したくないし、気を遣いたくもないみたいだね。昔からの気の置けない友達だからか、岸本さんまでスタッフに残らされてるよ。なんかね、今日テレビカメラ入れなかったのもそういう理由らしい。全編テレビでは流せないような内容になるから、来ても無駄だって話したみたいだわ」 「マジかよぉ...」 「充彦、俺先に行ってルルちゃんに流れとか確認しとくね。踏ん切りついたら来て」 いつまでも椅子から立たないでいる俺の額に一度唇を押し当てると、勇輝は先にキッチンを後にした。 残ってくれてる中村さんを相手に、今日何度目かわからない大きなため息をつく。 「どうしたの? 脱ぐのは俺の前でも平気だったわけだし、絡むのも慣れてるでしょ?」 「ま、脱ぐのは平気だよ、確かにどこでも誰がいてもスッポンポンになれるし。絡みだってね、まあここ何年かはほとんどやってないけど、それでも抱き締めて体触るくらいの事はできる」 「じゃあ...何が問題? 写真集だからって緊張してる?」 中村さんにはこれからロングインタビューを撮ってもらう事になる。 直接インタビューの内容に関係するかどうかは別として、知っておいてもらっても問題はないだろう。 勇輝への質問で下手な事を尋ねないようにと釘を刺す事にもなるし。 俺は自分の隣の椅子をバンバン叩いた。 一先ず聞かなければ俺が落ち着かないと判断したのか、中村さんは黙って隣に腰を下ろす。 「まずいつもと違うのは...相手が勇輝だ」 「そりゃ、二人の写真集なんだし...当たり前なんじゃない?」 「わかってるよ、わかってんの! でもさ、勇輝との絡みってなるとやっぱり複雑じゃない。俺らの日常を覗き見されてるみたいで恥ずかしくて」 「まあねぇ...でもほら、勇輝くんもだけど、みっちゃんだってすごい役者じゃない? 前の写真撮影の時でも感じたけどさ、別の人間になっちゃえば? 自分じゃなく、勇輝くんでもない、お互いに別人になったと思えば問題無いんじゃないの?」 「......俺、勇輝以外を抱けないのよ。もし勇輝が別人になりきっちゃったら、本気の絡みなんてできる自信無い。でも、普段のままの勇輝を馨さんの前で抱いて喘がせて...ってやる度胸も無い」 「どういう事?」 「中村さんだから言うし、こないだの撮影でのやりとりで多少気づいたかもしれないけどね、勇輝って男優になる前、ゲイバーで売り専のボーイやってたんだ。度会馨は、その頃の一番の上客だったらしいんだよね」 「どういう事? ゲイバーなんでしょ?」 「その店は、客の性別問わなかったらしいんだよね。で、その中でも男女問わず勇輝はダントツの人気者で、超売れっ子だったってさ。いまだに当時のファンがネットでコミュニティ作ってて、度会馨もその中の一人だったんだ。勇輝の事が好きで好きで仕方ないんだよ...そんな人間の前でガッツリ絡み撮るのとか、やっぱ複雑じゃね?」 「なるほどねぇ...あ、煙草、一本だけいい?」 「どうぞどうぞ。俺も元喫煙者だから気にしないで」 現場ではモデルが嫌ったり服に匂いが移らないようにだったり、色々考えて吸わないようにしてるんだろう。 慣れた仕草でボックスから煙草を引き抜く姿は、相当年期の入ったヤニ中だと教えてくれる。 「勇輝くんはさ、普段と変わらなかったよ?」 「まあね...こんな撮影で緊張しないとか、アイツほんと神経太いんだよなぁ...」 「いや、そうじゃなくてさ...撮影の為に別人になるつもりなら、もうそろそろキャラクター作って入り込むんじゃないの? でも今の勇輝くんは、いつもの勇輝くんだ」 「ああ...確かにそう...かな」 「勇輝くんにしてみたら、たとえ体が自分でもみっちゃんが別人を抱くのは嫌なんじゃない? それって、勇輝くんだってわかってても別人になりきってる勇輝くんだと抱けないって思ってるみっちゃんと同じでしょ。勇輝くんはちゃんと自分のまま、日常の切り取りに見えないように演じるつもりなんじゃないのかな。だったらみっちゃんも、いつもとは違う『みっちゃん』のままで勇輝くんを抱き締めてあげるしかないでしょ。それに...」 「それに?」 「本気で勇輝くんとみっちゃんの絡みを見たくないなら、度会先生もわざわざあんなコンセプト立てないでしょ。好きで好きで仕方ない人にセックスシーンばっかり要求するってことは、そのパートナーであるみっちゃんがいれば最高にセクシーな写真が撮れるって自信があるからじゃないの? 大好きな勇輝くんの一番イイ表情を撮るにはみっちゃんが必要だって認めてるって事だと思うんだけどなぁ。まあ、被写体側の恥ずかしさってのはわかってあげられなくて悪いんだけど、ここは勇輝くんの為にも自分の為にも、ちょっと吹っ切っていこうよ」 「......中村さん、すっごいわ。俺、ちょっとヤル気になった」 「そう? まあ自信とか方向性を見失って落ち込むモデルを気持ちよくカメラの前に立たせるのもカメラマンの仕事だから。度会先生もその辺わかってるから、俺だけここに寄越して他に誰も呼びに来させないんでしょ。みっちゃんの躊躇いは伝わってるんだよ、たぶん」 中村さんが煙草を消すタイミングを見計らって、俺はゆっくりと立ち上がりグッと背伸びする。 「よっしゃ。んじゃ気合い入れて、勇輝の最高にいやらしくて気持ち良さそうな顔、見せつけてやりますか。馨さん濡れ濡れにして『悔しい』って思わせてやるよ」 「あはははっ。度会先生が濡れ濡れになる前に俺がビンビンになっちゃったら許してね」 「いいんじゃないですか? だってこの写真集、『最高級のエロ本』目指すんでしょ? 勃たせてナンボ、抜いてもらってナンボじゃない」 中村さんに、DVDのカメラマンをお願いしてて良かったって本当に思う。 被写体の気持ちを必死に理解し、一緒に出口を探してくれる、最高のスタッフだ。 この人を必ず明るい華やかな場所に連れていってやる...俺達がその踏み台になる。 「中村さん...写真集よりDVDのが良かったって言わせてね。俺ら、最高にイイ顔したげるから」 「楽しみにしてるよ。その為にも、今日の撮影をイイ物にしないとね」 「俺を誰だと思ってんの。あの勇輝に一番いやらしい顔させられる男だよ?」 俺達はいつかのようにしっかりと一度握手をすると、度会馨の待つパーティーホールへと向かった。

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