376 / 420

大切な今、大切な過去【13】

「その子が正式にうちに所属の女優って事になったからって、初めての現場にマネージャーもどきとして着いてったんだよね...どこにきっかけってのが転がってるかわかんないもんで、それが俺の男優としてのスタートだった」 「マネージャーじゃないんですか?」 「勿論俺はマネージャーのつもりで行ったんだよ。社長さ、一時期AV女優のスカウト手伝ってた事もあったとかで、最初に聞いてた話と現場での話が全然違ったり、ハードなプレイ無しの約束だったのにいきなり本格的に縛られたりなんて事が結構ある業界だってのを知ってたわけよ。そこは社長も知ってる会社の現場だったから大丈夫だろうとは言われてたんだけど、それでもほんとに約束通りの撮影かどうか見守ってやってくれって言われてね......」 基本的に、AVに出る女の子はまず最初に身体的特徴は勿論、アンケートに答える形でのプロフィールの提出を求められる事が多い。 別にひな型があるわけでは無いらしいが、大抵の事務所、制作会社の質問は共通している。 『陵辱』『アナル』『SM』『スカトロ』などなど、ビデオではお馴染みのプレイが書かれていて、女の子はそれをできるかどうかイエス・ノーで答えるのだ。 そこにはそんな結構ハードなプレイに限らず、『フェラチオ』『顔射』『バイブ責め』『本番』なんて、ごくごく当たり前とも思えるような項目も含まれている。 宣財写真とこのアンケートを元に、メーカー側は作りたい内容のビデオでのプレイが可能な女の子を探すのだ。 勿論、鳴り物入りで業界入りする『最初から知名度のある新人』てのは除かれるが。 元アイドル、元グラドルって肩書きの付く新人は最初はソフトな絡みのみで、次作から少しずつハードプレイを解禁していくというパターンが多い。 そんな冠の付かない女の子は当然、NGが少ない方が出演の機会は増え、NGが多ければチャンスは減る。 ただし、このアンケートの回答をきちんと守るメーカーばかりじゃないのがこの業界の怖いところだ。 本人はNGにしているのに事務所とメーカーの打ち合わせのみで勝手に台本を変えてしまい、まるっきり騙し討ちのような撮影が行われる事があるのも否定できない。 実際俺だって、クイーン・ビーの専属になるまでは似たような場面に出くわした事がある。 本気で殴り縛り上げろ...という台本に従って女の子を滑車に吊るそうとしたら、大声で泣きながら『話が違う。警察を呼ぶ!』なんて喚かれたのも1度や2度じゃない。 知り合いの会社の仕事とはいえ、知っているからこそ当日現場で何が起こされるかわからない、絶対に大事な自分の所のタレントを傷つけさせない...そんな事でも考えたんだろう。 俺や充彦に向かって『航生に対しての過保護が過ぎる』なんて言ったりもするけど、あの社長の過保護もたいがいだ。 「一応その子はさ、そのメーカーのイチオシで売り出す予定になっててね、デビュー作は人気男優3人とのいろんなシチュエーションでのセックスと、最後に全員から一度に責められまくってぶっかけフィニッシュって内容だったの。エディさんと、瀬川さんと...あとはちょっとトラブルあって引退した森本さんてね、当時のバリバリエース級の3人。ところがだ、まあみんな知ってると思うんだけどさ、AVの現場ってほんと男優が少ないんだよね。現場ごとで取り合いみたいになってるわけよ」 「ああ、なるほどね...3人のうちの誰かがダブルブッキングで、当日ドタキャンにでもなった?」 「ピンポーン、正解。当時若手で一番人気あった森本さんて人が来れなくなっちゃったんだ。本人は前の現場が押してるからって言ってたんだけど、実際は...まあ、口約束で仕事入れまくってて忘れてただけらしいわ。そんな事繰り返してた上にヤバい薬で警察にマークされてね...んでまあ、引退せざるを得なくなった」 「え? そしたらみっちゃん、その人の代わりにいきなり出演する事になったん?」 「まあ、そういう事。もっとも本格的な絡みじゃないよ。当初の予定通り、ラストは3人同時責めを撮影したいけどチンポが足りない!ってなって、今すぐ勃起できる奴いないか!って監督の声に俺が手を上げたわけだ」 「それが...男優デビュー?」 「そうだね。騎乗位でエディさんに跨がってるその子の顔を左右からチンポで挟んで、あとは目一杯顔射しただけだけど。絡みは本物二人に任せて、俺は『加われ!』って監督が合図した時だけ手出したりチンポ出したりザーメン出したり」 「でも、あくまでもその女の子のマネージャーだったんですよね? その現場だけの話で終わらなかったんですか?」 「監督に声かけられたんだよ、『暇なら時々汁だけでもいいから手伝ってくれないか』って。まあさ、いきなり『勃てろ!』って言われてちゃんと勃起したし、『出せ!』って言われたらそのタイミングで上手く射精もできたから。人数必要な企画物の汁男優として確保しときたかったんだと思う」 「その気も無いのにいきなり言われるまま勃起できて、タイミング通りに射精できて...充彦って男優になるべくしてなったんだね」 「あのなぁ...生まれて初めての撮影でいきなり絡みやって、おまけに相手役全員をガチでイカセまくった男に言われたくないんだけど。お前こそザ・AV男優で、ザ・セックスシンボルだっての」 俺は充彦の顔を見てニッて笑って見せる。 あの撮影が無ければ、俺はこの場にいなかったかもしれない。 それならば...俺は『ザ・AV男優』でいい。 それなりの仕事ができた俺を認めてくれたからこそ、充彦は俺を追いかけてくれたんだから。 セックスシンボルで上等だ。 俺の笑顔の意味がわかったのか、充彦はそっと手を伸ばして俺の前髪を梳く。 「本当にお前はすごかった。男臭くてとんでもなく色っぽくて、でもどこか脆さや儚さを漂わせてて...俺なんて比べ物になんないよ。一目で恋に落ちたんだ...お前があの現場にいてくれて...良かった」 「俺だって、初めて現場で会った時...ドキドキが止まらなかったよ。相手役の女優さんに嫉妬しちゃうくらい...なんでその指に触れられてるのが俺じゃないんだって」 もう笑顔が作ってられない。 真っ直ぐに向けられる充彦の視線を真正面から受け止めるだけで鼓動が激しくなる。 ああ...触れられたい...触れたい...... 思いは充彦も同じだったのか、ゆっくりと...そして当たり前のように俺達の距離が縮まっていく。 もうすぐ充彦の息遣いが...聞こえる...... ......はずだった。 『ガゴン』という、あまり聞いた事のない金属の音と共に、充彦が座ってた椅子の足許に蹲った。 すぐそばの匠さんの手には、銀色のトレーが光っている。 「お前なぁ、まだ俺との出会いすら話してないんだぞ! いきなり発情してんな!」 口調こそ荒いものの、匠さんの表情は柔らかい。 その表情の意味を知るのは、もう少しだけ後の事だった。

ともだちにシェアしよう!