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SHAKE IT!【2】
ホールに着けば、勇輝は既に衣装らしい白いドレスシャツに光沢のあるシルバーグレーのフォーマルウェアに着替えていた。
準備を終えたのか、あれほどいたスタッフさん達はもう誰も残っていない。
足音に気づいたらしい馨さんがチラリと俺の方を見たが、かなり遅れてきた事を責めるような素振りも雰囲気も見せなかった。
ソファに腰を下ろし、寛いだ様子でニコリと笑って見せる。
「どう、いける?」
俺が戸惑い躊躇い、撮影に入るまでに時間がかかるというのは、どうやら彼女にとっては想定通りだったらしい。
おそらくその戸惑いの理由も正解で、そして...その迷いを払拭してここに戻ってきた俺は、間違いなく勇輝を最高にいやらしい顔にしてやれると思っているのだろう。
彼女にとってどの部分からがそんな計算だったのかはわからない。
予め写真集のコンセプトをきっちりと書き込んでいた事を考えれば、最初から俺をイラつかせ、不安がらせ、覚悟を決めさせた上で撮影するという計画だったようにも思う。
となると、見事に彼女の手のひらの上で転がされていたわけか。
でもな...見てろよ、度会馨。
勇輝が現れるまで、俺が若手男優のトップって言われてた理由を見せつけてやる。
予定調和のままでなんて終わらない。
「すいません、遅くなりました」
「大丈夫大丈夫。あたしがどうしても撮りたいシーンまでにはまだ時間あるから気にしないで。じゃあ、衣装に着替えてくれる? で、着替えながらこの一階でのシーンイメージ聞いてて」
「わかりました」
俺はその場で服を脱ぎ、隣から岸本さんが渡してくれる服を身に付けていく。
「あなた達は、いわゆるセレブが集まったガーデンパーティーに顔を出した帰り。昔からの知り合いに会えて少しご機嫌な勇輝に対して、あなたは自分の知らない勇輝の顔を見た事で苛立ちを隠せなくなってる。いい? 今日の撮影に、いつもの穏やかで優しいみっちゃんの顔はいらないわ。荒々しく、自分の中の焦りをぶつけるみたいにただひたすらに勇輝を求めて。今のあなたなら...できるわよね?」
「はいはい、なるほどね...無駄に穏やかに大人ぶってる普段の顔はいらないからこそ...わざとああいう言い方して俺を煽ったんだ...」
「どう取ってもらっても結構よ。あたしはね、とにかく最高にいやらしい勇輝を見たいの。あなたに責められ追い詰められた勇輝は、きっと儚くて可憐で、そして堪らなく淫らな顔を見せるはず。そんな顔になるまで勇輝を追い込んでくれる?」
「......あくまでも勇輝を見せる為の、俺は噛ませ犬のつもりなんだ。だからこそ勇輝には華やかなシルバーのタキシードで、俺にはブラックを用意したんでしょ?」
「......さあね」
少し挑戦的に、それでいてどこか憎めない表情で馨さんはパチンとウィンクをして見せた。
「俺、ただの噛ませ犬なんかで終わりませんよ。フォーマルを着て勇輝と並んだら、きっと馨さんは俺を撮りたくなります」
「うふっ、自信家はあんまり好きじゃないけど、あたしに臆する事なくポンポン物言う人間は嫌いじゃないのよ。あなたの事も撮りたくなったら、この写真集は本当にあなたの最高の卒業記念になるわね」
......はぁ、そこまで計算してましたか。
確かに勇輝には抜群に華がある。
その華には俺は勿論、おそらく俺の知ってる限りの誰も敵わないだろう。
けれどフォーマル姿であれば、おそらく俺が一方的に食われる事はない。
スーツやタキシードであれば、勇輝以上に着こなし、自分を見せられるだけの自信がある。
この人は、ちゃんとそこを計算した上で勇輝と俺を同等に撮ってくれようとしてるんだ。
勇輝の色気を引き立てるだけの役目ではなく、その勇輝を引き立て役に俺の姿もちゃんとカメラに収めようと...
「......行けます」
自然と背筋が伸びる。
この勇輝を引き立て役にできるだけの、俺なりの色気を出さなければいけない。
そして俺の醸す空気に勇輝の感情も昂っていき、勇輝の妖艶さも増していくだろう。
「俺、本気で勇輝に迫りますよ? 大丈夫ですか?」
「いいわよ、それが撮りたいの。下半身が収まりつかなくなったら、なんなら突っ込んじゃってくれてもいいし。その時は、ちゃんとマズイ部分だけは入らないように上手く写してあげる」
さすがにそれは避けたいな...もっとも、俺に本気で詰め寄られ迫られた時の勇輝がどう反応するか次第ではそれもわからないけど。
「オッケー、みっちゃんいけるわよ。中村くん、まずホール入り口の光量確認してくれる?」
「勇輝、来い」
笑顔を見せる事もなく手を伸ばした俺に、勇輝は既にトロリと蕩けたような瞳でその手を握りしめてきた。
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