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大切な今、大切な過去【14】
「さっきも言ったようにね、デリヘルの方があまりに忙しくなってきて、ちょうどその時期に事業形態の変更に乗り出してたんだ。女の子のフォローを完璧にする為にも、社長は『社長業』に専念したい。所属してる女の子も常連のお客さんもどんどん増えてるけど、なかなか信頼のできるボディーガード兼ドライバーは見つからない。おまけに俺が汁専門とは言え時々AVの現場に行くようになっちゃったから、いよいよ女の子の送迎が追い付かなくなっちゃってね」
「別にさぁ、メインでも何でもないただの汁男優やったんやろ? それやったら別にAVの現場なんか行けへんでも良かったんちゃうの? 汁ってたいして金にもなれへんねやろ? 何本こなしたところで仕事として成り立てへんやん。本業に集中しといた方が良かったんやないん? いや勿論、そこでAVの現場選んでくれたから、後々勇輝くんに出会えたってのはわかんねんけどさ。それでも『金を稼ぐ』って事考えたら、めっちゃ時間無駄にしてるやん。みっちゃんにはめちゃめちゃ商才もあるって聞いてるけど、それはさすがに判断ミスやろ」
「そこがね、こいつが本物のクズになれなかったとこなんだ」
不意に匠さんが口を挟んできた。
途端に充彦が少しだけ顔をしかめる。
「これはちょうどその頃の話。ある日俺ね、あまりにも働いてた店にムカついて、酒も強くないし、ろくに遊びになんて行った事も無かったくせに、有り金握りしめて歌舞伎町に行ったんだ。ほんと俺、すっごい真面目にひたすら働いてたからね...せっかく繁華街に来たってのに、どこに行って何をすればいいのかもわかんなかったの。で結局、生まれて初めてキャッチって奴に声かけられて、生まれて初めてキャバクラってとこに行ってね......」
「そりゃあもう、誰がどう見ても鴨が葱しょって歩いてるようなもんだろ?」
「ほんとそうだと思うわ、今考えてみりゃ。『初回なんで、指命料無しで2時間飲み放題が3000円ポッキリ!』って言われてさ、てっきりそれが歌舞伎町の相場なんだと思っちゃったわけよ」
「あははははっ...それはまんまとやられましたね」
「やられたねぇ。2時間いて、でも女の子なんて結局一人も付かなくて、延長無しでそのまま店出ようとしたらさ、『10万だ』って言うわけよ、怖い顔したお兄さんが。確かに金は持ってたよ? なんせほら、こっちはコツコツ貯めてた有り金握りしめて遊びに来てたんだから。でもさ、騙されて金払うなんて嫌じゃない? 自分の店でもいいように使われて脅されて大切なレシピ取り上げられた上に改竄されたのに、今度は騙されて金まで取り上げられるとかまっぴらだと思ったんだよね」
「でも、金は払わない!で済むような相手じゃないですよね?」
「うん、当然『嫌だ、バーカ』で済むような相手じゃなかった。とりあえず顔と腹と、何発か殴られたかな...で、俺の財布を取り上げた隙に、その財布慌てて取り返して急いで店飛び出したんだ。でも、店から出たすぐのとこで捕まっちゃって......」
「さっきも言ったけど、もうデリヘルは手一杯だったわけよ。だから、もう少し実店舗増やして、希望する女の子にはそっちで存分に働いてもらおうって話になってたんだ。んで俺はその店の入ってたビルにランパブ開こうって計画が上がったんで、たまたまその日、営業時間のそのビルの雰囲気確認しようと思ってそこにいたんだよ」
「いやぁ...ほんとかっこ良かったんだぁ。連中と押し問答になって、もう今にも一斗缶で頭殴られるってとこにフラ~って現れて、いきなり振りかぶってたその一斗缶をハイキック一発で飛ばしちゃったんだから。『暴力は感心しないな~。警察呼んじゃおうかな~』なんてヘラヘラ笑ってんの」
今にも振り下ろそうと掲げられた一斗缶をハイキック一発で......
何それ、カッコいい。
今の充彦のイメージだと何となく違和感があるけど、でもこの長い脚でのハイキックなんて見る価値ありすぎるだろ!
思わず身を乗り出してしまった俺に充彦は苦笑いを浮かべる。
「そんな目ぇキラキラさせるなよ。コイツが思い出を美化しすぎなの」
「美化なんかしてるかよ。全部現実だっての。もしかしたら充彦の顔、知ってたのかな...俺を一睨みしただけで、そいつら捨て台詞も無く店の中に戻って行ってね。んで、その俺を助けてくれたでっかい兄ちゃんは、『お兄さん、なかなかいい度胸してるね』って1枚名刺差し出したら、他に何も言わないで消えちゃったんだよ。俺、その時はお礼も言えなかった」
その時の事でも思い出してるんだろうか。
少し遠くを見るような匠さんの目はどこかうっとりとして見えて...その瞬間の充彦がいかにかっこ良かったのかがわかる。
なんだか羨ましいような、ちょっと悔しいような......
「あ...れ? 充彦さんは名刺だけ渡して帰っちゃったんですよね? なのにそこから仲良くなった...?」
「そもそもそれ、何の名刺? みっちゃんとこの会社?」
「いいや、キャバクラの名前が書いてあった」
「俺、そこはハッキリと覚えてないんだよなぁ...でもまあ『パピヨン』の名刺だったらしいから、渡したのは間違いないと思うんだけど。
『パピヨン』なら俺でも知ってる。
歌舞伎町で女の子の在籍数、質共にナンバーワンと言われて長い、かなりの大箱キャバクラだ。
そしてそこの経営者は...うちの社長。
「たぶん、変なのに引っ掛かるなよ、安心して女の子と遊びたいならこっちへどうぞ...ってつもりだったんだろうな。ちょうど『パピヨン』オープンした頃だったんだ」
「じゃあ、匠さんがそのお店に充彦さんを訪ねていって、改めて付き合いが始まったんですか?」
「近いんだけどね...でも、ちょっと違う」
「うん、そうだねぇ...まああれはほんとに...すごい偶然というか......」
「お前と、お前の嫁さんとの出会いが運命ならさ、俺とお前のあの再会も...運命だったんだよ。神様が俺にくれた、最高にハッピーな運命だった」
匠さんが充彦の方を向いてニコリと笑う。
優しくて穏やかで、本当に幸せそうな笑顔。
匠さんにそんな顔をさせる素敵な運命の出会いに思いを馳せるだけで、なんだか俺もドキドキしていた。
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