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大切な今、大切な過去【19】

「充彦が連れてってくれた病院てのはさ、いわゆるちゃんとした総合病院じゃなかったわけでしょ? まあ一応は動けるだろって程度まで回復したとこで、俺無理矢理退院させられたんだ」 「あの...でも肋骨と鼻と顎の骨が折れてたんですよね? そんな体で病院追い出されても困るんじゃ......」 「まあ、ほんとなら困るよね。なんとか動けるってだけで日常生活はままならないし、何より住むとこが無いんだから」 「あ、まさかここでも...みっちゃん!?」 「ピンポーン、正解です。ほんとコイツのお節介、すごくない? 大した部屋じゃないし、普段は仕事で殆どいないから、傷が治るまでいたらいいよって言ってくれてさぁ」 「いや、実際に当時はまともな部屋に住んでたわけじゃなかったし。その頃、うちが借りきってたすっげえ古い雑居ビルがあったんだよ。一階にピンサロ、二階にイメクラ、三階に個室マッサージと女の子の待機部屋、んで四階に事務所と仮眠室があってさ。んで俺は仕事しやすいし家賃もいらないからってんで、当時はその仮眠室を自分ち代わりにしてたの。ちょうどそこだと病院にも近かったから、よそに行くより便利だろうと思ったし」 「見事に風俗店ばっかりですね......」 「さっきも言ったけど、ちょうどその頃デリヘルの規模縮小して、店舗型風俗店にシフトチェンジ図ってる最中だったんだよ。大箱のキャバクラもオープンさせて、風俗より水商売のがいいって女の子はそっちに移動させてたし。んで俺は、キャバの方じゃなくて主に風俗に残った女の子達のフォローと、店で起きたトラブルの解決に動く役割だったわけ」 「コイツほんとにあんまり部屋に帰って来なくてね...やっと帰ってきたと思ったら風呂だけ入って死んだように寝て、でも2時間もしないうちに電話で呼び出されてすぐに出ていくって生活してた」 「ピンサロと個室マッサージは、早朝割引ありのほぼ24時間営業だったからねぇ。一応面倒な事にならないようにわりとしっかりしたスタッフは置いてたんだけど、早朝料金で金ケチって遊ぼうって客に限って揉め事起こすんだもん。本番アリだって客引きに言われただの何だのってごねるバカもいたし、女の態度が悪いから金は払わないってナイフ振り回す酔っぱらいもいたしね」 「お前が呼び出されてた理由は、それだけじゃないだろうが」 「ああ、汁要員としてAVの現場にも時々呼ばれるようになって......」 「違うだろ。店の女の子に呼ばれて、しょっちゅう出てってたくせに」 「あ、教育ですか?」 「......違うよ。女の子達のフォローであり、ご褒美...ってとこかな。だから言ったろ...彼女達ってさ、言ってみたら自分の感情を押し殺して好きでも無い男とキスしたり、チンポ握ったりしゃぶったりしてるわけじゃない? そりゃあもう、すっげえストレス溜まるんだよな。できるだけトラブルは排除するって言ったって、やっぱ暗がりだったり個室で男の相手する以上、嫌な思いも危険も付きまとうわけで。おまけにうちで働いてた女の子ってさ、仕事にはメチャメチャ真面目な子ばっかりだったんだよ。わけのわかんない男引っ掛けて適当にストレス発散するなんて、変な病気もらっちゃうかもしれない真似なんてできなかったの。それでね、特定の男がいなくてムラムラして仕方ないって女の子には、俺がストレス発散のお相手になってたってわけ。『体が寂しい時には可愛がってやってた』ってやつ。男に奉仕して疲れてる女の子に俺が精一杯奉仕して、また明日からは元気に男に奉仕してもらえるようにしてただけ」 「悪ぶってこんな言い方してるけど、たぶん内心は辛かったんだよ。電話に出てる時の口調はメチャクチャ優しいんだけどさ、顔は悲しそうにいっつも目ぇ伏せてたもん」 「それを匠さんは充彦に言った事あるんですか?」 「ある、ある。素面だと、やっぱり世話になってる身だから余計な事言っちゃいけないって思うんだけど......」 「ケガ治ってきてたまに二人で酒飲んでる時とかさ、ガンガン怒られてたよね」 「仕事かプライベートかはわかんないけど、女の子の不満を自分の体で押さえ込むような真似止めろとかね。あとはさ、あんまり電話に出てる時のコイツの口調が優しいから、女の子勘違いさせて働かせてるようにしか見えないって。俺はね、セックスってのはやっぱり大切な人とするべきって考えてるとこがあったから...さっき航生くんが口走ったみたいに、『自分の体使って、女の子の稼ぎを巻き上げてる』なんて思いもあったのかもね」 「あの頃の俺には、匠が言ってた意味がよくわからなかったんだよ。好きの意味も知らなかったし、セックスはただ気持ちが良くなるだけの物でしか無かった。優しい言葉をかければ素直に女の子は喜んでくれるし、気持ちが良くなってる女の子を見てるのも嫌いじゃ無い。安心して働く為のセーフセックスの何が悪いんだって思ってた。いや...そう思い込もうとしてたんだ」 「思い込もうと?」 「あの時は考えないようにしてたけど、やっぱりどこかに『女の子が必死に稼いでる金の上前はねてる』って罪悪感はあったんだと思うんだ。あ、これは今だから改めて言える事な? いくら環境整えてようが、何かあった時に必死にフォローしようが、直接嫌な思いすんのも怖い思いすんのも女の子でさ...女の子だけを働かせてて申し訳ないって気持ち、あったんだろうなぁって。だからせめて、俺と寝る時だけは最高に気持ちよくしてやろう、お姫様みたいに扱ってやらなくちゃって考えてた。女の子達の事を大切にしてたのは間違いないんだ...命に代えてでも守らなきゃいけないとも思ってた。でもそれは家族とか同士とかに感じる気持ちに似てる物でしかなくて、好きだとか愛してるなんてのはやっぱり俺には遠い感情で......」 「お前の態度に勘違いしたり本気で惚れた女の子、少なくなかったもんな」 「女の子を使う側としては、惚れさせてもっと稼がせるって手もあったと思う。でも俺はバカ正直に『うちのスタッフとしては大切だけど、それ以上でもそれ以下でもない』って答えてね...それで辞めちゃった女の子もいたよ」 「断るにしても、もっと言葉を選んでやれって、その時も怒ったよな...『お前は優しい男だけど、最低のクズだ』って」 「クズは散々言われました~。だからぁ、今となってはあの時のお前の言ってた言葉の意味がわかるってば」 「本当にわかってんのかねぇ...あの頃の俺の真意とかさ。コイツ、『じゃあ好きって何? 俺は匠が好きだし、女の子も好きだ。匠を守ってやりたいと思うし、女の子も守ってやりたい。そこの違いって何?』なんて言うんだもん。んもうね、俺は何て言葉を返したらいいのかわかんなかったって」 「俺がAV男優の真似事始めたのはね、たぶん女の子の稼ぎを掠め取るんじゃなくて、俺が自分の体で金を稼ぎたかったからだと思う。好きの意味もわからないまま、女の子をそれ以上勘違いさせちゃいけないって...どこかで感じてたんだろうな」 「......結局AVの現場でも女の子を本気にさせちゃうって有名だったけどね」 二人の会話にチラッと言葉を挟んでみる。 俺達が出会った現場だって、充彦に惚れてた女優のおかげで完全にお邪魔虫扱いされてたじゃないか。 俺の言葉に、匠さんがさもおかしそうに手を叩く。 「お前はほんと、どこ行ってもクズなのな」 「勇輝に会うまではって言ってくれ。あんな休む暇も乾く暇もなかった俺のチンポが、勇輝以外にはピクリとも反応しなくなったんだから。ほんとさ、自分でもビックリだよ。そんで、ようやくわかった...あの頃の俺は、間違いなくクズだったって。好きになってもおかしくない甘い言葉を囁いて、誰にでも同じように優しい顔見せて。んで好意を向けられた時には『勘違いだ』って平然と言ってのけるんだから...いつ刺されてもおかしくなかったと思うよ」 「あの頃の俺の気持ちがどれほどわかってるからともかく、お前が『好き』の意味がやっとわかって、あの頃の自分を冷静に後悔できる男になった事が嬉しい。作り物じゃない笑顔のお前を見られるのが、そしてお前にそんな顔をさせられるようになった人達と一緒に酒が飲めるのが、本当に嬉しいんだ」 その言葉に充彦は照れたように笑い、そんな充彦を見て匠さんは泣きそうな顔で笑った。

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